とかくこの世は生きづらい ロダンのココロ国語辞典

この連載について

小学一年生、六歳のときに初めて「あいうえお」を習ってから、その十倍近い人生を生きてきた内田かずひろ、五十八才。ひと昔前ならもうすぐ会社を定年する年齢だ。五十才を過ぎる頃には自分もちゃんとしているだろうと若い頃には思っていたと言う。しかし、マンガの仕事もなくなり、貯蓄もなく、彼女にもフラれ、部屋をゴミ屋敷にして、ついにはホームレスになり、生活保護を申請するも断念せざるを得ず…。だが、そんな内田でも人生で学んできたことは沢山ある。内田の描くキャラクター、犬のロダンの目線で世の中を見てきた気づきの国語辞典と、内田の「あいうえお」エッセイ。この連載が久々のマンガの仕事になる。

第3回「う」

うめる

2023年8月30日掲載

犬はうめる。大切なモノを隠すためにもうめるが、嫌なモノを隠すためにもうめる。見えなくして、まるでなかった事のようにする。

実際、目をそらし、その場をやり過ごすことで、穏便に済むことも沢山ある。

毎朝満員電車で通勤しているが、スマホを操作してる人の多さに驚く。スマホの分だけスペースが必要になり、余計窮屈になる。一度、僕の背中をテーブル代わりにスマホを連打された事があった。振り返ると、自分よりも年上と見られるピシッとスーツを着こなしたエリートサラリーマンのような男性だったのでビックリした。僕と目が合うと、ちょっと驚いた様子は見せたが、謝ることもなく「何か問題でも?」という表情で、僕の方が心が狭い人間のように感じられた。こういう時は、目を瞑るに限る。そもそもあの狭い密閉空間に価値観の違う人間が、ひしめき合っているのだ。誰かが傷つけられたりしない限り、たとえ常識であれ自分の価値観を通すのは無理がある。

もちろん目をそらさず、ちゃんと向き合わないといけない問題も沢山ある。その最も残念な例が、昔聞いた野生のテンの話だ。テンは天敵と出会うと前足で自分の目を覆うという。すると天敵は見えなくなり、テンは目の前の天敵を消す事に成功するのであるが、そのまま食べられてしまう悲しい結末を迎えるという話。

現在ネットで検索しても何のソースも出て来ないから、まことしやかな噓の可能性も高いが、イソップ童話的教訓を感じる。

見えない様に隠しても、なかった事にはならないということだ。

著者プロフィール
内田かずひろ

1964年、福岡県生まれ。高校卒業後、絵本作家を目指して上京。1989年「クレヨンハウス絵本大賞」にて入選。1990年『シロと歩けば』(竹書房)でマンガ家としてデビュー。代表作に「朝日新聞」に連載した『ロダンのココロ』(朝日新聞出版)がある。また絵本や挿絵も手がけ、絵本に『シロのきもち』(あかね書房)、『みんなわんわん』(好学社)、『はやくちまちしょうてんがい はやくちはやあるきたいかい』(林木林・作/偕成社)、『こどもの こよみしんぶん』(グループ・コロンブス・構成 文/文化出版局)挿絵に『みんなふつうで、みんなへん。』(枡野浩一・文/あかね書房)『子どものための哲学対話』(永井均・著/講談社)などがある。『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!!』(森京詩姫・著/竹書房)では「怪人トンカラトン」や「さっちゃん」などのキャラクターデザインも担当した。