小学一年生、六歳のときに初めて「あいうえお」を習ってから、その十倍近い人生を生きてきた内田かずひろ、五十八才。ひと昔前ならもうすぐ会社を定年する年齢だ。五十才を過ぎる頃には自分もちゃんとしているだろうと若い頃には思っていたと言う。しかし、マンガの仕事もなくなり、貯蓄もなく、彼女にもフラれ、部屋をゴミ屋敷にして、ついにはホームレスになり、生活保護を申請するも断念せざるを得ず…。だが、そんな内田でも人生で学んできたことは沢山ある。内田の描くキャラクター、犬のロダンの目線で世の中を見てきた気づきの国語辞典と、内田の「あいうえお」エッセイ。この連載が久々のマンガの仕事になる。
ありがとう

2000年前後に「ギャル語」というものが流行った。
ギャル語というのは主に女子高生の間で発生した言葉たちで、しかし一般的に多く広まるかというと、その言葉の言い方やイントネーションを考えると若い女性の間で使われるのが主だった。そんなギャル語を代表するひとつに「ありえな~い!」という言葉があった。使い方は「嘘だろう」「冗談だろう」という、どちらかと言えばマイナスの驚きを表現する時に使われるのであるが、その逆に喜びの驚きの場合にも使われるのである。例えば、欲しかったモノをプレゼントされた時こそ、最高の「ありえな~い!」なのだ。
丁度その「ありえな~い!」が流行していた頃、辞書で改めて「ありがとう」を調べた事があったのだが、その語源に驚いた。「ありがとう」の語源は「有難い」。つまり「通常はめったにない(有難い)ことが起こった」とある。そのニュアンスこそまさしく「ありえな~い!」ではないか!
それを知った時「侮りがたし、ギャル語」と思ったと同時に、言霊、言葉の持つ力がギャル達にそう言わせたのかも知れないと思った。
言霊と言えば、外国語でも発音と意味が日本語と同じ言葉が存在するが、コウモリの赤ちゃんが母親を呼ぶ超音波を人間にも聴こえるレベルにしたものを聞いた事がある。そのイントネーションが、まさしく「おかあさ~ん!おかあさ~ん!」と聞こえるのだ。そういう心から生まれた言葉も言霊のひとつではないだろうか。
1964年、福岡県生まれ。高校卒業後、絵本作家を目指して上京。1989年「クレヨンハウス絵本大賞」にて入選。1990年『シロと歩けば』(竹書房)でマンガ家としてデビュー。代表作に「朝日新聞」に連載した『ロダンのココロ』(朝日新聞出版)がある。また絵本や挿絵も手がけ、絵本に『シロのきもち』(あかね書房)、『みんなわんわん』(好学社)、『はやくちまちしょうてんがい はやくちはやあるきたいかい』(林木林・作/偕成社)、『こどもの こよみしんぶん』(グループ・コロンブス・構成 文/文化出版局)挿絵に『みんなふつうで、みんなへん。』(枡野浩一・文/あかね書房)『子どものための哲学対話』(永井均・著/講談社)などがある。『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!!』(森京詩姫・著/竹書房)では「怪人トンカラトン」や「さっちゃん」などのキャラクターデザインも担当した。