ある翻訳家の取り憑かれた日常

第26回

2024/01/19-2024/02/02

2024年2月8日掲載

2024/01/19 金曜日

人生にはいろいろなことが起きる。私が、浜松で明日開催される、児童相談所職員の皆さんの勉強会に誘って頂いたことも、そんな人生の思いがけないハプニングのひとつ。数年前まで、児童相談所がどんなところか、そこの職員のみなさんがどんな人たちなのか、まったく知らなかった。ただし、報道ではよく見ていた。「児相の職員は何をやっていたんだ!」という論調の報道をさ……。そして思いがけず、児相がどんなところなのか知ったのが4年前。兄が死んだから。

そんなわけで、勉強会に誘って頂いた理由を、『兄の終い』(CCCメディアハウス)だと思い込んでいたわけなんだが、担当者HさんとのZoomミーティングで、どちらかというと『家族』(亜紀書房)寄りの話を求められているようだと気づいた。ということで、せっせとスライドを作っている。いつだったか、一時間の講演に丸腰(スライドなし)で行って死ぬほど詰んだので、今回は真面目に作った。こんなに真面目にスライド作ったのは、「黄金州の殺人鬼」ことジョセフ・ジェイムズ・ディアンジェロの犯罪歴年表を作ったとき以来ではないだろうか。

2024/01/20 土曜日

昼過ぎに浜松到着。京都から新幹線でわずか一時間。本当に、あっという間。

雨の浜松駅から少し歩いた場所にあるホールは、思いがけず大きくて、きれいだった。全体講演が終わり(ヤングケアラーについてのお話で、とてもよかった)、各部屋に分かれて様々なトークが繰り広げられるわけだが、そのトークの一部を担当させて頂いた。テーマはもちろん、『家族』だ。

私が生まれた原家族と、そして兄のことについて一時間程度、スライドで説明して終了した。スライドでは、兄のコワモテ写真を初公開した。写真のなかでハード過ぎるほどハードにメンチ切ってる兄は、父が気に入ってよく着ていたブルーのストライプのシャツを着ている。父の一周忌に撮影された写真だが、そろそろ25歳なのにメンチ切ってるのと、そんな大人なのに父への憧れを捨てきれず、父のシャツを着ている兄が、本当に兄らしい。メンチ切ってるスライド上の兄と目が合うたびに、なんだか懐かしい。

あの頃、彼はヤンキー卒業を目指して爽やかな服装を選ぶようになっていた。そのスタートが、父が残したカッターシャツとブルージーンズだったのだ。まったく似合ってなかったが。それが彼の愛情表現だったんだろう。似合ってなかったけれど。大事なので二度書きました。

ああよかった、終わったわあ~と思っていたそのとき、目の前に颯爽と現れたのが、『兄の終い』に登場した、塩釜の児童相談所職員河村さん(ご本人)だった。4年ぶりの再会である。聞きに来て下さっていたのだ!!! ひょええええええ!

そして感動の再会から数時間後、大勢の児相の職員のみなさんとともに、私は浜松市内にある居酒屋にいた。席は、河村さんの目の前。『兄の終い』スピンオフだ。誰が予想しただろう。こんなことになるとは、まったく人生はどうなるかわからない。

ひとつ気づいたことがある。児童相談所の職員さんには、独特の雰囲気がある。穏やかさ。静けさ。どのように書いたらいいのかよくわからないが、どの職員さんにも当てはまる、何か……。私の斜め前に座っていた女性(とても素敵な人。仲良くなった)が河村さんに「アタシたちって叱られてばっかりだけどぉ~、こういうこと(私との再会)があると、がんばれちゃうよね~!」と言っていた。河村さんは穏やかな笑顔で、うんうんと頷いていた。

こんな素敵な機会を作って下さった浜松のHさん、本当にありがとうございました。

2024/01/21 日曜日

急ぎの原稿を忘れていたことを思い出し、ホテルで飛び起きた。二日目の勉強会にも参加しようと思っていたが、資料が手元になく、ホテルで原稿を書けないので、急いで京都に戻った(もう本当に申し訳ない)。申し訳ないことこの上なかったのだが、担当職員Hさんから「おはようございます!」とお電話頂いたときには、ほぼ京都に戻っていた。申し訳ありません申し訳ありません……。ああああ……。これだから私はダメなのだ(スケジュール管理はしっかりしよう)。

2024/01/22 月曜日

ギギギギギ……文庫の解説、難し過ぎて頭沸騰……

何が難しいって、本の解説が一番難しいんじゃない? 何度も読み返して、全体をまとめて、それでもって、だいたい4000ワード(原稿用紙10枚)は必要じゃろ? 私、わかったわ、解説がいっちばん難しいっす。しかし、読んだ本は大変素晴らしい一冊で、大いに感激した。とてもいい本だ。文庫化されたらまた紹介しよう。

2024/01/23 火曜日

文庫解説があまりに難しくて丸一日かかってしまった。いやあ、しんどかった。それでもなんとか書き上げて入稿。間に合いました。はあ。それで、ようやく作業終わって部屋を見回したら、そこらへんに資料だとか本が山積みになっていて、これはダメだ、全部捨てるとか整理するとかしないと、頭のなかも混乱してくると思い立ち、ゴミ袋片手に片っ端からゲラとかメモとか雑誌とか、ドーンと捨てた。

2024/01/24 水曜日

胃腸が疲れているのはなぜだろう。野菜たっぷりのスープが飲みたいなと思って、長ネギ、大根、ニンジン、豚バラ、酒粕を買ってきた。スープっていうか、豚汁だ。最近、料理をする時はiPadをキッチンに持って行き、何かを再生しながら作業するようになった。何かを見ながら、あまり料理を意識することなく作業すると楽なのだ。最近よく見ているのは、Court Cam。法廷ドキュメンタリーだ。時々、とんでもないワルが出てくる。そんな番組を見ながら、ゆっくりと料理する。これが、ストレス解消になっていいんですよ。法廷用語にも慣れるしね。いいことばかりだ。

こんなワルだと家族も大変だわとか考えつつ、ネギを刻んだりしている。

2024/01/25 木曜日

久々に夫が在宅勤務をしていた。めっちゃ働く。どんだけ働くよ。休憩なしか! 夫はかなり真面目な人間なので、正反対の私は唖然とすることが多い。私は10分に一度は休憩してる。休憩ばっかりですよ。

2024/01/26 金曜日

次の本の翻訳スタート。今年は今のところ三冊受注している。今年も忙しいねえ……というわけだが、なんと今年は殺人がない!! 殺人を訳さないなんて、久しぶりだ。連続殺人がないんだよ!!! 殺人がないと、平和すぎるけど大丈夫だろうか!?

2024/01/27 土曜日

今日から、義父と義母が一緒にデイに行くことになった。土曜の午後に、筋トレ系のデイでトレーニングすることになったのだ。まあ、二人にトレーニングの必要はないとは思うが、家に閉じこもってずっと寝ているよりはずいぶん良いはずだ(と、勝手に思う)。義父は、義母が一人でデイに行くことを妨害するにもかかわらず、二人一緒だったら大喜びで行く。なんなの? 束縛? しかしケアマネさんによると、よくあるケースらしい。

普段、デイがある日はヘルパーさんに送り出し(衣類を着替えさせてもらい、荷物を持たせてもらい、送り出してもらう)をお願いしているが、土曜日は人材不足でヘルパーさんに来てもらえないということで、私と夫が交代で送り出しに行くことになった。義母は最近、混乱が激しく、着替えをさせるのも一苦労だ。

2024/01/28 日曜日

ケアマネさんから渡された、ヘルパーさんからの報告(A4一枚)を読む。

・落ち着かない様子で、家のなかをうろうろしている
・問いかけとは無関係な話が多い
・洗濯が出来ていない

成績表をつけられているみたいで、気の毒になった。でも同時に、「これも未来の原稿に」と考え、バインダーに挟む私がいる。

2024/01/29 月曜日

私がミキティーと呼んでいるヘルパーさんと義実家で遭遇。もう3年ほどの付き合いになるだろうか。本当にスーパーウーマンだ。推定年齢70歳ぐらい。めちゃ元気。掃除、洗濯、調理、買い物、デイへの送り出しを担当してくれている。買い物は、義父がメモを書いて彼女に渡している。今日は、まさにその場面に遭遇した。

ミ「お父さん、これ、ステーキって書いてありますけれども、ステーキ肉ですのん?」

義「……このまえ……息子が高い肉を買ってきてくれてなあ……」(聞かれた質問には答えず、まずは自慢でスタートする男)

ミ「でもねえお父さん、ステーキ肉でなくても、美味しいお肉はありまっせ! 豚コマなんかでも、お野菜とチャチャっと炒めたら立派なおかずになりますやんか?」(上沼恵美子)

義「……息子が、買ってきてくれて……」(質問に対して曖昧なボールを返す男)

ミ「さあ、どっちにする! ステーキか、それとも豚コマか!? 豚コマか、豚バラか!?」(恵美子の無茶フリ)

義「息子が……」(HOPELESS)

ミ「さあ、どっち!?」(SLAY)

書いたまま買ってきてやれよと思いました。

2024/01/30 火曜日

『「ダメ女」たちの人生を変えた奇跡の料理教室』が新潮文庫になって復活! とても楽しい本なので、再び書店に並べてもらえるなんてうれしい。装幀がとてもかわいい。

2024/01/31 水曜日

犬本(『The Other End of the Leash: Why We Do What We Do Around Dogs』)のゲラを戻す。そろそろ作業は終了だが、あとがきが残っている。私が最も苦手とする原稿、それはあとがき(解説もつらい)。何を書いたらいいのかさっぱりわからん。いつも、普通にあらすじを書いてしまう。あとがきから読む読者もいるので、ネタバレになってはいけないと常に編集者さんに注意される。今回も難しくて、かなり時間がかかってしまっている。本当は今日中に仕上げたかったが、ダメだった。

どうしよう、困ったなあと寝転んでいたら、亜紀書房の内籐さん(ジャングル編集者)から電話があり、「例のブツ、どうなってまっか?」と聞かれた。そうだ、書かなければならないものがあったではないか。うーん、困った困った。

2024/02/01 木曜日

今日は休もうと思う。頭が混乱しているし、文字が出てこない。ゲームに1000円課金するつもりが、12000円課金してしまった。こんな事故は久しぶりだ。

2024/02/02 金曜日

午前中に毎日新聞の取材を受ける。『射精責任』について。あまり知られていないことなのかもしれないけれど、海外の本の出版を決めるのも、タイトルを決めるのも、表紙を決めるのも、すべて出版社なんですよね。翻訳者はその点、ノータッチなのです。もちろん、意見を述べる方などもおられるとは聞いていますが、私はまったくノータッチです。「素敵!」とか、感想はたくさんお伝えしております。

午後、TikTokで流れてきた、くわばたりえさんの動画を見た。きりぬき動画で、くわばたさんが「ちょっとほんまに泣いていい?」とティッシュに手を伸ばす場面からはじまる。くわばたさんが苦労して作ったおかずを、子供がちらりと見ただけで拒否したことに、彼女は傷ついて泣いていた。

「毎日やってんのに一口も手をつけへんのが本当に嫌なの」と泣く彼女。よくわかりすぎて私も泣いたわ。ほんまにそれ。それや!!

茹でたキャベツを軽く絞って、ツナとマヨネーズで和えたものを喜んで食べたから、それじゃあもう一度って考えて、一週間後に作ったとする。見ただけで、「いらない」っていうの、わが家の息子たちも本当によくやるから、すごくわかる。

私たちは料理が嫌いなんじゃない。試しもせずに却下されることに傷ついているのや。一口ぐらい食べてもええやん。ありがとうぐらい言ってもええやん。そう思っているお母さん、世界中に2億人ぐらいいる。

著者プロフィール
村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。
主な著書に『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術
』(CCCメディアハウス)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』『ハリー、大きな幸せ』『家族』(亜紀書房)、『村井さんちの生活』(新潮社)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)、『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)など。
主な訳書に『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。