本が手元にないと困るのです。例えばお風呂、歯磨き中、はたまたトイレでも読書せずにはいられない。
そんな私がひょんなことから書店員になりました。書店員って落ち着いたイメージでしたが、なってみたら全然違う! 日々、思いもよらぬ問合せに大わらわ!!
そんな書店員の日々、ちょっとのぞいてみませんか? 読めばあなたも書店に行きたくなるかもしれません。
※ 実際のエピソードから、個人を特定されないよう一部設定を変更しております。
うちの店の仕事ができるアイドルの話。
いつも通り品出しをしていると、近くの棚から黄色い声が聞こえてきました。
「キャー♡」という女子2人組の声の先にいるのは、最古参のアルバイト、Kくん。
彼は、端的に申し上げると、そう。イケメンなのです。しかも落ち着いているし、物腰も柔らか。面倒見も良いので、後輩アルバイトたちからの信頼も絶大です。
棚のすみからそっと見ていると、どうやらお問い合わせを受けているみたい。
「在庫確認してきますね」と言うKくんに、「はい♡」と声を合わせる女子たち。
彼が商品を探しに立ち去ると、「カッコいい〜♡」「私、目が合った♡」と語り合っています。
そりゃあ目ぐらい合うわい、店員なんだもの! お客さまに目線を合わせなかったら逆に問題じゃ!
背の高いKくんの後ろ姿を見ていたら、あら、また声かけられてる……。
お問い合わせ対応中に、別のお問い合わせを受けることはよくあること。そんな時は、他のスタッフがフォローに入るのです。
私は、Kくんに駆け寄ると、「どちらか、対応を代わるね」と声をかけました。
Kくんは「あぁ、ちょうど良かった。助かります。こっちをお願い出来ますか?」
渡されたメモは、さっきの女子たちのお問い合わせ。私が担当しているジャンルです。
Kくんに代わって私がお問い合わせの本をお持ちすると、明らかに落胆している女子たち。すまんね、私も仕事なのでな。
はぁ……品出しに戻ろ。作業していた棚に戻ると、ちょうど常連の女性がいらっしゃってニヤニヤしています。
同世代の彼女とは本の趣味が合うので、時々「あれ、もう読んだ?」「面白かったですよねー!」と、普段から情報交換をする仲。
「あの子たち、残念そうだったね!」とおかしそうに言うので、私も笑ってしまいました。
「あのバイトの子、イケメンだもんね。すごく感じもいいし」と常連さん。
「ありがとうございます! 伝えておきますね。本当にすごく良くやってくれる子なんですよ」と、お礼を言うと、「あの子、あの人に似てるよね……」。
芸能人かな? 誰かしら。
常連さんがそっと指差した先にあるのは、ファンタジー漫画の人気作。
「あぁ……! わかります、私も思ったことあります! 勇者ですよね?」
「そう、見た目がなんとなく似てるよね」
視線の先にいるKくんは、二次元の勇者に似ているなどと噂されていることも知らず、お問い合わせを終えて、今度はレジに入っています。。あ、さっきの女の子たち、ちょうどKくんのレジに当たった!
お会計を終えて、キャッキャと楽しそうにエスカレーターを降りて行く女子たちを見ながら、「アイドルね(笑)」と呟く彼女に、「そうだ。アイドルの小説、読んでみません?」と提案すると、「お、いいね!」。
私がおすすめした小説と新書、ご自身が選んだハードボイルドなミステリ小説を、Kくんのレジでお会計した彼女は、「彼、近くで見てもやっぱりあの勇者に似てるわ」と言って帰って行きました。
お会計のお客さまの列がなくなり、レジを離れたKくんに「さっきはモテてたねぇ」と話しかけると、「そんなことないですよ」。
「あ、慣れっ子の対応(笑)」と肘でつつくと、彼は爽やかに笑って、「すみませーん」と声をかけてきたお客さまの方に小走りで向かって行きました。綺麗な横顔と、揺れる茶色いツヤツヤの髪。当店のアイドルは、誰よりも働き者なのです。
【お客さまにおすすめした本】
『武道館』
朝井リョウ/文藝春秋

「武道館ライブ」という合言葉のもとに活動してきた女性アイドルグループ「NEXT YOU」。さまざまな戦略を駆使し、人気と知名度を上げてきた彼女らだったが、注目度が高まると、心無い人たちも現れはじめ……。多感な時代をアイドルとして生きる少女たちの物語。朝井リョウの描くアイドルの群像劇なんて、面白いに決まってる!
『「好き」を言語化する技術』
三宅香帆/ディスカヴァー・トゥエンティワン

友人の推し(ちなみに力士)について聞いた時、「マジでヤバいんだ♡」と言われましてね……。「どうヤバいのかを教えてくれよ!」となったわけですが、もっと詳しく人に伝えられるようになる方法、この一冊で習得できますよ。“「好き」を人に伝える方法の本”って画期的。売れているのも納得の名著です!
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第1話いつか子どもと繋いだ手を離すのだから。
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第2話誰かと一緒にごはんを食べる幸せについて。
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第3話いくつになってもきれいになる努力をする権利はあるのだ。
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第4話世界一素敵なプレゼント
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第5話25年振りの、夫婦水入らず
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第6話新しい年は、少しだけ新しい自分で。
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第7話大人のダイエットは、健康ありきなのである。
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第8話宿題やったか?お風呂入れよ、歯磨けよ!…終わった? よし、ミステリの世界へ行ってらっしゃい!
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第9話うちの店長は声がでかい。
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第10話ある書店員の平凡な一日。
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第11話お求めの本が見つからない日だってあるのです。
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第12話大切な人の親に会いに行くなら。
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第13話離れて暮らすことになる父の健康を願って。
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第14話古い友人との再会
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第15話うちの店の仕事ができるアイドルの話。
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第16話夫に「大好き」って言えますか?
1981年茨城県生まれ。書店員。転勤族の夫とともに引っ越しをくり返している。現在は、夫、息子、娘、犬1匹、猫4匹と暮らしながら、東京の片隅の書店に勤務中。
初めての著者に、『書店員は見た!〜本屋さんで起こる小さなドラマ』(大和書房)がある。