とかくこの世は生きづらい ロダンのココロ国語辞典

この連載について

小学一年生、六歳のときに初めて「あいうえお」を習ってから、その十倍近い人生を生きてきた内田かずひろ、五十八才。ひと昔前ならもうすぐ会社を定年する年齢だ。五十才を過ぎる頃には自分もちゃんとしているだろうと若い頃には思っていたと言う。しかし、マンガの仕事もなくなり、貯蓄もなく、彼女にもフラれ、部屋をゴミ屋敷にして、ついにはホームレスになり、生活保護を申請するも断念せざるを得ず…。だが、そんな内田でも人生で学んできたことは沢山ある。内田の描くキャラクター、犬のロダンの目線で世の中を見てきた気づきの国語辞典と、内田の「あいうえお」エッセイ。この連載が久々のマンガの仕事になる。

第13回「す」

すきま

2023年11月6日掲載

スキマは好きな方だ。
犬も猫もスキマが好きそうだが、それはマンガにも描いたように母体回帰的安堵感的な本能なのではないだろうかと思う。

そういう本能に刻み込まれた記憶というのは、人間にもきっとある。

ある時、行きつけの理髪店で、新しいサービスとして頭のマッサージをしてもらった事がある。浮き輪の様なモノを頭に巻いて空気圧でマッサージするのだ。
理髪店の方に「どうですか?」と聞かれ、僕の口から自然に出たのは「懐かしい気持ちになります」という言葉だった。理髪店の方が「まあ!」と笑いながら反応したので、自分のその答えに僕もハッとした。
その懐かしさは、母親の体内からこの世に出て来る時の圧迫感ではないだろうか? と思った。無意識領域に刻み込まれた記憶ではないかと思った。

そう考えると、ある僕の癖も、そういう無意識領域の記憶なのではないかと思える。
その癖というのは、耳を折り畳む癖だ。僕には子どもの頃から耳の穴を埋めるように耳を折り畳む癖がある。耳はすぐに開いてしまうので、その際には、折り畳んだ耳は手で押さえたり折り畳んだまま枕に押し付けたりする。
すると、耳の中がひんやりしてとても気持ちが良く安心する。

時々、この気持ち良さの根源は何なんだろう? と考える事がある。仮説として、母胎の羊水に浸かっていた頃の胎内記憶ではないかと考えた事がある。耳の中まで羊水に満たされている状況を耳たぶで再現しているのではないかと思うが、答えはわからない。

また、女性や細身の男性で、何気なく立ってる時に脚をクロスさせる人をよく見かける。僕自身も、時々やる。これも胎内記憶ではないかと思う。母胎の中の赤ちゃんが脚をクロスさせてる画像を見たことがある。

そんなことを考えてると、生物にとって一番居心地が良かったのは、やっぱり胎内だったのかも知れないと思うのだ。

著者プロフィール
内田かずひろ

1964年、福岡県生まれ。高校卒業後、絵本作家を目指して上京。1989年「クレヨンハウス絵本大賞」にて入選。1990年『シロと歩けば』(竹書房)でマンガ家としてデビュー。代表作に「朝日新聞」に連載した『ロダンのココロ』(朝日新聞出版)がある。また絵本や挿絵も手がけ、絵本に『シロのきもち』(あかね書房)、『みんなわんわん』(好学社)、『はやくちまちしょうてんがい はやくちはやあるきたいかい』(林木林・作/偕成社)、『こどもの こよみしんぶん』(グループ・コロンブス・構成 文/文化出版局)挿絵に『みんなふつうで、みんなへん。』(枡野浩一・文/あかね書房)『子どものための哲学対話』(永井均・著/講談社)などがある。『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!!』(森京詩姫・著/竹書房)では「怪人トンカラトン」や「さっちゃん」などのキャラクターデザインも担当した。