ある翻訳家の取り憑かれた日常

第36回

2024/06/10-2024/06/23

2024年7月4日掲載

2024/06/10 月曜日

寝具を一気に買い換えた。家族全員分なので、数万円の出費だ。それでも、梅雨のじめじめとした湿度を乗り切るには、こういった工夫も必要。必要だから仕方ない……と考えてはいるが、私の過激なネットショッピングが復活しつつある気配を感じている。そして、寝具の交換ほど面倒くさい家事もないのである。掛け布団カバーの交換を想像するだけで、30分は絶望できる。4セットなんて、本当にやってられない。世の主婦の皆様はどうされているのか。

それにしても、翻訳作業が順調に進み始めると、必ずネットショッピングもスタートする。そういえば以前、ほんにゃく仮面こと翻訳家・田内志文氏も同じようなことを書かれていたと思う。連日、荷物が到着しないと楽しみがなくてつらいというような内容だった。わかる。わかりみ。些細なものでいい。シャーペン一本でもいいから、何か届いてほしいのだ。

本日購入した商品:きびなごケンピ 100g×2袋セット(高知県大月町産きびなごの田作り)

2024/06/11 火曜日

もう六月に入ってしまったということで、今年もあっという間に終わるのではと怖い。気づいたら目の前にクリスマスとか正月とか確定申告がやってくると思う。こうやってあっという間に歳をとり、気づけば後期高齢者になっている……という未来が想像できるのだが、そんな平凡(?)な未来だって、あればそれに越したことはない。知り合いが病気になることが増え、ますます健康管理には気をつけねばと考える日々なのであった。

2024/06/12 水曜日

義母と義父、書類という書類をすべて紛失ということで(一体どこに行くのだ)、まずはすべての書類を再発行してもらい、その後、重要な看護関連の書類はすべてわが家に転送という手続きを取ろうと思ったら、

①書類各種再発行申請者の身分証明
②紛失本人の身分証明(保険証紛失の場合:預金通帳や診察券など合計二種のコピー)
③再発行委任状

が必要だと連絡があり、白目になった。浴びるように飲みたい。

2024/06/13 木曜日

生協の配達のお兄さん、普段はかなり明るく話しかけてくれるのに、ここ一ヶ月ほどなんだか居心地が悪そうというか、遠慮がちというか、いつもと違う様子だったので、きっとハリーのことを聞きたいのだろうと思い、「ハリー、死んでしまったんですよ」と言うと、はっとした表情で「やっぱりそうだったんですか。僕も、出てこないからおかしいなって思っていたんです」ということだった。ハリーは生協の配達のお兄さんがかなり好きで、来られると必ず玄関まで出てきて、出迎えていた。しばらく遊んでもらっていた。

お兄さんはなんとなく両目をウルウルさせながら、自分の体を両手でぐっと抱きしめて、「最後はここで?」と聞いた。「はい、そうです」と答えた。「一緒にずっといられました?」と聞きつつ、お兄さんは再び両腕で自分の体をぎゅっと抱きしめてた。きっとあの「ぎゅっ」は、ハリーへの「ぎゅっ」だったのだろう。

ハリーはいろいろな人に可愛がってもらっていた犬だった。

2024/06/14 金曜日

すき家でカレー。カレーはCoCo壱番屋か、すき家がいい。CoCo壱番屋は当然美味しいのだけれど、すき家もなかなかだ。特にシンプルなカレーのメニューがいい。なんと私は、すき家で牛丼を食べたことがないのだ!

2024/06/15 土曜日

『ある翻訳家の取り憑かれた日常』の売り上げが好調だと聞く。とてもうれしい。田舎に住むおばさんの日記を多くの方に読んで頂くなんて、そんなにうれしいことはありません。この日記も二年目に突入しておりますが、これからもちゃんと書いて行こうと思いました。

2024/06/16 日曜日

庭を見てドキドキしている。近所で、わが家ほど盛大に雑草を伸ばしている家もあまりない。息子たちに作業を1万円で打診してみる。

2024/06/17 月曜日

義父母、今月のショートステイをキャンセルしたいと言う。理由は、二人部屋での滞在で、義母の夜中の徘徊があって、義父が眠ることが出来ないので、ということだった。仕方がない。でも、ケアマネさんは軽くキレていたと思う。怖い。

大事なこと:『義父母の介護』(新潮社)の予約スタート。

2024/06/18 火曜日

義母通院日。夫が対応する。様子を聞くと、主治医との会話が成り立たなくなってきているということだった。義母は、ぱっと見は本当に元気で普通なのだけれど、会話のキャッチボールがなかなか出来ず、話題がどこかにそれていってしまう。視界に入るものごとに、思考が遮られるようだ。

この症状らしきものは、実母が認知症になったときと似ている。病院のベッドに座った母は、私が子どもの頃の思い出話をしながら、徐々に会話が明後日の方向に進んでいき、最後は「……ハトムギ、玄米、月見草……」と言っていた。テーブルに置かれた爽健美茶を見ていたのだ。ウケたのだが、笑うことはできなかった。でも、思い出しては8年ぐらい笑っている。

母の主治医から「もうあまり長くはありません」と言われ一週間ぐらい経過した頃だっただろうか、自宅の電話が早朝5時に鳴り、ああ、ママは死んでしまったと思ったものの、電話の向こうは当の母で「安倍さんは靖国参拝したの?」と聞かれたこともある。話題に事欠かない。母は本当に愉快な人だったな。

大ニュース:『ある翻訳家の取り憑かれた日常』、増刷決定。

2024/06/19 水曜日

今日は本当に記念すべき、(翻訳作業以外は)何もない日! 迫り来る締め切りも(翻訳以外は)、ナシ! でも、家事はもちろんあって、この家事の部分がどうしたってなくならないのが困りもの。動物のお世話は気にならないけれど、人間のお世話は面倒くさいよ。うん、面倒くさい。

2024/06/20 木曜日

進路相談。自分が18歳の時のことを考えながら、今決めろって言われても無理だよなぁなどと考える。私の場合も、受験直前に父が死んだこともあり、追い立てられるように進学先を決め(あのときの担任の先生、ありがとうございました)、京都に出てきたものの、自分が求めていた環境と違うことで何もかもが嫌になり、一回生の夏であっさり休学してしまった。それを伝えたときの母は、がっかりしていたと思う。そこから母に連絡することなくふらふらと暮らしはじめ、紆余曲折の末ようやく卒業、故郷には戻らずに、そのまま京都で一人暮らしを続けた。あの日々は二度と経験したくはないが、あの日々だからこそ出会った人たちも多かったはず……それにしても、よく生き延びた。まさに黒歴史。それもジェットブラックだ。

2024/06/21 金曜日

翻訳。本日で258658ワード。え、多くない!? まさかの鈍器だった? 内容が(連続殺人鬼に比べれば)訳しやすかったから気づかなかったけど、文字数多いじゃん。ああ、びっくりした。一旦スイッチが入るとやれるものだなあ。結局今年は何文字やったんだろう。

今年出版された翻訳本で数えてみると……

書籍A:190113ワード
書籍B:248499ワード
書籍C:193397ワード
書籍D:258658ワード
トータル:890667ワード。原稿用紙換算だと2200枚ぐらいか。

もちろん、去年から継続して作業しているものもあるのでこの半年の文字数ではないが、キーボードが壊れていないのがすごい。さすがのリアルフォース。翻訳者の多くが使っている強靱なキーボード。このペースだと、今年は今までで最も仕事をした一年になるかもしれない。来年こそは休みたいものだね。

2024/06/22 土曜日

すき家で夏限定メニューが始まった。タコライスだ。早速レモネードと一緒に注文し、食べた。美味しかった。夏はCoCo壱番屋の夏メニューも楽しみにしている。早速、メニューをチェックしておいた。

2024/06/23 日曜日

義父母の家にタコライスを持って行ったら、義母がめちゃくちゃ不機嫌だった。それも、本気の不機嫌で、その不機嫌さになにやらギラギラとした熱を感じるので、よくよく話を聞いてみると、義父が着ていたピンクのポロシャツが気に入らないのだった。そのポロシャツは、私が数年前の父の日にプレゼントしたもので、素材もいいし、色も派手すぎずかわいくて(じいさんにはピンクを着せるとかわいさ1割増しというライフハック)、本人にも似合っていると思うのだけれど、義母からすると「そんな派手な服を着て、どこの女に会いに行くんや?」ということになるらしい。なるほどね。

「お義母さん、お義父さんに彼女なんていないですよ~。どう見たって彼女がいるタイプじゃないでしょ~?」と失礼なことを言うと、「こんな破廉恥なシャツを着て近所を歩かれたら、たまったもんじゃないわ」と、それでも怒り心頭。

「そうかなあ、素敵だと思うけど」と返すと、「あんたの考え方がおかしいわ!」と、次はこちらに怒りが向けられた! なるほど、こういうことがいざこざになるのだなと考えていたら、義父が疲れ切った表情で、「今朝の7時頃からこの調子や……シャツが派手だ、女に会いに行くのかって、もうずうっと怒っててな……」と言う義父。その時、午後2時。

とにかくさっさと着替えて! 

著者プロフィール
村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。
主な著書に『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術
』(CCCメディアハウス)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』『ハリー、大きな幸せ』『家族』(亜紀書房)、『村井さんちの生活』(新潮社)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)、『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)など。
主な訳書に『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。