ある翻訳家の取り憑かれた日常

第20回

2023/10/21-2023/11/03

2023年11月9日掲載

2023/10/21 土曜日

梅田蔦屋書店で新刊本(『実母と義母』(集英社))のイベント。久しぶりの梅田である。いつ来ても大阪はいい。東京も素晴らしいが、大阪は歩いている人のパワーがすごい。話し声がでかい。みんな、そこそこ楽しそうだ。カップルも、なんだかんだ言いつつ、仲が良さそうに見える。蔦屋の雰囲気も、他の店舗とは少し違って、なんだかエネルギッシュだ。書店のなかに事前予約をして席を(かなりいい感じの席を)確保できるラウンジのようなものがあり、あれは素晴らしいと思った。滋賀にもあのような店舗を作ってくれないだろうか。無理なのはわかっている。でも作ってくれないか。

イベント終わりに、編集者さんと京都駅で食べたステーキ、うまかった……。

イベントは、いつも通りスムーズに始まり、スムーズに終わった。すべて、熱心な書店員のみなさんのおかげ。なにより、聞きに来て下さった読者のみなさんのおかげ。ありがとうございました。

2023/10/22 日曜日

昨日は大阪まで出張したため、今日はゆっくりしようと思って朝からゲーム&コミック三昧。

午後になって、来週予定されているインタビューの内容を確認する。「どうすれば翻訳家になれるのか」……この質問を一体何度聞かされたことだろう。現役の翻訳家のみなさんも、きっと何度も聞かれているでしょう。その答えは、「はっきりわからん」です。

ジャンルによっても違うし、年齢によっても違うだろうし、一概には言えないと思う。ただ、体力と忍耐力はいるんじゃないかな。最初のページから最後のページまで、訳しきることができないと成立しない仕事だから、目指している方は、好きな洋書を、最初から最後まで訳してみたら、おのずといろいろと見えてくるような気がする。本当に好きな作業なのか、それとも、苦しくてたまらない、眠くてたまらない、なんだか腹が立ってきた、こんなもんやってられっか、いっそのこと死んでやるよ!! なのか。私の場合、すべて当てはまります。

そうだ、先日、「家族とはなんでしょう」とも聞かれたんだけど、それも「わからん」、私には。わからないから、書いているし、これからも書くよ、きっと。

2023/10/23 月曜日

次の一冊の翻訳を急いでいる。犬に関する本だ(待ってました!!!)。霊長類である人間がイヌ科イヌ属をいかに理解できていないか、びっしりと書いてある本で、「言われてみれば本当にそうだ」の連続は、『射精責任』(太田出版)を思い出す。ちなみに、これは慶應義塾大学出版会から来年初旬に出版される。犬の本だが、鈍器本であることは間違いない。鈍器はそれだけでいい、どんなジャンルでも。

しかし、そもそものスケジュールより遅れてしまっているので、急いで作業を進めなければならない。

今年は本当によく働いていると自分でも思うけれど、ラストスパートの気持ちでがんばる。12月は、少し休憩したいな。

2023/10/24 火曜日

先週行くはずが、仕事で行けず、本日メンタルクリニックへ。

先週、ウェブサイトを見てみたら、新規の患者の受付をストップしたと書いてあった。先生はそろそろ引退を考えているのかもしれない。それほど高齢には見えないが、70代であることは確かだろう。

「それで? 調子はいかがです?」
「いいです。ちょっと最近忙しかったんですが、乗り切りました」
「眠れてますか?」
「そうですねえ、忙しくなってくるとどうしても頭の中が興奮して、眠剤の効きが悪くなるような気がします」
「運動してみるのもいいかもしれないですね。お薬増やしましょうか?」
「いいえ、大丈夫です。すこし体を動かしたりして調整します」
「そうですか、お大事にしてください」

と、診察はあっさり終了。「先生、なぜ新規の患者受付を止められたのですか? もしかして、当院も閉院なさるおつもりで?」と聞きたいという欲望が高まりすぎて、面白いことがひとつも言えなかった。この病院がなくなってしまったら、私は路頭に迷う不眠症患者となる。

2023/10/25 水曜日

親友でニューヨーク在住のヨーコが最近、コーチングの仕事も始めたようで(ニューヨークで保育園の経営もしている。ちなみに元歌手だ)、日本語でショート動画を公開しはじめたんだが、とにかくしゃべりがうまくて驚く。もう30年ぐらいニューヨークで暮らしているはずなんだけど、さっきまで梅田にいましたみたいな関西弁で、よどみなく話す。台本を見ている様子が一切ないので、アドリブで話してるんだろう。

そう言えば彼女は、昔からそうだった。とにかくしゃべりがうまかった。学内でも異様に目立っていた(ちなみに大学で知り合いました)。あれはひとつの才能で、文章を書かせたら抜群にうまいタイプだと思う。彼女のお母さんもそんな感じの人で、私は時折彼女の実家に行ってはごはんを食べさせてもらっていた。ちなみにお兄さんは大阪府警の警察官で、顔がマイク・タイソンに似ている。

2023/10/26 木曜日

風邪がようやく治りはじめた。

『LAST CALL』(亜紀書房)のチェックもそろそろ終盤。原書のテキストと訳文との突き合わせは終わったので、最後の作業、オーディブルを使ってのチェック。『LAST CALL』はとても長い本なので、普通に音声を流していたら12時間ぐらいかかることがわかり、1.5倍速にして聞きはじめたが、慣れてくると1.5倍でもちょっと遅いような気がしてくるではないか。慣れって素晴らしい。試しに1倍速に戻して聞いたら、秒で寝落ちしそうだった。

最終的には1.7倍速まで速めて最後まで聞いた。抜けがいくつかあった。恐ろしいことだ。目で拾えなかったものを、耳で拾ったということで結果オーライとしたい。この段階でのオーディブルチェックは、私にとっては必要不可欠な作業だけど、他の翻訳家のみなさんはどうされているのだろう。アメリカと同時発売なんていう超売れ筋本を訳すみなさんは、ほんんっとに大変だろうな(だってオーディブルないでしょ)……。すごすぎないか。

脳内を左から右に方向に流れてくる英文を、上から下に書かれた日本語と重ねていく。交差する場所で、火花がスパーク! ポイントが入ったら楽しいだろうな。何か間違いがあると、流れがピタッと止まる。ややこしいようで、慣れるとなかなかどうして楽しい作業だ。脳トレみたいな感じかね? こんなことやっていても、認知症にはなるのだろうか。……なる、絶対。

2023/10/27 金曜日

本日も、仕上がった原稿の最終チェック。原書のオーディブルバージョンを聞きながら、訳文と突き合わせ。1.7倍速だと、数字が聞きにくい。いま、50って言った? それとも52って言った? と、30秒ほど戻して聞くということを何回かした。いちいちマウスで再生を止めるのが面倒くさいので、ふと気づいて、iPhoneでオーディブルを再生。手元で細かく操作できるので楽だ。ワイは天才かもしれない。最終的に2.3xまでスピードアップ。その音声の速さがツボにはまったらしく、息子たちが大爆笑してた。まあ、確かに面白い。内容はシビアだが。

2023/10/28 土曜日

私が文章を書く理由は、ただただ、「驚かせたい」からだということを改めて考えた。最初に驚かせたいのが編集者で、次に読者。書いているあいだじゅう、どうやって驚かせようかとわくわくしている。来年はそんな一冊をどこかのタイミングで書きたい(というか、書いてあるので仕上げをしたい)。

2023/10/29 日曜日

亜紀書房で連載していた、『犬がいるから』はシーズン4で止まってしまっている。私がオーバーワークで体力がなくなってしまったこと、いろいろあってメンタル不調で、脳天気に明るいことが書けなくなってしまったのが大きな原因だが、今年中には再開したいと思い、準備している。編集者さんには心から申し訳ないと思っている。相変わらずハリーはかわいい。顔が大きすぎて、そのうえかわいいので、胸がいっぱいになってしまう。あの大きな顔はどうにかならないだろうか。あの大きな顔が私の思考を混乱させるのだ。こんなにかわいい動物が存在するなんて、地球はどうかしていると思えてくるのだ。

2023/10/30 月曜日

今日は久しぶりに新潮社の金さんと白川さんと京都でお会いした。前回会ったのがなんと二年前だそうだ!! ええっ! 白川さんにはほぼ連日のように下らないLINEを送っているので(申し訳ありません)、なんだかまったく久しぶりのようには思えない。御所近くのレストランでコースを頂いてしまった!!うまかった。来年の出版についていろいろと計画を練ったが、来年も忙しそうだなあ~。めちゃ楽しみだ。

2023/10/31 火曜日

メールの見落としに気づく朝……そして荷物を落としたことに気づく朝……。
昨晩白川さんから預かった原稿を、電車のなかに置き忘れた。朝になって気づいたので、JRの落とし物AIチャットで届け出て、午後には連絡があった。原稿は無事見つかり、一件落着。私は落とし物が大変多いが、まさか預かっていた原稿を落とすとは、ヤキがまわったもんだぜ。

2023/11/01 水曜日

地元の総合病院の認知症外来に新規予約。五ヶ月待ちですって。

義母は今まで認知症専門病院に通っていたのだが、症状が進み、効果的な治療法も(今のところ提示は)なく、このまま漫然と通い続けるよりも、地元の先生のところで総合的な健康管理をしていただいたほうがいいのではないかと考え、そうしたのだった。それに……いままで通っていた専門病院は遠かった。行くとなると一日仕事で、私が疲れてしまう。そのうえ、認知症テスト(長谷川式認知症スケール)を受けるたびに義母が不機嫌になる。確かに、初めて受けたときのポイントの半分もいまは取ることができない。そんな現実を、毎回突きつける必要があるだろうか。もう、テストを受ける意義もなにも、ないと思うのだ。点数が下がったから、どうだというのだ。そんなの、普段の生活を見ていればわかる。数値化の残酷さしか残らない。

ケアマネさんからは、「これから先が正念場」と言われ、とうとう、義母をショートステイ(一日だけ介護施設に入所すること)に送り出すことになりそうだ。今すぐに入所が必要だからというわけではなくて、万が一、何かが起きたときに、一泊に慣れておくことが大事だからということだった。「これから先の様々なご判断は、理子さんではなくて、息子さんがしたほうがいいのでは?」というケアマネさんの意見に素直に従い、すべて夫に丸投げした(それも豪速球で)。ケアマネさんからは夫に対して、面談の申し入れがあった。

2023/11/02 木曜日

三ヶ月ぶりの循環器科受診だったのだが……血圧がめちゃくちゃ高くて何度も計り直しをされる。最初は片腕を突っ込むタイプのマシンで測っていたのだが、途中で看護師さんがやってきて、彼女が測ってくれた。あのような機械は高めに出るのかもしれない。

「何か生活に変化ありました? 調子悪いですか?」と、いろいろ先生に聞かれるのだが、自覚症状はなく、理由はわからない。私自身もちょっとびっくりの数値だった。まあ、少し働き過ぎなんだろう。

「とにかく、このまま高いとまずいので、毎朝血圧を測って記録して、次の診察に持ってきて下さい」と、なんと数年ぶりに血圧記録を命じられる! いちいち記録するのが面倒なので、スマホに転送してグラフにできるタイプの血圧計を買い直した(ちなみにPDF出力もできる。感涙)。毎日手帳にちまちま記録していたら、それこそ血圧が上がってしまうからね。それで毎日測りだしたんだけど、家であれば正常値だ。

それにしても、僧帽弁閉鎖不全症の手術からあっさり五年が経過したが、きっちり三ヶ月に一度病院に通い、年に一回は手術をした滋賀医科大学付属病院心臓血管外科の定期検診に行き、薬を飲み忘れることもなく、私は本当に優等生だ(病人として)。

2023/11/03 金曜日

ここのところ、過去作の文庫化オファーが立て続けにある。著者としては、どうぞどうぞという気持ちなのだが、版元の担当編集者からすると、ちょっと微妙な感じなのだろうか(微妙な感じらしいです)。今まで文庫化に至っているのは、『ブッシュ妄言録』(二見書房)と『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』(早川書房)の二冊だけだ。来年は数冊、文庫化されるかもしれない。わーい、楽しみだね~!

著者プロフィール
村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。
主な著書に『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術
』(CCCメディアハウス)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』『ハリー、大きな幸せ』『家族』(亜紀書房)、『村井さんちの生活』(新潮社)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)、『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)など。
主な訳書に『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。