気になるひと

この連載について

このたびは大和書房で連載をやらせてもらうことになりました。担当のFさんに声をかけていただいたのは3年前で、怠惰な私のせいで本当に申し訳ありません。特に何かを物申したいわけでもなく、ただちょっと心に引っかかることを、なんとなく成仏させたい一心で文章を書いています。「結婚して、子どももいて、いいじゃん幸せじゃないですか」とか言われます。「じゃあカネをくれ」と思います。たぶんそういう方は多いのではないでしょうか。特に人生の役には立たないけど、一瞬だけ笑って、すぐさま忘れてほしい。私の中の「気になるひと」。あなたの気になるひとではないかもしれません。パートの休憩中、バックヤードで一緒にソフトサラダ食べながら店長への愚痴を聞き流す感じで、ひとつよろしくお願いします。そして、今度こそ、連載が初回打ち切りになりませんように。

第2回

サバサバハラスメントという平成の宿題

2019年5月24日掲載

平成から令和に変わりました。”元号代わりバブル”もあっという間にはじけた今、こんな書き出しでコラムを始めるのも私くらいのものでしょう。

「平成から令和に変わりました」とだけ書いて、 その後2週間くらい記憶が失踪していました。先日とある取材で芸人さんが「飛影が邪眼を入れたときのような」というたとえをしていて、その表現は、はたして正しいのか、ただそれを確認するためにですよ、観てしまいました。仕事に対しての熱心さが私に『幽☆遊☆白書』“霊界探偵編”をうっかり全部観させてしまった。

そうなったらもう“暗黒武術会編”も観るでしょうし、無意識のうちに“魔界の扉編” に手をかけ、“魔界トーナメント編”を開催するでしょう。そして最終的に「結局、“霊界探偵編”が一番面白いんだよね」と振り出しに戻る。

2週間なんてあっという間です。というわけで、私の中では人知れず幻海師範のもとで修行をしていたということになりますが、一般的には締め切りが遅れました。気持ちだけは令和バブルのつもりで、まだ平成を振り返ります。

■「中身はおっさんです」というひと

平成にあって令和にないもの。それは「サバサバ女」なのではないでしょうか。

サバサバ女。浅野 温子、山口智子、江角マキコにKYON2にYOU……。平成の世、女性たちが否応なしに押し付けられてきた微笑みの爆弾、それはこれら女性たちがイメージモデルとなったサバサバの爆弾でした。「ぶりっ子」に代表される、か弱く、かわいらしく、腹と外見がだいぶ違う女像が王道だった昭和時代の反動なのでしょう。

「男」勝りに仕事をこなし、下ネタもガハハと笑い飛ばし、「女」だてらに酒を煽り、くわえタバコでセルフカットの髪をバサバサする。さっぱりとした性格で同性人気は高い一方、男の前でかわいらしく振る舞えない不器用な自分に悩む。そんな悩みを打ち明けるのは、120%ゲイの友だち。そしてゲイの友達に「アンタ、そんなだからモテないんだよ!!」と怒 られるところまでがセット。これを完全に真に受けたのが、有働由美子アナです。

いや有働アナのみならず、もうウィルス的に「サバサバ至上主義」は蔓延していきました。女とは ネチネチしてすぐ泣きすぐ悪口を言い小狡く人を欺く。男の人が嬉しそうに「女って怖ええー」というアレ、あのイメージへのアンチテーゼこそ「サバサバ」だったのではないでしょうか。女的なものからの脱却が「サバサバ」であり、その延長線上に「中身はおっさんです」があって。丸椅子の酒場でホッピー飲んでモツ煮を食う、男性っぽい趣味とされる女性アイドル好きや野球好きをことさらにアピールしたりする。

バブル時代にも「おやじギャル」なんて言葉がありましたけど、「自分は女だけど女じゃない」ということが「イケてる女である」ことのアリバイになる、皮肉な話です。どんだけ嫌われてんだよ、女! 私42歳。年上女性たちからのサバサバハラスメントをもろに受けつつ、自分自身もサバサバ女にならねばという強迫観念がありました。サバハラ、なんか脂のってる感じしますね。ちょっと浮かない顔をしていると「どした? 話聞くよ」と声をかけてくれるサバサバ姉さん、いや姐さん。

「姐さん」、こちらサバサバ界の最重要単語です。私の場合、浮かない理由なんて「ベイスターズが負けた」くらいしかないわけですが、問題を解決することより「気さくに年下の悩みを聞き、さっぱり的確なアドバイスをする自分」が大事なので、その辺の演技力はおたがい鍛えられたと思います。

サバサバは言わば「劇場」なのです。全員が『29歳のクリスマス』 の山口智子。御曹司仲村トオルのプロポーズも「自立したい」と断っちゃう女、不器用だけどまっすぐな女。彼女の不器用さにやきもきしながらも、そこに共感し、憧れ、「いやぁ姐さん、マジ惚れます」と拍手を送る。本当にね、曖昧な「ガワ」だけをたぐり寄せて、あたかもそれが自分の内部に元々あったかのようにふるまわねばならない。ぶりっ子とはまた違う「女らしさ」を強いられてきた時代です。

こうしたサバサバ信仰の背景にいわゆる「女的なものへの拒絶」があったとするならば、同じくらいそこには「男」への幻想もあるのでしょう。

男の世界。さっぱりして、後腐れない、なんかあっても河原で殴り合ったらみんな仲良しになるという幻想。えーーーー実際そんなヤツ見たことねーーーー。ネチネチ嫉妬してみんなで足引っ張りあってるーーーー、となるわけですが、女から見た 「男」という桃源郷が、あったのではないでしょうか。

しかしこれはネットの影響も大きいと思うのですが、徐々に「あれ、サバサバとか言ってっけど、実際はサバサバしてなくないですか?」という声が大きくなり、サバサバ王国はどんどん解体されていきました。元来、妬みと嫉みと僻みしかないニセサバの私がどれほどそれにホッとしたことか!!

女的なものへの拒絶が、「サバサバ」や「中身おっさん」など、男的な方向に必ずしも行かなきゃいけない理由なんてないわけで。そして女たちが桃源郷だと思っていた「男的な世界」もふたを開けてみたら、まったくこっちと変わらない、ドロッドロで、ずぶっずぶな人間世界なわけで。一旦その呪縛から解放されると、サバサバはもはやコントにしか見えなくなる。『29歳のクリスマス』は『コント・29歳のクリスマス』になる。これを現代でもずっと続けているのが、有働由美子アナです。

■令和の「サバサバ女子」とは

そんなこんなで令和。平成は“いい女体系”として「サバサバ」を消費し尽くしましたが、きっとこれからはもっと新しい、女の形が生まれてくるはずです、と思っていたのもつかの間。先日ネットを徘徊していたらこんな記事が。

『サバサバ系女子がモテる! その特徴10個とサバサバLINEを覗き見』

ええええええ!?!? サバサバ死んだんじゃなかったの???? 子どもを助けてあの世に召された浦飯幽助が霊界探偵として蘇ったくらいのクリビツ!!

この記事によると、サバサバ女子は「細かいことにこだわらない」「あっさりしている」「他人の悪口を言わない」「愚痴を言わない」「いい意味で中性的」「発言がわかりやすい」「LINEもあっさり」「ウジウジ悩まない」「他人を詮索しない」「性格が明るい」。そんなのもう人ではありません。てか何回“あっさり”言うの、お出汁か。

一方「それニセモノ! 粘着質な『自称サバサバ女子』」は、「『だろ?』『お前』などの男っぽい言葉遣いを多用する」「やたらに毒を吐く」「『私って男っぽいから』と自分で言っちゃう」「個性的な言動を好む」「『私ってサバサバ系だからさー』と自己申告しちゃう」なんだそうです。ちょっと「マネージャーを使って長嶋一茂の家の壁に落書きする」がないよ!!

流石に成仏したと思っていた、女たちのサバサバ呪縛霊。そう思っていたのは、私だけだったのかもしれません。恐々ツイッターで「サバサバ」「中身おっさん」「毒吐きます」と検索してみると、結構な数の女子(と思われる)アカウントがヒットしました・・・・・・(※本当に「中身おっさん」の人は除く)。これは「戦争を知らずに僕らは育った」、まさに「サバサバを知らずに僕らは育った」ですよ。

令和はまた「サバサバを知らない子どもたち」の時代なのかもしれない。サバサバという概念にとらわれ、身動きが取れなかったのは、被害を受けた者だけ。サバサバを知らない世代は、サバサバをポジティブに捉えて、また違うサバサバ地獄を作り上げていくのでしょう。ただ最後にこれだけ聞いていいでしょうか。「いい意味で中性的」ってなんすかね。洗剤?

著者プロフィール
西澤千央

1976年生まれ。神奈川県出身。
実家の飲み屋手伝い→ライター。「Quick Japan」(太田出版)や文春オンライン、「GINZA」(マガジンハウス)などで執筆。ベイスターズとねこと酒が好き。子どもは2人。谷繁元信に似ていると言われたことがあります。