2023/9/23-2023/10/06
2023/09/23 土曜日
夫が会社の山岳大会(夫は山岳部)で、どこか遠くへ行った(一泊で)。その事実を知った双子が、妙にリラックスして、私が仕事をしているリビングにやってくる。なんだか相当、うれしそうな雰囲気だ。かくいう私もなんだか相当、楽しい気分だ。朝から部屋をぴかぴかにして、天気がいいので洗濯まで完璧にやって、ファーストフードを買い込んで、三人でボクシングの試合を観戦した。
「なにかこう、自由な雰囲気があるよねえ~」と次男が言うと、「ほんまや~」と長男が答えていた。
なんでやろな~
2023/09/24 日曜日
ケアマネージャーから電話が入る。「理子さん、もうそろそろ主役の座を降りていいと思いますよ……」ということだった。つまり、実の子(夫)の更なる関与をケアマネは求めているというわけだ。
例えば、月一回のモニタリング(ケアマネが実家訪問、介護がスムーズに行われているかどうかを家族とともに確認する)、「息子さん、一回も来たことないじゃないですかぁ!」ということだった。
確かにな! それな!!
「理子さん、ほんまにようやってはりますわあ~、ほんまに感心しますわあ~」とケアマネはベタ褒めして下さるんだが、『全員悪人』(CCCメディアハウス)を書いたことがバレたらどうなるだろうと、ちょっと怖い。介護していると見せかけて、私はじっと観察しているのだ、ということがバレてしまったら?新しいタイプの介護だとは思うが(深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを……)。
ケアマネさん自身、夫さんとは介護のことでめちゃくちゃ喧嘩になるとのこと。「いくらあたしがプロだからって、押しつけは許さへん!!」、と言って、「あたしは何もしませんから!」と宣言したらしい。「今どき、介護保険という制度があるんですから、働いていても介護はできるんです! だから、会社が忙しいは理由になりません」、「実の子は逃げられませんよ!!」、「所詮、あたしら嫁は他人ですやん!」と言っていたケアマネさん。
それな!!!!!! 全部それな!!
夜、夫が登山から戻ってきた(タイミング)。
2023/09/25 月曜日
朝、義母からケータイに連絡が入る。最近、電話やケータイの操作ができなくなった義母にしては珍しいなと思い、出たら、「私、できちゃったみたい……」ということだった。ぱっと思い浮かんだ言葉は『射精責任』である。
「まさか~、お義母さん、それは勘違いじゃないかな~?」とやんわり言うと、「そうか、そうやんね。でも……産まれたらきっと、かわいいし、楽しいやろね」と義母が言う。なんという母性。いまだにそれが、彼女のなかにしっかりとあったなんて。
「そりゃあ、楽しいよ。小さい子どもってかわいいもんね」と答えると、義母は満足そうに「そうよねえ」と言っていた。なんと答えるのが正解だったのか。こればかりは私にもわからない。
義母は会うたびに気持ちが若返っている。今は二十代後半といったところか。義母の母性に感動していいのか、それとも女はいくつになっても出産から逃れられないと落胆したらいいのか。よくわからないが、正体不明の感情がわいてくる。
2023/09/26 火曜日
ケアマネさんからメールが入る。「ご実家のお風呂なんですが、汚れたお湯が張られたままだとヘルパーから連絡がありました。どうしましょうか。抜いてもらっていいですよね?」ということだった。思い浮かんだのは、「なんでもないようなことが、幸せだったと思う」である。
義父には遠回しに、「お風呂に入ってる?」と聞いてはいるが、答えは常に若干の苛立ちを含む「入っとる!!」である。「それやったらええわ!」とこっちも勢いよく返すのだが、真実は闇の中というか濁った湯船の中だ。
義父はいいのだが、義母のことが気になる。デイに行かない限り洗髪は出来ないので、最近、台風とすれ違った? という感じの髪型になっている。幼い頃のハリー・スタイルズだ。かわいいやん。
2023/09/27 水曜日
息子とLINEでやりとりをしていて、勘違いが発生し、大げんかになった。文字で伝えるということは本当に大変で、特に私は文字数が多いものだから(仕方ないじゃん)、息子曰く、「半分以上読んでない」ということだった。わかりあえない二人である。最近は意識して、一行で区切って、簡潔に送っているのだが、それでも「母さんの文章は長い」と言われる。だったらと、写真で意志を伝えるという作戦に切り替えたら、これが功を奏して、こちらの言いたいことはスムーズに伝わるようになった。Z世代は文字ではなく、絵で感情を読み取るのだな。
2023/09/28 木曜日
原田最終回。今も原田は都会のマンションで、静かに暮らしていることでしょう。たぶん、幸せにね。
2023/09/29 金曜日
夢を見た。他人の夢の話ほど、ほんっとにどーでもいい話はないと思うのだが(本当に、他人の夢の話ほどしょーーーーーもないものはないのだが)、とにかく夢を見た。
夢の中で、子どもの頃の長男が、泣きながら、「僕もあれを買って欲しい」と指さしながら私に言う。指を指していた「あれ」、とは、夢のなかで次男が笑顔で着ていた緑色のパーカーのことだ。幼い頃の長男だから、まだ髪がおかっぱで、体も細く、私に似ているとよく言われていた頃の姿だった。泣くと目の下が少し腫れて、瞼が真っ赤になる。あの頃の長男だった。
目が覚めて、長男がものすごく可哀想になった。11時になるのを見計らい、ユニクロに突撃。長男のために緑色のパーカーを買った。長男にだけ買うと次男が怒るので、次男にはシャツを買った。猛スピードで家に戻り、長男が学校から戻るのを今か今かと待ち、戻って来たので急いで手渡した。
手渡されたパーカーを見た長男は、「お! サンキュー」と言って、そのまま自室に入っていった。なにごともなかったかのようにドアをバタンと閉めた(そりゃそうだろう)。バイトから戻った次男にシャツを渡すと、「キャー! ママぁ! ありがとう~! サンキュー♥ラブ! イェイイェイ!」と言いながら、廊下でしばらく踊っていた。
2023/09/30 土曜日
「母さんさあ、ロビンフッドの木のこと知ってる? 切られたらしいよ」と次男が言ったのだが、なんの話なのかよくわからなくて、その時は「へえ、知らないなあ」と適当に答えていたのだが、後日、TikTokを見ていたら衝撃的な映像が流れてきて、謎が解けた。イギリスの有名な巨木(樹齢200年のシカモアの木)が二人の男性によって切り倒されたというもの。これは……悲しいではないか、あまりにも。すぐに次男にLINEを送り、「ロビンフッドの木、見たよ。あれは悲しいね」と書くと、「そゆこと」という短い返事が戻って来た。次からは「そゆこと」を使うようにする。
あの見事な木が切り倒されてしまったことで、心を痛めている人が世界中にいる。犯人のひとりは16歳ということだが、何があったのだろう。とてつもないものを背負うことになったな。
2023/10/01 日曜日
あああ、10月に入ってしまった。もう年末と言っていい。年内に仕上げる翻訳本が二冊あるのに、どうしたらいいのか。一年があっという間に過ぎてしまう。それはそれは、怖いほどに。
2023/10/02 月曜日
デスロード。翻訳作業、原稿チェック作業、イベントの準備など、もうへとへとだ。
2023/10/03 火曜日
車を運転していたら、先日、一緒に武道館に行った青年とすれ違う。互いに目が合ったが、彼がすいっと逸らしたので、私も逸らした。それにしても、立派な青年に育ったものだ。息子たちの同級生、仲のよい母友の息子というだけで、こんなにもうれしいものなのか、君の立派な姿が。
保育園で一緒に育っていた頃を思い出して、おばさんは信号待ちで勝手にしんみりした。不思議だね、こんなにうれしいだなんて。
2023/10/04 水曜日
今日の感動。一ノ瀬ワタルがRottweilerってプリントされたTシャツを着ていた。似てるよね、ロットワイラーに。ロットワイラーだよね、一ノ瀬ワタルは!!!
2023/10/05 木曜日
ちょっとだけ草刈り。バッテリーが30分ぐらい保つので、バッテリー一個分を一日の作業にして、連日行って庭をきれいにしていくという作戦。これもパズルゲームと同じで、やり出すと止まらなくなるのだが、翻訳ものの締め切りが近いので、とにかく、ぱっと作業して、仕事に戻る。心が忙しい。頭のなかが大変忙しい。
2023/10/06 金曜日
『LAST CALL』(亜紀書房)、ラストスパート。しかし、本書には全体の3割を占めるインデックスがついていて、そのインデックスを訳す作業がもう、本当に、本当に……。あまりにも文字数が多いので、途中、休憩を挟みつつ、パズルゲームをして気を紛らわすことに。それにしても、なんという文字数なのだ。息も絶え絶えになってきた。
10月はハードだ。中盤から後半にはイベントが目白押し。日記の文字数もハードな日々により減少傾向にある。
できる、俺ならきっと。
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第22回2023/11/18-2023/12/01
翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。
主な著書に『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術
』(CCCメディアハウス)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』『ハリー、大きな幸せ』『家族』(亜紀書房)、『村井さんちの生活』(新潮社)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)、『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)など。
主な訳書に『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。