2023/07/29-2023/08/11
2023/07/29 土曜日
もう7月も終わりである。一年も半分過ぎてしまった。一年が過ぎて行くのがあまりにも早い。こうやって、どんどん年を取っていくのかと思うと、うんざりしてくる。先月は誕生日だったが、誕生日を迎えたばかりだというのに、次の誕生日が、もうすぐ後ろに迫っているように感じられるのは、人生をすでに折り返しているからなのだろう。下り坂なのだ。追い立てられているようだ。この下り坂をどう過ごすのが正解なのか、ちょっと真剣に考えなくてはいけないなどなど、考えている。たぶん、また徐々にメンタルが落ちつつある。
2023/07/30 日曜日
日曜日。本来だったら休む日だと思うのだけれど、息子たちがずっと家にいるので(夏休みだからね)、なんとなく忙しい気持ちになる。少しぐらい出かけてくれてもいいのだが、彼らはクーラーの効いた居心地のよい自室から出て行こうとはしない。iPadやiPhoneがあれば、時間はいくらでも潰すことができる。
ということで、暇そうにしているどちらかに声をかけて、買い物を手伝ってもらうようになった。わが家はエンゲル係数が口に出して言えないほど高いが、その主な原因となっている息子たちに、実際にどれだけ購入しているのか見せてみようと思ったのだ。
結果、次々にカゴに食べ物を放り込まれ、いつもより大量に購入してしまうことになった。それでも、荷物をすべて持ってくれるし、二階にある冷蔵庫の前まで運んでくれるので、力のある男子は助かる。おこづかいは、買い物に一度付き合うごとに1000円。
2023/07/31 月曜日
庭の雑草が素晴らしく伸びている。灼熱の太陽光に焼き尽くされてしまえと思うのだが、ますますしぶとく生えてくる。息子たちに草刈り、やってくれない? バイト代はずむよと頼んだが、こんな暑さのなかで作業したら死んでまう、それだけは嫌だと断られ、あんたら稲穂か? と言いたくなるほど伸びきった雑草を眺め、ため息をついている。
2023/08/01 火曜日
ハリーを動物病院に連れて行った。ノミ・ダニの薬をもらうためだ。ついでに体重を量ってみたら、なんと52キロになっていた。人間かよと言いたくなる重さだ。おっかしいなあ、最近ずっとダイエットしているのに……と、わざとらしいことを獣医師に訴えてみたが、「太ったということは、やはりカロリーオーバーなんですよ」とさらりと返され、心のなかで、それは大変申し訳ないことですとつぶやいた。
実はハリーは数年前に大病をして、その経過観察もしなければならず、動物病院には頻繁に連れて行っている。ハリーはいつでも、どこでも人気者だ。大きな体に穏やかな性格。誰もがハリーを見ると目を輝かせ、近づいてくる(特に動物病院なんて動物好きしかいないから)。
「大きいわねえ」「大人しいわねえ」「筋肉すごいっすね」などなど、うれしい言葉を飼い主がかけられている間、ハリーは耳を下げて尻尾を振っている。丸い目がアザラシみたいだ。ハリーほどの名犬はあまりいない。そういえばハリーに世界デビューのお話がやってきたが、まだ詳細は書けない。
2023/08/02 水曜日
朝からニコラ・ストウの『The Real-Life Murder Clubs』の翻訳(大和書房)。ウェブ探偵、素人探偵、インターネット刑事(デカ)などなど、様々な呼び方はあるが、つまり警察関係者ではない人々がインターネットを駆使して未解決事件に挑むという活動(?)がアメリカでは盛んで、実際に、難事件を次々と解決している。日本にもこういった集団はいるのだろうか。以前から気になっている(ノンフィクションライターの高橋ユキさんにその雰囲気はある)。
有名な事件で例をあげれば、「黄金州の殺人鬼」だろう。70-80年代、アメリカを震撼させた連続殺人鬼で、何十人もの人々が無残にも殺害されたが(正確な人数はわかっていない)、犯人逮捕には至っていなかった。警察が無能だったからだ。この事件を執拗に追っていたのが、ミシェル・マクナマラというノンフィクション作家で、なんと10年以上の歳月をかけて証拠を精査し、名前の割り出しまであと少し……というところまで迫っていた。
彼女の功績がなければ、すでに70歳を超え、結婚し、孫までいた真犯人ジョセフ・ジェイムス・ディアンジェロ(元警官)の逮捕(2018年)はなかったと、私は個人的に思っている(警察は認めていないし、インターネット探偵の一部も否定している)。しかし彼女は、それだけ追いかけていた真犯人逮捕を目撃することなく、オーバードーズでこの世を去っている。ニーチェの「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」を思い起こさせる。彼女に関してはドキュメンタリー番組も制作されている(U-NEXTで配信中の『ゴールデン・ステート・キラーを追え / I’ll Be Gone in the Dark』)。
話を元に戻すが、ウェブ探偵の集団には様々なジャンルの専門家が多く参加している。血痕(それも飛び散ったもの)の専門家、筆跡鑑定の専門家、銃の専門家、その他いろいろな特殊能力というか高度な技術を持った集団が、無償で、未解決事件の謎に取り組んでいる。はっきり言って、警察よりも優秀ではないかと思う。そんな集団でも、いまだにはっきりと解明できないのがジョンベネ事件だというのが、すごい。いや、正確に言えば、ほぼ解明できている。ジョンベネ事件に関しては語りたいことが山ほどあるが(6歳のフルメイク、母親と父親への強烈なバッシング、身代金要求の手紙のなぞ)、文字数がとんでもないことになるので、またいつか。
2023/08/03 木曜日
本日も、ニコラ・ストウの『The Real-Life Murder Clubs』の翻訳(大和書房)。今日、翻訳しながら調べ物をしていて、とある男性のことを思い出した。Googleマップを使ってどんな場所でも特定してしまうトレバー・レインボルトのことだ。
彼のSNSは大変な人気だが、フォロワーが「これは子どもの頃の僕と母が写った写真ですが、どこで撮影されたかわかりますか? 母が亡くなってしまい、今となっては調べる方法がありません」と一枚の写真をアップロードすると、トレバーは、Googleマップを駆使してほんの数分でその場所を割り出してしまう。びっくりするほどの能力なんだが、彼がその特殊能力を培ったきっかけはオンラインゲームの『GeoGuessr』だったらしい。あー、Googleのストリートビューから場所を割り出すゲーム! と、私も少しだけ記憶にあった。ランダムに表示されるストリートビューが、なんだか世界旅行をしているような気分にさせてくれるゲームなんだよね。
それで、なぜ思い出したかというと、彼のこの能力があったらFBIなどに捜査協力をして大金を稼ぐことができるのではないか⁉ と、翻訳作業をしていて、突然思ったから。いいなあ、いいなあ、特殊能力! 私にもそんな能力があればなあ。
2023/08/04 金曜日
息子たちが明日から東京に行くので(次男が所属する剣道部が日本武道館で試合をする。私と双子の兄は観戦。私は二日目に合流)、今日はその支度に明け暮れた。久々に三人で出かけ、まずはユニクロでシャツやショートパンツ、スーパーの日用品売り場で下着類などなどを購入。宿泊するのが国立オリンピック記念青少年総合センターで、バス・トイレが共同のうえにアメニティがないという情報を得たため、息子たちが悲鳴をあげ、シャンプーやらデオドラントやらも次々購入。
こういった荷物にプラスして、着替え(東京二泊三日の旅に耐えられる枚数)やタオルを大型のバックパックに詰め込んだ。そして、最も重要な、剣道の防具と竹刀と剣道着2セット。びっくりするほど大量の荷物が出来上がったのだが、実は東京への移動は青春18きっぷを利用するということで、事前に東京に送ることにした。
三人で、大量の荷物を持ってヤマト運輸へ。送料で5000円。
2023/08/05 土曜日
双子が顧問の先生と、4人の部員たちとともに、青春18キップで東京に行ってしまった(新幹線の移動でもよかったということだが、部員の一人が青春18きっぷで行ってみたいと提案したそうだ)。守山駅まで二人を送って行ったが、なんとなくしんみりしてしまった。私は明日、合同練習が行われるという都内の高校で青年たちと落ち合うことになっている。
2023/08/06 日曜日
朝9時頃の新幹線に乗って、東京へ。めちゃくちゃ天気がよかった。最近東京に行く機会が増えた。いつ来ても東京はいいなと思う。あまりにも暑くて、合同練習が行われるという高校近くのドトールにピットイン。涼しくなったので、日傘を差して目的地へ。すぐに息子たちと会えて、うれしかった。練習後は自由時間となったので、私は双子とA君と四人で日本橋高島屋へ。A君は双子の幼なじみだ。高校へ進学してから剣道は辞めてしまったが、中学の時は双子弟と同じ剣道部に所属していた。弟が日本武道館に行くと伝えると、「それじゃあ、俺もお前の試合を見に武道館まで行くわ」と言い、本当に東京まで来ていたのだ。びっくりしちゃうよね。
お母さんによると、「ホテルも自分で予約してん! びっくりやろ、ほんまに成長したわ~」ということだった。双子とA君はそれぞれ彼女とか妹にお土産を買っていた。他の部員は秋葉原のメイドカフェへ。オムライスに「死ね」とケチャップで書いてもらい、ご機嫌で集合場所に戻ってきた子がいて、めちゃくちゃ面白かった。
それにしても、高校生の青春が眩しい。
2023/08/07 月曜日
日本武道館。8時に開場ということで、7時半に到着。顧問の先生(めちゃ明るいキャラ&私より年下)と、なんだかんだと話をしつつ、双子、A君、部員たちの写真を撮影する。他の学校の剣士たちも次々と集まってきた……というか、めちゃくちゃ人が多い!
日本武道館内部に入ると、気持ちよく冷房が効いていた。A君、顧問の先生、双子兄とともに観覧席に落ちつく。私は武道館のなかを探索したくて、うろうろしていたが、A君と顧問はなにごとか話しあっているように見えた。ジュースを買って戻ると、二人の会話がなんとなく聞こえてきた。
「幼なじみとはいえ、東京まで試合を見に来るなんて、君の心のなかにまだ剣道が残っているんとちゃうか?」
「うーん……どうでしょうねえ」
午前中の個人戦が終わり、午後の団体戦前に、武道館横の「レストラン武道」へ。するとA君が「僕、コンビニに行って来ます」と言う。え、なんで? と聞くと、ちょっとお金を節約しなくちゃならないんでということだったので、「おばちゃんがおごったるわ!」と、すぐさま言ったのだが、A君は首を振る。
それはダメです、コンビニ行きますと頑なに言うので、「あのね、私はあなたのお母さんに、この何百倍も世話になってるの。いいから好きな物を食べなさい」と言って、A君は、何度も頭を下げながらカツカレーを食べた。
食べるとすぐに、「団体戦、はじまっちゃうと大変だから、僕は中に戻ります。何か動きがあったらLINEします」と言って、だれよりも先に店を出た。どうしたらこんな好青年に育つのだろう。ちょっと泣いた。
2023/08/08 火曜日
東京から滋賀に戻って、ダウン。完全ノックアウト。感情の波に耐えられない。高校生たちの青春を目撃して、もうお腹いっぱい。感動した。
2023/08/09 水曜日
ようやく復活。焦って原稿チェック。一週間遅れている。
2023/08/10 木曜日
東京の余韻続く。とにかく、部屋を掃除する。淡々と掃除していくと、徐々に体力が戻る。急いでニコラ・ストウの『The Real-Life Murder Clubs』の翻訳を進める。疲れていても、とにかく作業を開始すれば、調子は戻ってくる。急げ、急げ。
2023/08/11 金曜日
原田とエイミー
親父さんの葬儀から三日後、カサブランカのユキから原田に連絡が入った。
「親戚の人に聞いたんだけど、エイミーがいつの間にかホテルをチェックアウトして、どこに行ったかわからないんだって。ケータイに連絡入れても、全然出ないらしいよ。東京にはいるだろうけど、どこに行っちゃったのかさっぱりわかんない。私にも連絡ないし、お母さんにも連絡してこないらしいし……まさかだけど、カオルちゃんのところに連絡は来てないよね?」
「……今、俺んちにいるよ」
「へ? 誰が?」
「……彼女が」
「え?」
「いやだから、エイミーが」
「はぁ⁉」と、大声で言ったユキは、そのまましばらく沈黙し、低い声でこう続けた。
「ねえ、わかってる? あの子はいつか帰るんだよ、アメリカに。ずっとそのままで暮らせるわけじゃないんだよ? アンタ、まだわかんないの? アンタのそういう中途半端に優しいところが嫌で前の奥さんだって出ていったわけでしょ? アンタもいい年した大人だから私がとやかく言うつもりないけど、傷つくのは、確実に、アンタだからね!」
ユキは突然、ブツリと通話を切った。原田はケータイを耳に当てたまま、真横で眠るエイミーの背中と緩やかに波打つ長い髪を見ていた。確実に、アンタだからねと強調するようにユキは言った。そんなこと、わかっているつもりだと原田は少し腹を立てた。
エイミーは大きなバックパックひとつで原田のマンションにやって来ると、そのまま住み着いていた。原田は突然の同居人に戸惑いはしたが、侘しい一人暮らしのマンションが、一気に華やかになったことがうれしかった。二人は一緒に買い物に行き、料理し、夜中まで語り合った。エイミーは何度も、「私がいたら迷惑? 邪魔?」と原田に聞いた。原田はそのたびに、「そんなことないよ」と答えていた。
「そんなわけないよ」
仕事からエイミーの待つ部屋に真っ直ぐ戻ると、エイミーは満面の笑みで原田を迎えてくれた。よくしゃべり、笑うエイミーに、原田は強く惹かれていった。エイミーと過ごす時間が重なれば重なるほど、彼女への気持ちが強くなり、原田は身動きが取れなくなっているのを感じていた。馴染みの店にも行かず、ただただ、エイミーとの時間を最優先にして、原田は夢のような日々を送っていた。この日々を一生失いたくないとまで思うようになった。
ある日エイミーは「もう帰りたくない」と原田に言った。
「帰らなくていい。一生ここにいればいい」と原田は答えた。するとエイミーは、原田に強く抱きつき、小さな声で「そうできたらいいのに」と言った。
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第1回2023/01/19-2023/02/02
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第2回2023/02/03-2023/02/17
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第3回2023/02/18-2023/03/03
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第4回2023/03/04-2023/3/17
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第5回2023/03/18-2023/03/31
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第6回2023/04/01-2023/04/16
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第7回2023/04/17-2023/05/08
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第8回2023/05/09-2023/05/21
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第9回2023/05/22-2023/06/01
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第10回2023/06/07-2023/06/16
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第11回2023/06/17-2023/06/30
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第12回2023/07/01-2023/07/14
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第13回2023/07/15-2023/07/28
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第14回2023/07/29-2023/08/11
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第15回2023/08/12-2023/08/25
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第16回2023/08/26-2023/09/08
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第17回2023/09/09-2023/09/22
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第18回2023/9/23-2023/10/06
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第19回2023/10/07-2023/10/20
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第20回2023/10/21-2023/11/03
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第21回2023/11/04-2023/11/17
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第22回2023/11/18-2023/12/01
翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。
主な著書に『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術
』(CCCメディアハウス)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』『ハリー、大きな幸せ』『家族』(亜紀書房)、『村井さんちの生活』(新潮社)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)、『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)など。
主な訳書に『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。