菜の花食堂のささやかな事件簿

06

文旦とためらい 後編

2024年5月20日掲載

「文旦フェス? 聞いたことがない」

 翌日私は和泉香奈さんとランチの仕込みをしながら、会話していた。先生はJAに買い出しに行っていた。うちは保田さんの農園で作った野菜を主に提供しているけど、足りない分はJAやスーパーでも買っている。

「文旦っていうと、高知の方で採れる果物でしょ? 黄色い、グレープフルーツみたいな」

「さすが詳しいね」

「高知の果物がなんでこっちで販売されるの? 高知のアンテナショップか何か、あったっけ?」

「やっぱり香奈さんも知らないんだ。保田さんや江戸東京野菜の人達が中心になって開催してるイベントだよ。坂上の都立公園の近くの小さな家を開放して、たくさん売っていた。農園ごとに味が違うからって、食べ比べができるようになっていた」

「それは行きたかったな。なんで保田さん、教えてくれなかったんだろ」

「チラシもあったのに、うちには持って来なかったね。いつもなら『置いてくれ』って、たくさんイベントのチラシを持って来るのにね」

「忘れてたのかな」

「でも、もう今年で八回目らしいよ。去年もおととしも、持ってこなかったよね」

「そういえばそうだね。それ以前はどうだったかわからないけど、私も記憶にない。知ってたら、たぶん行ったと思う。一度食べたいと思っていたから」

「じゃあ、香奈さん、食べたことないの?」

「うん。高知県以外ではあまり売られてないみたいだし。高知のアンテナショップかフルーツ専門店に行けばあるかもしれないけど、わざわざそれだけ買いに行くのもねえ」

「昔はうちの食堂でも文旦を出していたそうだけど、それも知らない?」

「知らない。働くようになる前から、ここに通っていたけど、覚えてないなあ」

「季節ものだし、出してる期間が短かったから、気づかなかったのかもね」

「それもそうね」

香奈さんはあまり文旦に興味はなさそうだ。

「話は変わるけど、私、昨日角田ストアに行って、すごいものみつけちゃった」

 香奈さんはいたずらっ子みたいに目を輝かせている。

 角田ストアは市の北側、隣の市境の近くにある、個人商店が集まった古いマーケットだ。以前は魚屋や肉屋、乾物屋など普通のお店が集まっていたが、いまは若い世代が集まって、珈琲専門店や焼き菓子と総菜の店、和菓子屋、花屋などを出店している。入口すぐのところは飲食スペースになっている。それぞれのお店で買ったドリンクやフードを持ち込んで、ゆっくりくつろぐことができる。私も先週のお休みの日に、川島さんと出掛けていた。

「すごいものって何?」

「見て、これ」

 香奈さんがトートバッグから出してきたのは、古い料理本だった。

「門田ストアのカフェスペースの隅に、古本屋が出店してるの、知ってる?」

「ああ、小さなスペースだけど、料理をテーマにしていておしゃれな品揃えだよね」

「そこで見つけたの」

 本はかなり古い料理本で、『マドモアゼルのための洋食入門』とある。若い女性向けのファッション誌の増刊として出したものらしい。ちょっと古めかしいタイトルだ。昭和の頃の本にはありそうだが、いまは気恥ずかしくて、こういうタイトルはつけないだろう。

「これが何か?」

「著書を見て」

 著者名はマダム靖子と書かれている。

「これって……靖子先生と同じ名前だね」

「ここを見て」

 本のカバーの折り返しのところに、著者の写真が載っていた。いまより痩せていて、美人オーラをまとっているが、まぎれもなく三〇歳くらいの靖子先生の写真だ。長い髪を結い上げ、フルメイクをして、嫣然と微笑んでいる。この写真の女性は靖子先生という親しみやすさより、マダム靖子の方が確かにあっている。

「先生、こんな本出していたんだ!」

「ね、びっくりだよね」

 著者紹介には、こんなふうに書かれていた。

『フランス人の夫とふたりの子どもを持つ専業主婦だったが、家族のために作っていた料理が評判になり、料理研究家となる。夫の家族から学んだフランス料理が中心だが、実家の母譲りの和食も得意。テレビの料理番組や雑誌などで活躍中。雑誌「マドモアゼル」の連載ページにはファンも多い。ほかの著書に「マドモアゼルのための和食入門」「マドモアゼルのためのおもてなし料理」などがある』

「先生、料理研究家として活躍していたんだ。知らなかった」

 私は呆然としていた。先生にそんな華やかな過去があったなんて。テレビにも出ていたくらいだから、人気もあったのだろう。

「ね、私も全然知らなかった。生活のために食堂を開いて、ずっと地道に頑張って来た人だと思っていた」

「料理研究家だったなんて、先生一言もおっしゃらないし」

「この驚きを分かち合いたくて、本を持って来たけど、本人には聞きにくいよね」

「そうだよね。知られたくない過去かもしれないし」

 その時、店の外で自転車を停める音がした。

「あ、先生が戻っていらした」

「本、隠さなきゃ」

「あの、私これ借りて行っていい? すぐ返すから」

「いいよ。昨晩私、読んでしまったから」

「ありがとう」

 本を受け取ると、私は急いで奥にある自分のリュックの中にしまった。厨房の方に戻ると、先生が両手いっぱいに荷物を持って入ってくるところだった。

「今日はいいキャベツが手に入ったわ。寒い日だし、ロールキャベツにしましょう。昨日のランチはチキンのトマト煮だったから、今日はクリーム煮がいいわね」

「いいですね。ロールキャベツは久しぶりだし、人気メニューだから、お客さまも喜びますよ」

 私は先生から荷物を受け取った。そうして、いつもの食堂の仕事が始まった。

 その日の仕事が終わるとすぐ、私は帰宅してリュックにしまった本を取り出した。改めて著者の写真を見た。

ちゃんとお化粧をして、よそ行きな顔をした先生。

いまよりずっと若く、いかにも売れっ子料理研究家というオーラをまとった先生。

 まるで知らない人みたいだ。

 なんとなく寂しい気持ちになった。こんな近くにいるのに、私は先生のことを全然知らない。

 いや、ふつうの人よりは知っているだろう。

 有名な料亭の長女として生まれたのに、父親が愛人を作ったために離婚。両親は先生の若い頃亡くなり、先生はフランス人の夫と離婚後、子どもを連れて叔母と同居する。そして、叔母の家を改装して生活のために菜の花食堂を始めた。それがもう二五年以上前のことだ。子どもは既に独立。姉はフランス、弟は佐賀に住んでいる。

 私が知っている先生のプロフィールの中に、料理研究家として活躍という経歴はない。

 こんな大事なことなのに、知らないなんて。

 先生に秘密にされていたような気がして、なんとなく悔しかった。

 本の中を開く。中にはハンバーグやコロッケ、グラタン、チキンソテーなど、よくある人気メニューが並んでいる。いまの靖子先生の料理は野菜中心だけど、こちらの本は若い人向けなのか、ガッツリしたものが多い。

 ふつうの料理本と違うのは、作り方の手順が口語で書かれていること。

『一.最初にチキンに塩を振ります。塩は小さじ三分の一もあれば十分。全体にうすくまぶします。つけ過ぎると塩辛くなるから気を付けてネ』

 そんな調子だ。料理経験のない女子向けなので、親しみやすさを演出しているのだろうけど、ちょっとこそばゆい。いまの飾り気のない先生らしくない。

 だが、レシピの手順はちゃんとしているし、料理を知らない人にコツを伝えるためのアドバイスも書かれている。

『ワンポイントアドバイス チキンは焼きあがるまでひっくり返さないでね。チキンの上に重石をすると、皮がパリパリになるわ。重石は特別なものでなくて大丈夫。皿をひっくり返して載せるといいのよ。さらにその上に水の入ったコップでも置くと、パリパリ度が増すわ』

 料理教室での先生の説明を思い出す。料理しながら先生も折に触れて料理のコツをアドバイスしている。こんな感じの優しい口調で。

 やっぱり先生だ。どうしてこの事を教えてくれなかったんだろう。

 こころがざわついて、気分が晴れなかった。お酒を飲んだけど、ちっとも眠れなかった。

 翌日、食堂に向かって歩いていると、買い物かごを提げた村田さんに会った。

「おはよう。どうしたの? 浮かない顔をして」

 いきなり村田さんに鋭い質問をされた。

 どうしようかと思ったが、ごまかせそうにないので、村田さんに尋ねることにした。

「村田さん、靖子先生が昔料理研究家として活躍されていたってご存じですか? マダム靖子っていう名前らしいですけど」

「ああ、知ってるよ。というか、優希ちゃんは知らなかったの?」

 拍子抜けするくらい、あっさり村田さんは言った。

「はい。昨日香奈さんが古本屋で先生の出した料理本を見つけて、それで初めて知りました。香奈さんも本を見るまで知らなかったみたいです。村田さんはいつからご存じだったんですか?」

「それこそ菜の花食堂がオープンする時から知ってるよ。テレビにも出ている有名な料理研究家が地元に食堂を開くっていうんで、この界隈では結構な噂になったよ。あんな辺鄙な場所でも潰れずにやっていけたのは、鳴り物入りでオープンしたからなんだ。当初は雑誌なんかにもよく取り上げられていたしね」

「そうなんですね。てっきり知る人ぞ知るお店だと思っていた」

「だけど、常連客がついてレストランが軌道に乗ると、靖子先生はマスコミに出るのをやめた。お子さんたちが嫌がるからって」

「そんな経緯があったんですね。全然知らなかった。じゃあ、この辺の人達はみんな知ってるんですね?」

「古くからここに住んでいる人だったらね。でも、噂になったのは最初の頃だけで、靖子先生は気さくな人だし、すぐにこの地域に溶け込んだ。マスコミに記事が出なくなると、みんなその話はしなくなった。私も、いま優希ちゃんに言われるまで、すっかり忘れていたよ」

「そうでしたか」

「おや、まだ浮かない顔をしているね」

「ええ。私、先生の傍にいるのに、全然先生のこと、知らないな、と思って。この前の文旦の件もそうでしたし」

 私がそう言うと、村田さんは声を立てて笑った。

 何がおかしいのだろう、と私は少しムッときた。その気配を察したのか、村田さんは真顔になって言った。

「優希ちゃんは知りたがりだね。みんなそんなもんだよ。私だって、優希ちゃんがこの店に来る前はどこに勤めていたか知らないし、どこの学校を出たのかも知らない。優希ちゃんだって、私の昔のことは知らないでしょう?」

「ええ、まあ、そうですけど」

「昔のことなんか知らなくても、人は仲良くしていられる。何もかもは知らない方がいいこともあるからね」

 村田さんはそう言うが、私と先生の距離と、私と村田さんでは違う。料理研究家だった過去は、いまの仕事に繋がる話だから、もっと早く知っておきたかった。

「納得してない顔だね。まあいいや。これからちょっと行くところがあるから、あとで食堂に寄るよ」

「はい、お待ちしています」

 そうして村田さんと別れて、私は職場に向かった。

 村田さんが菜の花食堂を訪れたのは、その日のランチタイムが終わる頃だった。村田さんはひとりではなく、保田さんも一緒だった。もう二時近くなので、お店にはほかにお客さまがいなかった。

「あら、いらっしゃい。珍しいふたり連れですね」

 靖子先生は笑顔でふたりを迎え入れる。

「いらっしゃいませ。お好きな席にお座りください」

 私が言うと、ふたりはカウンター席に並んで座った。

「ランチをふたつ」

「食後は珈琲と紅茶とどちらになさいますか?」

「珈琲をください」

「私も」

 オーダーをすますと、保田さんが靖子先生に話し掛ける。

「実は今日、ここに来たのは、村田さんに質問されたからなんだ。靖子さんはどうして文旦フェスに関わっていないのかって。村田さんだけでなく、優希ちゃんも疑問に思っているらしい。この件については、俺がペラペラしゃべっていいのかちょっと判断つかないんで、靖子さんに直接聞いてみようということになった」

「あらまあ、そんなこと。たいしたことではないのに」

 靖子先生はおやおやと言うように首を横に振った。村田さんがさらに補足する。

「いやね、優希ちゃんは真面目な子だからね、もし自分の知らないトラブルでも過去にあったら気になるって言うの。優希ちゃんは靖子先生が昔料理研究家で有名だったってことを最近知って、ショックを受けてたみたいだから」

「ショック?」

「一緒に仕事しているのに、そんな大事なことを知らされていないのは、仲間外れみたいな感じがしたんじゃないかな。優希ちゃんは靖子先生のこと、実の母親みたいに慕っているから」

 村田さんの説明を聞いて、私は顔が赤らむ想いだった。そんなことにこだわるのは、こどもっぽいとみんなに思われているんじゃないだろうか。

 だけど、先生はからかう口調でなく、真面目な顔で答えた。

「ごめんなさいね。いちいち言わなかったのは、当時のことは自分ではあまり思い出したくないから。隠していたわけじゃないの。それに、いまの自分はただの食堂のおばさんだし、優希さんと香奈さんと三人で働くこの状況が気に入っているのよ」

 キッチンの奥にいた香奈さんも、手を停めてこちらの話を聞いている。

「でも、料理研究家として華々しく活躍されていたんなら、そっちの方がよかったんじゃないですか?」

 私は気になっていることを聞いてみた。東京郊外で細々と食堂を営むより、料理研究家として自分のレシピを発表する方がやりがいがあるのではないだろうか。

「華々しい? テレビに出ると有名人と会ったりはしたけど、ただの仕事相手だし、その場

限りの関わり。緊張することも多かったから、楽しいとは思わなかった。あの頃はやたら忙

しかったし、子どもも小さかったから、毎日どうやってやり過ごすかしか考えていなかった」

 先生の口調は自慢するようではなく、苦々しいことを語るような口ぶりだ。

「それに、嫌なこともあったのよ。文旦フェスの件もね」

 喋っていいの?と言うように、保田さんが先生の方を見た。先生は「大丈夫」というように、保田さんに向かってうなずいた。

「文旦フェスに私が関わっていないことを、優希さんが疑問に思うのも無理はないわね。地元のイベントには協力したいと思っているし、まして保田さんが関わっているのであれば、私に声が掛からないはずがないし」 

 保田さんは大きくうなずいた。保田さんにとっては先生は野菜を買ってもらうお得意さまというだけでなく、野菜の新しい調理法を教えてもらったり、植える野菜についてアドバイスを貰ったりもしている。仕事の相談相手でもあるのだ。

「実際、最初の頃は私も関わっていたの。あまり流通していない土佐の果物を、東京郊外で売るって素敵な話でしょう? それも利益度外視で。土佐の農家さんは東京の人にも食べてもらいたいからと通常より安い値段で文旦を送ってくれるし、保田さんを始めとするフェスの関係者もほとんどボランティア。実費を除けば打ち上げ代くらいしか出ない。それが成り立つのは土佐の農家さんと、保田さん上田さんの人と人との繋がりがあるから。東京都心でも滅多にお目に掛かれない果物が、東京郊外のこの町でたくさん食べられるのは贅沢な話だし、それが実現できる繋がりができるなんて、ほんと奇跡みたいな話だと思う」

「最初はまだフェスの在り方も決まってないから、みんなで何度も会議して、いろんなアイデアを出し合った。靖子さんはその頃から関わってくれたんだ」

 保田さんは昔を懐かしむような目をしている。

「じゃあ、なぜ関わるのをやめたんですか?」

 話を聞けば聞くほど先生が関わっていないことが不思議に思える。先生にはボランティア精神があり、自分が力になれることには労力を惜しまない人なのだ。

「それこそ、私が下手に料理研究家として知られていることが、悪い方向に働いたの。八年くらい前のことで、既に料理研究家としての自分は過去のもの、と思っていたんだけど、そうでもなかったのね」

「と言うと?」

「新聞の地方版の人が最初の文旦フェスを取材に来てくれたの。宣伝になるので、その時はみんな喜んだの。でも、その人が私のことを覚えていたのね。それで記事にする時、『料理研究家のマダム靖子さんら市民団体が、高知の珍しい文旦を紹介するイベントを立ち上げる』って見出しに書いてしまった。新聞は事前に記事のチェックができないから、そんなふうに出るなんて、誰も知らなかった。記者としたら知名度のある私が関わっていると書いた方が、注目を浴びるだろうという考えだったんだろうけど、それが裏目に出たってわけ」

先生は大きく溜め息を吐いた。

「このフェスを始めたのはもともと高知県と繋がりのある上田さんと、実際に高知に行って高知の人と繋がりを作った保田さん。私はあくまでお手伝い。なのに、その見出しじゃ、まるで私が発案者のように思えるでしょ。関わっている人たちに申し訳なくて」

「上田さんはさばさばしている人なので、フェスが新聞に取り上げられ、知られることが大事だと割り切っていたけど、そんなふうに割り切れる人ばかりじゃないからね。靖子さんがいいとこ取りしている、と陰口叩く人も実際にいたんだよ。それで、靖子さんはフェスから身を引いた」

「食堂のおばさんはおばさんらしく、マスコミの目に留まるような事はやめようと、その時思ったの」

 なるほど、先生は食堂がネットなどに取り上げられるのを嫌がる。取材も原則的に受けない。それにはそういう訳があったのか、と私は思った。

「だけど、靖子さんは側面フォローというか、自分なりに文旦フェスを応援してくれていたんだよ。チラシを置いたり、文旦を使ったメニューを食堂で出してくれたり。文旦フェスに先んじてメニューに入れてくれたから、ここの食堂で文旦を知って買いに来た、という人も実際何人もいたし」

 メニューで出せば自然と味を知る。お出しする時に文旦の説明をすれば、それで珍しい果物だとお客は知る。地道な啓蒙活動になっていたのだ。

「文旦フェスとは縁を切ったことになるので、文旦を入手するのもそちらを通せない。保田さんに片岡農園さんを紹介してもらって、そちらと直接やり取りしていたの」

「でも、私が来てからは、文旦は扱っていませんね」

 先生が直接地方の農家さんとやり取りして、食材を仕入れることはやっていない。客単価が安い店なので、そこまでこだわることができないのだ。

「そう、片岡農園さんのご主人が五年ほど前病気で倒れられて、文旦作りを中止してしまったの。いつか復帰されるとおっしゃっているので、その間だけほかの農家さんに頼むというのも申し訳ない気がして、ずるずると来てしまった」

「そういうことだったんですね」

 ようやく私は納得した。先生は義理堅いので、繋ぎみたいにほかの農家さんに頼むのがお嫌だったのだろう。

「で、その間、文旦フェスの方からこちらに必要な分、買い取ってもらいたいと話しているんだけど、靖子さんが遠慮されてね。文旦フェスに関わるメンバーも最初の頃とは大幅に変わっているし、いまのメンバーは皆気のいい人たちだから、気にする必要はないと思うんだけどなあ」

「もう私のことを覚えている人は少ないだろうけど、私がしゃしゃり出ると売名に利用していると思う人もいないとは限らない。文旦を扱いたいのはやまやまだけど……」

「だったら、私の名前で文旦フェスに申し込みしましょうか?」

 口から咄嗟に言葉が出た。

「私だったら文旦フェスの人たちも知らないし、文句を言う人もいないと思います。私個人でイベントのお手伝いもしたいと思うし。それにもし片岡農園さんが再開されたら、文旦フェスから仕入れるのを止めて、先生がまた片岡農園さんとやり取りすればいいと思います」

「ああ、そりゃいいアイデアだ」

 それまで黙っていた村田さんが即座に返事した。

「優希ちゃんは頭がいいね。そうすれば八方丸く収まる。文旦フェスの人たちも納得するだろうし、片岡さんへの義理も立つ。いいんじゃない?」

「そうだよ。みんな文旦愛のある連中だから、靖子さんの食堂で文旦を紹介してくれるのは大歓迎だよ」

「そうかしら? そうなると優希さんが悪く言われたりしないかしら?」

 靖子先生はまだ懐疑的だ。すると今度は香奈さんが言った。

「大丈夫ですよ。優希さんがダメなら、私の名前でもいいです。文句言う人はどんな時でも文句を言います。そんな人を相手にしていたらきりがない。何より大事なのは、文旦という果物が一人でも多く知られることだと思います」

「その通りだよ。靖子さん、いいお弟子さんに恵まれたね。ふたりもそうやって協力してくれるって言うんだから、いつまでも過去にこだわってないで、一緒に文旦を広めようよ」

 保田さんも言葉を重ねる。靖子先生はしばらく黙って考えていたが、おもむろに口を開いた。

「そうね。いつまでも無関係を通すというのも、意固地なことね。じゃあ、おふたりに文旦の仕入れをお願いしようかしら」

「おまかせください。だけど、文旦文旦と言っていたら、食べたくなっちゃった。私、まだ文旦食べたことないんです」

 香奈さんが言うと、保田さんがニヤリとして持っていたトートバッグに手を入れた。そして、中から艶やかなレモンイエローの文旦をふたつ取り出した。

「そんなこともあろうかと、文旦を持って来たんだ。少しだけど、デザートの時ここにいるみんなに配ってくれるかな?」

「わ、嬉しい」

 香奈さんが声を上げた。

「ごちそうさま。久しぶりに文旦がいただけるのは嬉しいわ。でも、その前にランチを召し上がってくださいね。すぐにお出ししますから」

 そう言って、先生は料理に取り掛かる。それを見ながら、私も嬉しい気持ちになった。文旦が食べられることではなく、先生の想いを知ることができたこと。キャリアの詳細は知らなくても、私の知っていた靖子先生の人間像に間違いはない、と思ったこと。

 相手のことを知らなくても、関係は成り立つ。

 村田さんの言葉は事実だと思うが、知った方がもっと楽しい。その相手をもっと理解できるからだ。

「あ、まだお水も出していませんでしたね。すみません」

 私も、仕事に意識を戻す。保田さんも村田さんも気にした様子はなく、おしゃべりに夢中になっている。先生と香奈さんは料理の支度をしている。

 平和な光景だ。いつもの菜の花食堂だ。

 私はほっとした気持ちになった。一昨日からもやもやしていたものが、一気に霧散している。

まだ春は先だが、一足早く春が訪れたような、そんな穏やかな心持ちになっていた。

 ※「菜の花食堂のささやかな事件簿」だいわlog連載は、この06で終了いたします。

ご愛読ありがとうございました。

この連載に加筆修正のうえ、『菜の花食堂のささやかな事件簿』の新刊が、文庫として刊行される予定です。

どうぞお楽しみに!

著者プロフィール
碧野 圭

愛知県生まれ。東京学芸大学教育学部卒業。フリーライター、出版社勤務を経て、2006年『辞めない理由』で作家としてデビュー。
『菜の花食堂のささやかな事件簿』シリーズのほか、ベストセラーとなりドラマ化された『書店ガール』シリーズ、『銀盤のトレース』シリーズ、『凛として弓を引く』シリーズ、『スケートボーイズ』『駒子さんは出世なんてしたくなかった』『1939年のアロハシャツ』『書店員と二つの罪』『レイアウトは期日までに』等、多数の著書がある。
地域の食文化への興味から、江戸東京野菜コンシェルジュの資格を取得。