ある翻訳家の取り憑かれた日常

第71回

2025/10/14-2025/10/27

2025年11月20日掲載

2025/10/14 火曜日

文庫版『兄の終い』が2刷になった。めでたい。なかなかいい感じで売れているのではないだろうか。6年前のちょうど今頃、私は東北で絶望しながら動きまわっていたのだが、まさか6年後にこんなことになっていようとは……人生は何が起きるか本当にわからない。これから先だって、何が起きるかわからない。最近、生きること自体、ものすごいギャンブルなのではないかと考え始めた。生きる、生き続けるって大変なことだよ。

2025/10/15 水曜日

実家が解体される様子を従姉妹が撮影して送ってくれる。今日は私の部屋だった場所の窓から外を撮影した映像を送ってくれて、記憶がいきなり中学生時代にワープした。

母方の祖父が建てた家なので、相当古い家だとは思うのだが、親族の多くにとって思い入れの深い場所だと思う。祖父母が健在のころは、よく人が集まっていた。私は二階に部屋を作ってもらい、ある意味本当に自由に暮らしていた。テレビを置いてもらったし、でっかいステレオも置いてもらったし、ピアノもあったし、本もあったし、とにかく楽しい部屋だった。お腹がすいたら近くのお店でパンを買ったり、焼そばを買ったり。コーラをグビグビ飲んで、食べて、寝て……という素晴らしい生活だった。

隣りが兄の部屋で、夜中にドスドスという大きな足音とともに戻ってきて、私のドアを必ずゴンゴンとノックして、「理子ちゃーん、起きてるぅ〜?」と言うのが嫌だったな。

自然豊かで静かな地域だった。最後の10年程度は兄と母が住んでいた。兄が東北に引っ越し、そこから母がひとりで暮らすようになった……と、今、うっかり記憶の書き換えをするところだったが、母の友人という謎の人物が間借りしていた時期が長くあり、私はその謎の女が恐ろしくて実家に寄りつかなくなったのだった。

あの人は一体誰だったのか。もう少し母の人生に関与すべきだったのかもしれない。

2025/10/16 木曜日

義父、92歳の誕生日だった。昭和一桁生まれ、戦争、災害、コロナを乗り越えた人物である。今どきの90代の丈夫なことといったら素晴らしい。鉄人レベルだと言っていい。なにせ義父は、性格以外、悪いところがひとつもないのだ! そんな奇跡ってありますか? なかなかないですよ。今でこれだけ元気となると、バブルの頃の義父がどれだけバブリーだったか見てみたくなる。ちょっとイメージしてみたが、脳内パニックになりそうなので、テオを撫でておいた。

2025/10/17 金曜日

義父母がグループホームに入居後の、私の疲れっぷりハンパねぇ。きっと疲れが蓄積していたんだろう。もう、伏せっていると言っていいレベルで寝てばかりいる。夜の8時には閉店である。だってこの6年間、週末もなく走り続けてきたのだから仕方ねぇ。双子が生まれたばかりの頃のカオスにも似た介護生活だったわけだ。24時間介護の施設に入ってくれたことの安心感というものが凄すぎる。この安心感の前では月々の支払いの不安など、木っ端微塵に吹っ飛んでいくのだ。ここのところ数年間、金曜の夜が憂鬱だった。だって、土曜日は実家に行かなければならないから。

しかし! 私は金曜も土曜も怖くなくなった。今となっては、怖いのは締め切りだけだ。

2025/10/18 土曜日

翻訳している書籍(めちゃくちゃ難しい。過去で一番難しい)の中に50年ぐらい前に書かれた本からの引用があり、原書と邦訳が見つかったので両方手に入れてみたのだが、邦訳があまりにも超訳すぎてびっくり。該当箇所は確かにあるのだが、「そこまで省略する!?」と聞きたくなるほど。ただ、それが邦訳として出ている以上、それを引いてこなければいけないので、首をひねりながらも参考とした。翻訳されたのが50年前なので、致し方ないという気もしている。それから原書と邦訳の出版とか改訂のタイミングとかあると思うし。

インターネットやパソコンがない時代に翻訳業をしていた人は大変だっただろうなあ。私には絶対に無理だよ。

2025/10/19 日曜日

メールの見落としや、返信の遅れが増えてきた。昔はこんなことはなかったので、加齢が原因だと言えるだろうし、ただ単に、一人でできる仕事量を超えているということもあるだろう。こんな時こそAIがなんとかしてくれないだろうかといろいろ探したものの、スケジュール管理や締め切りのリマインドをしてくれるアプリは、結局自分で仕込みをしないといけないのであった。アルバイトの人をお願いしたらいいのだろうか。

2025/10/20 月曜日

今朝、長男が「かあさん、シャウエッセン、4本焼いてくれない?」と言うので、「いいよ」と答えて、フライパンで焼いていた。徐々に焼き色がついていくシャウエッセンを眺めながら、母と自分の朝食風景を思い出していた。私はとても機嫌の悪い子どもだったと思う。朝っぱらから、祖母があれを食べろ、これを食べろとうるさくて、それが煩わしくて、出来る限り機嫌の悪い顔をして、怒りオーラをまき散らしていたと思う。母もそれを感じ取ってか、むっとした顔をしていた。

ある日、母が朝食に出してきたシャウエッセンが、生焼け状態だった。表面には焦げ目がついていたが、中が冷たい。私はそれに猛烈に怒って、「母親のくせに、シャウエッセンも焼けないの!!」と怒鳴った。すると母が、「うるさい、バカ!!」と怒鳴り返した。私のなかで長年記憶されることになった「シャウエッセン事件」だ。母の、うるさい、バカ! に衝撃を受けて、泣きながら学校に行った。

今朝は長男のためにシャウエッセンを丁寧に焼いた。
シャウエッセンの本数分だけ、心のなかで母にごめんねを言った。


2025/10/21 火曜日

翻訳。なぜこんなにも文字数が多いのか。この文字数の多さは私の先祖がなにか悪いことでもして、その報いみたいなものが、今、この令和の時代に文字数として私に降りかかってきているのではないか。そんなことあるわけないが、そうでも思わないと納得できない文字数である(喜んでいる)。どんな鈍器になるのだろう。楽しみだ。

2025/10/22 水曜日

翻訳。
文字数だけ徳を積んでいる。
文字数だけ徳を積んでいる。
文字数だけ徳を積んでいる。

2025/10/23 木曜日

私は星占いも、血液型も、ありとあらゆる性格診断も、一切信じない。特に、質問の多い性格テストなんて、最後まで答える気力も根気もない。面倒くさいことは全部嫌いだ。誰かが考えた質問ぐらいで、自分が理解されてたまるかという思いもある。占い師がセレブの私生活を占う動画が時々回ってくるけれども、あれを信じることができるピュアなマインドを私はきっとずっと前にどこかに落としてきている。

いや待て、私が唯一信じるものがある。それは血液検査の結果だ。あれはダイレクトに心に訴えてくる。さあ理子、ダイエットをするなら今よ、と。

2025/10/24 金曜日

原稿を書きまくった一日。朝からバシャバシャとキーボードを叩いていたら、夫が「それ、ちゃんと考えて書いてるの? そんなに早く打っていたら、打つ方が先行して思考が追いついていかないんじゃないの」と言っていた。フフフ、そう思っておくがよい(謎の自信)。

2025/10/25 土曜日

アイリーン・ウォーノス(連続殺人鬼)の新作ドキュメンタリーが Netflixで配信されるらしい。アイリーンのドキュメンタリーは実は過去にもいくつか制作されていて、もちろん彼女がモデルになった映画も制作されたが、今回の作品はシリーズものではなくて2時間程度のドキュメンタリーなんですね。

アイリーンは確かに凶悪犯。ただ、彼女の生い立ちを読むと、生育環境が違ったら当然、彼女は違う人生を送っていたのではないかと思う。彼女の最後の(死刑執行直前の)インタビューが記憶に残るが、あの映像を初めて観たのは相当前のことだったはず(Aileen Wuornos: The Selling of a Serial Killer(1992))。アイリーンの存在がきっかけで私はコールドケースやシリアルマーダーに興味を抱くようになったので、もちろん、このドキュメンタリーも観ると思う。最近そういえば事件物のノンフィクションを訳してないなあ。

2025/10/26 日曜日

熊の出没が大ニュース。外飼いの犬が襲われている。犬は、たぶん、鎖に繋がれているという状況でなければ、熊に襲われても逃げることができるのでは(あるいは吠えて追い払うことができる)と思うのだが、どうだろうか。実際に目撃したことがないからなんとも言えないが、そりゃ、鎖で繋がれていたらなんとも分が悪い。

私が住む地域も熊がよく出る場所で、年に一度は「また熊が出たらしいよ」みたいな話は聞くので他人ごとではない。山なんて本当に近くだし、鹿とかサルとかたぬきなんて日常の風景。テオとの散歩も気をつけて行くようにしよう。テオは本当にのんびりした性格だから、熊が近づいても、きっと気づかない。

2025/10/27 月曜日

事件だ。ここ一年半程度口を利かなかった次男と夫が、とうとう和解した。喧嘩のきっかけは些細なことだったので、ここまで長引くとは予想していなかった。

しかし、親子の関係が一旦こじれると(その理由の大小にかかわらず)、余裕で10年超かかることもあるというのは実の父と兄のケースで知っているので、私は密かに心配していた。突然の和解が訪れたきっかけは、次男が購入したボロボロの中古車だった。

次男が、「俺、車買うわ」と言いだし、最終的にでっかい外車に乗って帰ってきたのは数か月前。私は卒倒しそうに驚いたが、まあ、人生に一度くらいはこんなことがあってもいいだろうし、19歳だからな……と余裕の(フリの)対応をしたのだが、私より驚いていたのは夫だった。

夫は車もバイクも自転車も大好きで、自分で修理も車検もやる人なので、「大変な車を選んだもんやな……」と呆れつつ、言っていた。案の定というかなんというか、乗りはじめて数週間でバンパーが外れかけた。次男は鼻歌を歌いながらガムテープを出してきて、「母さん、心配ご無用。このガムテープでとめちゃいます」と言って、バンパーをガムテープでぐるぐる巻きにしていた(もちろんその状態では運転できないので、知り合いの工場で修理した)。

それから三週間ぐらい経過して、今度はオイルランプが黄色く点滅したと私に連絡が入った。「かあさん、大変や! この前、オイル入れたばっかりなのに、またオイルランプがが点いてしまった!」

そんなことを私に言われても困るのだが、とりあえず、赤じゃないならだいじょうぶちゃいますかと言っておいた。次男は不安げだった。そしてそれから一週間ぐらいして、京都市内で赤ランプが点灯、もう動かせないと大いに困った次男は、車をロードサービスでレッカーしてもらって自宅に戻ってきた。
そこで夫が介入したというわけだ。次男と夫が庭で車を囲んで話し込む姿を、家のなかから観察していた私は、「それでいいのだ」と、ウムと頷いた。

次男の車は今、修理中である。
親子の仲は修理完了だ(うまいこと書いた)。

著者プロフィール
村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。
主な著書に『ある翻訳家の取り憑かれた日常』(2巻まで刊行、大和書房)、『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術
』(CCCメディアハウス)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』『ハリー、大きな幸せ』『家族』(亜紀書房)、『村井さんちの生活』(新潮社)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)、『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)など。
主な訳書に『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。