50歳を迎え討つ

この連載について

美容ライター&コラムニストの佐藤友美(さとゆみ)が、きたるべき50歳を、なるべく明るく楽しく落差なく迎え入れるために、尊敬する先輩や頼もしい識者の方々に話を伺いながら右往左往するだけのコラムです。

第1回

シャンパンと括約筋[プロローグにかえて]

2021年10月29日掲載

酒と女と自己肯定感

その日、私は美しい先輩と、渋谷の高層ビルの最上階で昼間からシャンパンなぞ飲んでいた。
私は45歳で、やっと離婚が成立したところで、背中に羽が生えていた。そのうえ、どんな風の吹き回しか人生初のモテ期が到来していて人生最高に調子に乗っていた。

いやはや神様ついに私の時代が到来ですか。人生100年時代、後半にピークがくる系でしたか、そうでしたか。なんて、だいぶ浮かれぽんちだったと思う。
だから、「最近、めっきり歳を感じる」という先輩の話を、最初のうちはそこまで真剣に聞いていなかった。

先輩は、アンニュイな雰囲気の美人だ。考え事をするときに眉根を寄せるクセがあって、それがたまらん色っぽい。中森明菜さん似の声もエロくて、一緒にカラオケ行ったら、女の私でもドキドキする。
ご主人もお子さんもいるけれど、いまでも相当モテてるだろうなと思うそんな先輩が、「歳を感じる」っていってもねえ、あなた。ただの謙遜だと思うじゃないですか。

ところが、先輩の話はもうちょい深刻だった。
50歳を超えた瞬間、急に自分が女として見られなくなったと感じる。仕事でも(先輩はバリキャリで、業界でも名が知れたトップランナーだ)、以前のように絶対的に必要とされている感を感じないと言うのだ。

印象的だった話がある。
あるミーティングで、先方が「女性の意見も聞きたい」と言ってきたらしい。そこで、端から順に女性社員がそれぞれの意見を発表した。先輩ももちろん、何を話そうか考えながら順番を待っていたんだけれど、最後に先輩一人残して、「なるほど、女性陣の意見はよくわかったよ、ありがとう」と言われてその話が終了したというのだ。

あー。
それは……つらい。

先輩は話を続ける。

自分だけではない。先輩の周りの50代を迎えた女子たちが、一様に自信をなくしてしょぼんとしているという。これまで自己肯定感の塊だったような女性たちも、50歳を超えておこる様々な変化に、ドンと落ち込んでいるのだとか。
それは、更年期障害とか、そういうことですかと聞くと、そういうことだけではないという。ありとあらゆることが、50歳を境にオセロをひっくりかえすようにネガになっちゃうんだよ、と。

先輩の力説を聞いても、このときはまだピンとこなかった。50歳という年齢を迎えるにはまだ、時間があると思ったこともあるし、なにより浮かれポンチだった私には、未来が全体的にバラ色に見えていた。
だから、この場にめちゃくちゃそぐわない言葉を言ってしまったと思う。

「先輩、でもそれ、気の持ちようだと思います。私の周りには、50代でも元気な女性いっぱいいますよ。先輩だってめちゃくちゃ綺麗じゃないですか。大丈夫ですよ。もっと元気出してくださいよううう!(もう酔ってる)」

で、私、この浅はかな言葉をすぐに反省することになるのです。
先輩が話していたのは、そういう次元の話では、なかったのだ。
そして、私にとっても、そう遠い未来の話では、なかったのだ。

50歳クライシスとはいったい何か

先輩との話は、脳みその端っこのほうに残っていた。

先輩と話すまでは一度も考えたことがなかった「50歳で下がる自己肯定感」というワードをインプットされた私、そこから突然、50歳クライシスの話ばかりを聞くことになる。

まずは、先輩と会った次の日のことだった。
私はあるサークルで、同い年の子どもを持つママ友とおしゃべりをしていた。彼女、だいぶ歳下だと思いずっとタメ口で接していたのだけれど、なんとびっくり5歳も歳上だったということが先日判明した人だ。
そんな、“見た目40歳”の彼女に、先輩から聞いた話をしてみる。きっと彼女なら、40も50も全然変わらないよと笑い飛ばしてくれると思ったからだ。

ところが。

「その話、わかるわあ〜。50歳になるとね、老化とかじゃなくて、もう、死を感じるのよ」 と言う。
もう、ドキっとする。心臓に悪い。やめてくれ。

死を感じるって、どんなところで? と聞くと、お尻の話だ、という。

「40代のときって、お尻が垂れてくるっていうと、あの左右に分かれた桃の部分を思い浮かべるでしょ?」
「う、うん」
「50代のお尻の垂れ方って違うんだよ。あのさ、真ん中の穴のあたりが垂れてくるわけ。銭湯とかで、おばあちゃんのお尻見るとさ、真ん中が落ちてるでしょ」
「お、おう」
「あれに、なるんだよ」
「……」
「もうさ、劣化じゃなくて老化だし、老化どころか死の訪れを感じるよ」
「……」
「これ、ほんと、40代には一度も感じなかった感覚なんだよね」

スポーツで日頃身体を鍛え上げている彼女は、私から見てもめちゃくちゃ若い。そんな彼女でさえ50歳を迎えると、そう思うのか……。

彼女の話は思いのほか、私にダメージを与えた。なんとなくどよーんとした気持ちのまま、予約していたまつエクサロンに行ったのだが、ここで私は、第2撃をくらった。

「佐藤様。申し上げにくいのですが、まつ毛がずいぶん抜けて本数が少なくなっているのですよね。エクステンションを続けると、まつ毛に負担がかかりますので、そろそろ違う方法をお考えになってはいかがでしょうか……」

そ、それって、年齢的なものですか? とおそるおそる聞くと、
「そうですねえ。やはり、みなさま、だんだん細く少なくなりますので……」
と、担当のおねーさんが、目を合わせずに言う。
そうか、私のまつ毛はもう、パリジェンヌラッシュとかいう極細極軽を売りにするエクステ数ミリグラムの重みにすら耐えられるポテンシャルがないのか。
なんだか、どっと老けた気持ちになった。

続く時は続くものだ。

その日の夜、私は大変よくおモテになる歳下の男性にお食事に誘われていた。
彼は、今の自分の仕事や今後のキャリアについて熱心に話をしてくれ、「やばいな、このイケメンが仕事の話をしているだけで、エロいな」とか思いながら、おいしい食事をいただき、楽しい時間を過ごして、ほくほくとしていた。
帰り際、「またすぐ、日程出して連絡します」と言っていた彼。いやあ、モテ期最高だなって思いながら家に帰ってお風呂に入っていたら、さっそく、ぴろりんとメッセが届いた。彼からだ。

メッセには、次の日程候補が並んでいる。
うん。それはまあ、それでいいのだけれど、その下に、

「さとゆみさんとの1on1(ワンオンワン)、最高でした。めちゃくちゃ思考が整理されました。また定期的にお願いします!」

と、ある。

をいっっ!!!!

あれはデートじゃなくて、コーチングだったのかよ!
ってなったよね。

どうりでずいぶん親切にされると思ったけれど、あれって、好意ではなく年配者へのマナーだったのか。
奢ってくれてありがとうって思っていたけれど、いやコーチングならむしろ、もっと払え。なんなら、私のこの気持ちに対する慰謝料込みで払え。

浮かれた気持ちはしゅるしゅるとしぼみ、お風呂からあがって何げなく鏡を見ると、自分のお尻と目が合った。……死んだおばあちゃんのことを思い出した。

この夜、私は、先輩の夢を見ました。

先輩、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
私も本日ちょっと、自己肯定感、下がりました。
私たち、こういうやつが、これからずっと、続くんでしょうか。

人生最大の敗北感

決定打はそのさらに数週間後のことだった。
舞台は、三重県桑名市にうつる。

この日、私は、桑名で久しぶりのリアル講演が入っていた。せっかくだから、小学4年生になる息子も連れて、週末プチ旅行をしようと思っていた。

そこで、前から行きたいと思っていた室内アスレチックジムを予約した。東京にもあるのだけれど、東京の施設はけっこう混んでいて、桑名だったら密にならずに遊べるかもと思ったのだ。

はたして、息子と訪れたそのアスレチックジムは、ほぼ貸し切り状態で(「コロナの影響で、来月には閉鎖されるんです」とスタッフさんが暗い顔で言っていた)、私はそこで、息子がずっとやりたいと言っていたボルダリングに初挑戦したりしていた。

あー、仕事ついでに地方に連れていって、新鮮なはまぐり食べさせてあげて、シングルマザーだけど頑張って働いて、こんなアクティビティまで楽しませてあげている私、なんていい母親、ってちょっと悦に入っていたよね。うん。

で、私の人生、だいたいそうなんだけど、こうやって調子にのっているときに、天罰がくだるようになっている。

その天罰は、かなり唐突にやってきた。

「ママ、これもやってみたい!」
と、息子が言ったのはトランポリン。

私、昔、ちょっとだけ、トランポリンクラブに所属していたことがある。ほんの少しだけど、くり出せる技もある。
ここで、サクッと技を決めたら、息子、私のことを尊敬しちゃったりして。そんなことを思いながら、

「おうおう、いいじゃないの、トランポリン。意外と楽しいよ」
なんて言いながら、そのブースに入ったよね、私。

で、3回ジャンプする間に、異変は起きた。

あ、れ、……。
なんか……、あったかいものが……流れた……?

いやほんと、こんなこと書きたくないし、書くキャラじゃない感じで生きてきたつもりなんだけど、

私の括約筋……
トランポリンの3回のジャンプに耐えられなかった。

嘘だろ。
マジかよ。

別にね、ダバダバ飲んだくれてジャンプしたわけじゃないんだよ。
完全に素面(しらふ)だよ。
ていうか、朝の10時半だよ。

神様。
私、どうして。
三重県桑名市のショッピングモールにある室内アスレチックのトランポリンにて……

尿漏れしているんでしょうか。

いや、これ、マジで、先輩の話を人ごとのように聞き流してしまった天罰だと思いましたね。
でもまあ、ショッピングモールでよかったよね。トイレ行くフリして、ダッシュして、パンツ買ったよ。
もう、人生で一番敗北感あったパンツ購入だね。うっかりワンナイトしちゃったときのアレとは全然違うよね。
もうほんと、この日だけで、何歳も歳をとった気がしたよ。

というわけで、私も、もっとちゃんと人生に向き合おうと思いました。
いやもっとはっきり言うと、加齢に対して、ちゃんと目を見開こうと思いました。

私が大好きで尊敬する美しい先輩たちが、いま立ち向かっている山に、だよ。
私は、ちょっとだけ早めに情報を仕入れて、できることなら心と身体の準備をし、なんらか上手く、そこをね、やり過ごせないかなあって思って書いていきます。

さとゆみと申します。

そんなこんなで「50歳を迎え討つ」という連載をスタートすることになりました。
人生の先輩たちや、いろいろ迎え討つにあたって頼もしい有識者の方々のお話なぞ伺いながら、女の人生について考えていけたらと思っています。
これからも、読んでくださったら嬉しいです。

次回は、「インターポールとVIO脱毛」です。

またね。

著者プロフィール
佐藤友美(さとゆみ)

ライター・コラムニスト。1976年北海道知床半島生まれ。テレビ制作会社のADを経てファッション誌でヘアスタイル専門の美容ライターとして活動したのち、書籍ライターに転向。現在は、様々な媒体にエッセイやコラムを執筆する。
著書に8万部を突破した『女の運命は髪で変わる』、『書く仕事がしたい』など。理想の男性は冴羽獠。理想の母親はムーミンのママ。小学4年生の息子と暮らすシングルマザー。