自分も子育てでいろいろ悩みながら、子どもの問題について親のカウンセリングを長年続けてきました。また、地域の診療所で外来診察や訪問診療も担当しています。育児の悩みや家庭でのコミュニケーション、そのほか臨床の現場で出会ったこと、考えたことなどを書いてみます。
ちょっと待って! 寅さん!
第35回の「お話はうけたまわっておきます、という姿勢」と同じテーマを含んでいる話を紹介します。
同僚ドクターのAさんに電話がかかり、しばらく廊下に出て話して戻ってきました。高校時代からの友人との電話だったそうです。少し前に電話があって相談を受けていて、今回はその続きだったということでした。その友人の職場の部下が、しばらく前から耳の下あたりの痛みで悩んでおり、食事がしづらいほど痛むことがあるそうです。耳鼻科にも口腔外科にも行ったものの、異常はないと言われたとのこと。Aさんは、「三叉神経痛かもしれない。大きな病院の総合診療科を紹介してもらったらいい」とアドバイスしました。その後しばらくして、その友人から報告がありました。彼の部下はある大学病院の総合診療科を受診し、そこから神経内科にまわされて治療を受け始めているとのことでした。
Aさんの友人:部下の件だけど、いろいろ検査して、この前から薬が出始めてるらしい。彼が受けた説明では、三叉神経痛ではないかもしれないそう。なんの病気かは不明だって。薬はテグレトールっていうのが処方された。ちょっとググったら、テグレトールは三叉神経痛に効くって書いてあるんよね。三叉神経痛ではないって言いつつ、三叉神経痛の薬が出るって、おかしくない?
Aさん:上司とはいえ、キミは他人やろ。部下であっても、その人が病名まで正直に報告する必要はないよね。守秘義務やプライバシーも関わってくるし。受診して治療が始まっているなら、病名や治療の内容には触れないのが、なんというか、エチケットやと思うよ。
Aさんの友人:せやねんけどな、三叉神経痛ではない、不明ですって言われて、本人は不安がっている感じがするんよね。あと、テグレトールって何に有効なん?
Aさん:薬も出て治療が始まっているのに、キミやボクみたいな他人がとやかく言うのは、やったらあかんことやと思うよ。薬や病気のことで、その人が疑問があるんなら、主治医に確認せんとあかんよ。知り合いの知り合いとかに相談するのは、絶対まずいこと。
Aさんの友人:そうなんか。まあ、そうやね。実際のところどうなんかは、わからんもんね。
Aさん:その人は、キミやまわりの人に「病気で不安だ、困っている」と話しているのであって、「病気を治してほしい」とは言ってないよね。頼りになる上司であるキミに求められているのは、部下の心配な気持ちに寄り添うことであって、本当の病名は何か、出された薬が何に効くのかを説明することではないと思うよ。「それは心配やな、大変やな」と共感することは大切。口先だけじゃあかんけど。
Aさんの友人:口先だけってなんやねん! オレはちゃんと心配する性格やぞ。だからいろいろ抱え込んでんねん。オマエよく知ってるやろ!
Aさん:そうやな。そうやな。オマエ、昔から親切やから、いろいろやっちゃうんよな。まあ、けど、とにかく、そういうことなんで、事実を解明したり打開したりしようとするより、これに関しては共感するほうがキミに求められていることやで。「俺に任せとけ、いい医者紹介するわ」とか、「〜っていうハーブが効くらしいよ」とか、「ここを指先で押すのを朝夕100回やったらいいらしい」とか、「〜は食べたらあかんよ」とか。そういう「ああしろこうしろ」というアドバイスはいらんのよ。
Aさんの友人:オレとかほかの人が今やってることばっかりや! しかし、そういう悪い例が、ずらずらと一瞬で出るところがすごいな。相変わらず。
Aさん:そういう仕事してるからね。まあ、映画で言うと寅さんよ。よくあるやん、そういう場面が。団子屋の店先で、誰かが(たいていはマドンナ役の美人やけど)悩みをちょっと話しだす。そしたら、寅さんがさっと立ち上がって、「おし! おいらに任せとけ! 今、ひとっ走り行って、いい医者つれてくっからよ!」みたいに言って出ていく。団子屋のみんなが、「あっ! 待ってトラちゃん、そういうことじゃないのよ!」「お兄ちゃん、待って、違うのよ」「あ〜あ、飛んでいっちまったよ……」
こんなやりとりがあったようでした。人の悩みを聞いて、すぐに対応することが必要な場合も当然あります。しかし、そうではないこともまたよくありますね。相手のつらい気持ちに共感はするけれど、こちらはすぐに動き出そうとはしないこと。そのほうが大切であることがある。マックウィリアムズという心理臨床家は、「小麦粉はどこ?と聞かれただけなのに、相手の口にパンケーキを押し込もうとする」という言葉で説明していました。子育てでは、とくにそういうことが多いですね。悲しそうな、つらそうな子どもを見ていることは、親には耐えがたいものです。どうしても、「おし! おいらに任せとけ! 今、ひとっ走り行ってくるからな!」と心が走り出しそうになります。そういう場面になったら、寅さんの言葉を思い浮かべて、気持ちを落ち着けてみてください。
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第1回小言を言わないということ
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第2回鼻血の教訓
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第3回誰が息子に現実を教えてくれるのですか
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第4回子どもを本当に励ます言葉
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第5回今のままではダメなんですか?
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第6回乾燥機は使わないで
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第7回ある幸福な一日
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第8回吹雪の中を
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第9回この子はどんな形の木になるのだろう
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第10回鼻クソを拭かせてください
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第11回徳島で一番の蕎麦
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第12回迷ったり悩んだりするあなたを信じます
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第13回なぜ子どもが話をしてくれないのか
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第14回孫もワンオペ
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第15回誰の気持ちが中心になっていますか?
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第16回これだってすごくジェンダーな状況だよ!
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第17回お父さん!お母さん!キャンプに行きませんか?
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第18回規則正しい生活
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第19回子どもの成長を尊いと感じること
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第20回とうちゃんのようになりたいと思います
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第21回娘が家にお金を入れない
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第22回お父さんをどうしたらいいでしょう?
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第23回結果ばかりにこだわる子ども
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第24回山空海温泉のこと
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第25回子どもの機嫌をとることへの罪悪感
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第26回ごはん一杯おかわりするならゲーム15分
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第27回理由も聞かずに味方になる
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第28回いわゆるゼロ日婚約の知らせ
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第29回子どもを叱るとき暴力はダメ
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第30回「豚の珍味出てる」というLINE
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第31回ゼッケンは毎年、つけ替えること
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第32回反抗期を長引かせる方法
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第33回この不幸を手放したくない?
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第34回あえて甘えさせるという育児のぜいたく
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第35回お話はうけたまわっておきます、という姿勢
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第36回Eテレ出演と満里奈さんとの対談
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第37回カビテ州立大学獣医学部
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第38回あけましておはよう
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第39回ちょっと待って! 寅さん!
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第40回ツメハラと世間話ハラ
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第41回おなかがすいた
1965年東京都生まれ。医師・臨床心理士。京都大学医学部卒業。文学博士(心理学)。4人の男の子の父親。
現在は、奈良県・佐保川診療所にて、プライマリ・ケア医として地域医療に従事する。20年以上にわたって不登校やひきこもりなどの子どもの問題について、親の相談を受け続けている。
著書に『子どもを信じること』(さいはて社)、『子どもが幸せになることば』(ダイヤモンド社)、『去られるためにそこにいる』(日本評論社)、『子どもの不登校に向きあうとき、おとなが大切にしたいこと』(びーんずネット)がある。