とかくこの世は生きづらい ロダンのココロ国語辞典

この連載について

小学一年生、六歳のときに初めて「あいうえお」を習ってから、その十倍近い人生を生きてきた内田かずひろ、五十八才。ひと昔前ならもうすぐ会社を定年する年齢だ。五十才を過ぎる頃には自分もちゃんとしているだろうと若い頃には思っていたと言う。しかし、マンガの仕事もなくなり、貯蓄もなく、彼女にもフラれ、部屋をゴミ屋敷にして、ついにはホームレスになり、生活保護を申請するも断念せざるを得ず…。だが、そんな内田でも人生で学んできたことは沢山ある。内田の描くキャラクター、犬のロダンの目線で世の中を見てきた気づきの国語辞典と、内田の「あいうえお」エッセイ。この連載が久々のマンガの仕事になる。

第8回「く」

くも

2023年10月2日掲載

空に浮かぶ雲を見て、動物や何かの形に見えるのは「パレイドリア現象」という心理現象だという。かつて見たことのある何かを投影するのだ。

心がそういう現象を起こす理由を考えてみると、人間は(人間のみならず生き物は)未知のものが怖いからだと思う。
それは雲の形だけでなくいろんな日常生活の場所で起こる。

初対面の人と会う時に、「◯◯に似てる」と思うのもその一つだろう。
芸能人の誰かに似てると思ったり、これまで出会った誰かに似てると思ったり。未知の相手は怖いので、少しでもその恐怖を和らげようとする心の防衛本能なのだと思う。

でもそういう事の積み重ねが、本当の相手との出会いを遠ざけていく。
何かのきっかけで、良く知ってるはずの誰かの、全く知らない一面を見て驚く事はないだろうか?

「そんな人だと思わなかった!」という言葉をドラマや映画や日常生活のあらゆる場面でよく耳にするが、その相手を「そんな人だと思ってなかった」のはその言葉を発した人自身なのだ。その相手の「そんな人」の一面に出会えていなかったのである。

本当の意味で、その相手と出会いたいと思ったら、出来る限り先入観を取り除いて、相手を尊重して接する方がよい。そうでなければ、その先入観は、どんどんズレを生んで「本当の相手」と、どんどん遠ざかってしまう。そして挙げ句の果てには、そのズレのせいで離別してしまう事もあるだろう。

人と人が、本当の意味で出会うのは、とても難しい。

それと同様にまた、自分自身と出会うのも実はとても難しいことなのではないかと思う。

著者プロフィール
内田かずひろ

1964年、福岡県生まれ。高校卒業後、絵本作家を目指して上京。1989年「クレヨンハウス絵本大賞」にて入選。1990年『シロと歩けば』(竹書房)でマンガ家としてデビュー。代表作に「朝日新聞」に連載した『ロダンのココロ』(朝日新聞出版)がある。また絵本や挿絵も手がけ、絵本に『シロのきもち』(あかね書房)、『みんなわんわん』(好学社)、『はやくちまちしょうてんがい はやくちはやあるきたいかい』(林木林・作/偕成社)、『こどもの こよみしんぶん』(グループ・コロンブス・構成 文/文化出版局)挿絵に『みんなふつうで、みんなへん。』(枡野浩一・文/あかね書房)『子どものための哲学対話』(永井均・著/講談社)などがある。『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!!』(森京詩姫・著/竹書房)では「怪人トンカラトン」や「さっちゃん」などのキャラクターデザインも担当した。