ある翻訳家の取り憑かれた日常

第70回

2025/10/01-2025/10/14

2025年11月6日掲載

2025/10/01 水曜日

文庫(河﨑秋子著『介護者D』)の解説締め切り。解説は本当に難しいね。今回も難しかった。

明け方、まだ外が薄暗い時間に、屋根を軽快に歩く足音が聞こえて来て、いつものカラスの集団がやってきていることに気づいた。理由はわからないが、わが家の屋根の上では時折カラスの集会が開かれており、彼らがなぜか走り回るため(もめ事でも?)、その小さく、非常にせわしない足音が聞こえてくることがある。今日もそんな日だった。

ベッドに寝ながら彼らのランダムで軽やかな足音を聞き、野鳥ってどのような形で生涯を終えるのだろうという、いつもの疑問が頭に浮かんできた。突然飛ばなくなる? 墜落? それとも、木の枝に辛くなった体を預け、死を待ち、その時が来たら落下するのだろうか。相当数生息しているであろうカラスだけれど、その死体を見ることは滅多にない。いや、以前はそう思っていた。ただ、「野鳥はどのようにして死ぬのか」を考え出した途端、山道の脇のあたりに乱れたウィッグみたいになったカラスの死骸を見るようになったし、犬との散歩の途中で、すでに他の動物に食べられたあとの、小鳥のバラバラの体や千切れた羽根を見るようにもなった。当然のことだけれど、彼らも普通に死んでいるのである(狩られたのかもしれないが)。

人間も同じで、相当数の人々が、この世界で暮らしているにも関わらず、道ばたでランダムに死体に巡り会うなんてことはないわけで(少なくとも日本ではあまりないわけで、あったら怖いわけで)、そう考えると人間も野鳥もちゃんとしてるなあ〜と関心してしまった。みんなちゃんとしてるわ。偉い。

2025/10/02 木曜日

zoomでの打ち合わせのあと、翻訳、そして夫の実家掃除。

実家にはトラック数台分の紙ゴミが蓄積されている。これは認知症になった義母がどこからともなく集めてきたもので、その分量たるやものすごいことになっている。半分以上が店を経営していた時期の経理関係の書類だが、古いものから丁寧に見ていくと、義母が認知症と診断される前ではあるが、それでもはっきりと症状が出始めた頃の戸惑いいっぱいの記述が散見される。時折紛れ込むメモにも、はっきりと義母の困惑や不安が綴られており、ゴミ袋にどさっと入れたい自分と、すべて読んでみたい自分の間で葛藤が繰り広げられる。

しかし、読んでいて私が最も惹きつけられるのは、2019年から綴られた、ヘルパーさんによる義父母観察記録だ。これは「訪問記録」と名づけられた報告書で、ヘルパーさんが義父母の家を訪問する度に記されたもの。この「訪問記録」の「特記事項」に、その日にやってきたヘルパーさんからのひとことが記入されている。突出して字が美しく、記述内容が興味深いヘルパーさんがいる。Nさんとしよう。このNさんは、義母が口にしたことを詳細に報告している。

”通信販売の支払用紙をコンビニで支払ってきて欲しいと仰いました。事務所に確認しましたところ、訪問介護計画に支払用紙による支払は入っていないため、サービスは行えないことをお伝えしました。”

”今日は頭のなかがぼーっとしてエンジンがかからないわと仰っていました。ご依頼されたバターが店頭になく、電話にて確認いたしました。購入しなくてもよいということです”

”「自分の年齢を数えたら、80歳だったわ」と笑っておられました。”

”毎日お忙しいことで、少しイライラすると仰っていました。雑用が多いとのことです。忘れた用事があったりすると、お嫁様に質問されるようです”

どれを読んでも、確かにこの時期の義母はこんな様子だったなと思う。こう思う瞬間、耳の奥のほうからザーッという音が聞こえてくる。

2025/10/03 金曜日

次の翻訳本の打ち合わせ。初めての絵本だ。それから日経新聞プロムナード締め切り。朝から猛烈に書いた。

午後は事務作業。トントン拍子に話が進み、義父もグループホームに入居することになり、それに必要な書類を集めている。それにしても長い介護生活だった。もちろんこれで終わったわけではないのだが、義父母が24時間介護の施設に入居したという事実は、私をかなり自由にしてくれた。当然お金はかかるが、これだけ気持ちが楽になるとは夢にも思わなかった。入居直後から義母の状態があまり芳しくなく、その点は大変気になる。特に最近は排尿障害が出てきていて、尿意がないために膀胱が満タンの状態でもトイレに行けなくなっているらしい。医師はいろいろと治療してくれたようだが、対策として残っているのは膀胱留置カテーテルらしく、どんよりだ……留置は最長一ヶ月(!)だと聞いた。

義母の状況は、ロコモ(ロコモティブシンドローム:運動器症候群)、サルコペニア(筋肉量の低下)、そしてフレイル(心身の活力の低下)だそうだ。介護の世界にも多くの専門用語がありますな。

2025/10/04 土曜日

週末。週末ぐらいは休みたい。しかし、翻訳作業が追いついておらず、早朝から作業開始だ。それでも、土曜日の作業はリラックスする。なぜだろう。

もうどれだけ訳したのか、自分でもわからなくなってきた。じわじわと進めれば必ず終わりは来るのだが、年内いっぱいは走り続けなければならない。忙し過ぎるので来年はゆっくりしたいものだ。来年はひとり旅でもしたいな。モアイ像を見に行きたいわ。

2025/10/05 日曜日

義父、とうとうグループホームに入居。予想外ではあったが、笑顔の入居だった!

施設長のMさんがかなり面白い男性で、笑顔を見せつつ上手に義父を持ち上げて、そして義父をすいっと施設内部に招き入れてくれた。逃げだしたテオを、おもちゃを使って家のなかに呼び戻すあの時のイチかバチかの勝負を、Mさんもやっているのだろうかと感謝の念に堪えない。

2025/10/06 月曜日

月刊清流、締め切り。毎日締め切りがあるような気がしてきた。
まずは書いて、入稿して、掃除して、洗濯して、最後に料理。息子たちと下らない話をしているときだけが楽しい。

2025/10/07 火曜日

レンタルベッドの返却。義母のためにレンタルしていた介護ベッドをレンタル業者さんに返した。搬出しやすいように義父母の寝室を掃除したため、様々な書類などが出てくる。義母は義父が使用していたスケジュール帳を二十年分しっかり保管しており、私は初めて義父の若かりし頃のスケジュールを見たのだが(盗み見がすごい)、管理職だった義父は悩みつつも後輩を教育しようと奮闘していた。上司にいて欲しくないタイプだ。

2025/10/08 水曜日

歯科医院での治療日。病院の予約や美容院の予約は死守するのが吉。これを延期すると、あとあと時間をやり繰りするはめになる。だから今日も張り切って行きましたが、結構痛いのに左手を挙げないチャレンジをまたやってしまい、少し疲れた。

2025/10/09 木曜日

久々に特に予定のない日。もちろん仕事はある。10月後半は出張が多いので、今からメンタルにうっすらと霧が立ちこめるような感覚がある。流れに任せて行けばいいだけなのだが、移動距離と心の疲労指数は比例するため、久々の東北行きに怯えている。

2025/10/10 金曜日

日経新聞プロムナード締め切り。間違いなく入稿して、ほっとする。プロムナードは週一の締め切りで半年間書くため、鉄人マラソンのランナー程度の体力を要求されているのではと感じるが、それを自分で書くなということですね、すいません。文字数が少なくてよかった。

2025/10/11 土曜日

美容男子の双子がファンデーションの購入を検討していた。え、ファンデも塗るんですかと驚いたが、今どきの青年はそうなんですか!? 眉毛なんて私よりも整っています。あと、髪色が緑と金なのはどうにかならんのかと母は切実に思っています。

よその家のお子様であれば、「あらあら、やんちゃですわね」と微笑んでいられることも、わが子に起きると途端に災害。子育てあるある。

2025/10/12 日曜日

三日で書くと豪語していたショッピング本の原稿なのだが、進みが悪くなってしまった(大反省)。一度書けなくなると、ぱたりと手が止まってしまうのが悪いクセだ。頭が空っぽだ。油断するとその空っぽ空間にジャスティン・ティンバーレイクの『SexyBack』が爆音で再生されてしまう(I’m bringing sexy back)。ジャスティンを止めたいが、なかなか止まらない。

若い頃は徹夜してでも書いた。でも、ここ数年、疲れると、そもそもやかましい頭の中が余計にやかましくなるようになった。これはもしや、私の脳にも加齢に伴う変化が生まれているのだろうか。それならそれで、詳しくレポしたい。

2025/10/13 月曜日

最近、かなりハマっているサラダ。それは、キャベツを茹でて水気を絞っただけのサラダだ。茹でて、水をきっちりと切って、そのまま食卓に出す。マヨネーズで、ポン酢で、ドレッシングで、ボリボリと食べている……私とテオが(テオは味付けなし。一応書いておく)。今日も一人と一匹で大量に食べて満足だった。

ハリーもそうだったのだが、犬はキャベツがかなり好きだと思う。じゃがいもも好きだが、それよりもキャベツのような気がする。テオはどうも38キロ超えたような気がするので、ダイエットもしなくてはいけない。

2025/10/14 火曜日

本日、書籍掲載のため、家の撮影だ。写真嫌いの私は徹底的に逃げてしまって申し訳なかった。え、でも村井さん、インターネットとかに出てるじゃん、出る媒体と出ない媒体の選定基準がわからないんですが? とよく言われるのだが、それは「優しい編集者」が担当している媒体(逃げたい、逃げても叱られないかもしれない)と「厳しい編集者」が担当している媒体(逃げられない、ころされる)です。恐怖心が私の行動のすべてを牛耳っているのです。

著者プロフィール
村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。
主な著書に『ある翻訳家の取り憑かれた日常』(2巻まで刊行、大和書房)、『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術
』(CCCメディアハウス)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』『ハリー、大きな幸せ』『家族』(亜紀書房)、『村井さんちの生活』(新潮社)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)、『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)など。
主な訳書に『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。