自分も子育てでいろいろ悩みながら、子どもの問題について親のカウンセリングを長年続けてきました。また、地域の診療所で外来診察や訪問診療も担当しています。育児の悩みや家庭でのコミュニケーション、そのほか臨床の現場で出会ったこと、考えたことなどを書いてみます。
あけましておはよう
末っ子が5歳のときの正月元旦のことです。いつものように彼がいちばん後に起きて階段を下りてきました。食卓につくと、みなの顔を見渡してから、「あけましておはよう」とすこし小さな声で言いました。ちょっと自信がないような、でもなにか誇らしいような、独特の表情でした。妻や私、兄たちもみな「おはよう!」「おめでとう!」と彼に声をかけて、一気に新年になったような、明るい華やかな空気になりました。お正月には、いつもと違うあいさつをするのだ、ということを理解して、今日がその日だと、朝起きたときに彼は思いついたのでしょう。そして、勇気をだして口に出してみたようでした。
もちろん、末っ子も、毎年正月を経験していますので、「あけましておめでとう」のあいさつも何度も言ってきたはずです。しかし、それは家族から言われたのと同じ言葉を、なにも思わずに返していただけだったのでしょう。それが新年のあいさつだということは、彼はわかっていなかったはずです。そして、年齢が上がって、季節やカレンダーの知識が増えてきた。お正月には、この言葉を使うみたいだな、とある程度わかったうえで、はじめて口に出してみた。「あけまして」は合っていたけれど、その下は「おはよう」になってしまった。でも、それがかえって新鮮でした。家族のみなも同じように感じたようでした。お正月ということや、みんなの特別な雰囲気を、末っ子も幼いなりにしっかりと感じているらしいことが、よく伝わってきました。「おはようじゃなくて、おめでとうやろ」と訂正するようなことは、兄たちの誰もしませんでした。弟が彼なりに考えて発した大切な言葉へのリスペクトをみなが持ったようでした。それはなかなか素敵な雰囲気で、子どもというのは、こんなにも言葉を大切にするのだなぁと、しみじみと感じた出来事でした。元旦にはいつも思い出します。
そのころ、こんなこともありました。私の弟の家に末っ子と私で遊びに行ったときのこと。末っ子は、従姉たちとゲームをしていました。私は弟夫婦といろいろ話をしていました。しばらくして、末っ子が私のところに近づいてきて、ヒソヒソ声でたずねました。「ねえ、〇〇(弟の奥さんのニックネーム)は父さんの妹?」
私たちが話をしているなかで、弟の奥さんが私のことを「お義兄さん」と呼んでいたのを、少し離れた所から彼は聞いていました。父さんには弟はいる。でも妹はいなかったはずじゃないか。〇〇は言葉の使い方を間違えているんじゃないのか? 女の人が「お兄さん」と呼びかけるときは、その女の人はその男の人の「妹」なんじゃないの? などなど。彼は不思議に感じたのでしょう。
そして、ここがとても面白いと私は思ったのですが、この謎は相手の前で大きな声でたずねることではないようだと彼なりに感じ、だから、自然と声が小さくなった。間違えたら恥ずかしいとか、そんなこと知らないの?と言われたらどうしようとか、そういう感覚ももちろんあったのでしょう。しかし、それに加えて、兄とか、妹とか、そういう大切なことなのに、自分が知らなくて大人たちが知っている特別な仕組みがありそうだと、彼は子どもなりに感じた。それは、なんというか「おそれ」のようなものではないかと思いました。自分も幼いころに、同じような場面で、大人たちの話に疑問を感じたけれど、いつものように「なんで?」とは聞きにくいと感じたことが、何度もあったことを思い出しました。
時候のあいさつや儀礼、しきたり。そして家族の呼び方のシステムなど。そういうことに対して、幼い子どもが感じる疑問や違和感。「これは何かがあるな」と気がつくこと。そうやって子どもが世の中に出会っていく場面に立ち会えることは、親の醍醐味のひとつだと思います。
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第1回小言を言わないということ
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第2回鼻血の教訓
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第3回誰が息子に現実を教えてくれるのですか
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第4回子どもを本当に励ます言葉
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第5回今のままではダメなんですか?
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第6回乾燥機は使わないで
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第7回ある幸福な一日
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第8回吹雪の中を
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第9回この子はどんな形の木になるのだろう
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第10回鼻クソを拭かせてください
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第11回徳島で一番の蕎麦
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第12回迷ったり悩んだりするあなたを信じます
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第13回なぜ子どもが話をしてくれないのか
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第14回孫もワンオペ
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第15回誰の気持ちが中心になっていますか?
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第16回これだってすごくジェンダーな状況だよ!
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第17回お父さん!お母さん!キャンプに行きませんか?
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第18回規則正しい生活
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第19回子どもの成長を尊いと感じること
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第20回とうちゃんのようになりたいと思います
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第21回娘が家にお金を入れない
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第22回お父さんをどうしたらいいでしょう?
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第23回結果ばかりにこだわる子ども
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第24回山空海温泉のこと
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第25回子どもの機嫌をとることへの罪悪感
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第26回ごはん一杯おかわりするならゲーム15分
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第27回理由も聞かずに味方になる
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第28回いわゆるゼロ日婚約の知らせ
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第29回子どもを叱るとき暴力はダメ
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第30回「豚の珍味出てる」というLINE
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第31回ゼッケンは毎年、つけ替えること
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第32回反抗期を長引かせる方法
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第33回この不幸を手放したくない?
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第34回あえて甘えさせるという育児のぜいたく
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第35回お話はうけたまわっておきます、という姿勢
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第36回Eテレ出演と満里奈さんとの対談
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第37回カビテ州立大学獣医学部
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第38回あけましておはよう
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第39回ちょっと待って! 寅さん!
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第40回ツメハラと世間話ハラ
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第41回おなかがすいた
1965年東京都生まれ。医師・臨床心理士。京都大学医学部卒業。文学博士(心理学)。4人の男の子の父親。
現在は、奈良県・佐保川診療所にて、プライマリ・ケア医として地域医療に従事する。20年以上にわたって不登校やひきこもりなどの子どもの問題について、親の相談を受け続けている。
著書に『子どもを信じること』(さいはて社)、『子どもが幸せになることば』(ダイヤモンド社)、『去られるためにそこにいる』(日本評論社)、『子どもの不登校に向きあうとき、おとなが大切にしたいこと』(びーんずネット)がある。