2025年「R-1グランプリ」で、史上最年少優勝を果たした友田オレが紡ぐ初のエッセイ。幅広い歌・音ネタを持つ友田が、人から言われて何か残っちゃう言葉、電車で耳にした奇妙な会話、変な生活音……様々な「耳に残っちゃうモノ」から日常に揺さぶりをかける。
ケータイから聞こえてくるモノ
ユッガッメールを聞かなくなって久しい。
かつてガラケーが主流だった頃、メールの着信を知らせるあの音はありとあらゆる場所で鳴っていた。今思えば正体不明のイケボおじさんにみんなよくその役目を任せたものだが、もしかすると電話の方の着メロの選定に凝るあまり、メールの着信音に関してはなおざりになっていたのかもしれない。「かもしれない」という断定を避けた表現をしているのは私が厳密にはガラケー世代ではないからだ。
ただとにかくあの声はよく聞いた。おじさんが声を発する前後に何か効果音が鳴っていた気がしないでもないが、ユッガッメール自体の記憶は鮮明で、十五年以上たった今でも容易に脳内再生できる。
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聴覚は比較的受け身の感覚だと思う。聞きたいものを聞き、聞きたくないものは聞かない、という意思を持った選択をすることが難しい場面が往々にしてある。ドンキに行ったらドンキの歌が聞こえるし、すき家に行ったらすき家レディオが聞こえる。イヤホンをすることで制限もできなくはないが、そうすると周囲の世界と隔たりができて何かと不便が生じる。それに一度音が耳に入ると、その続きを知りたいという衝動に駆られてしまうものだ。
先日も定食屋で隣に座っていた男女が空手の話を始め、お互いに腕をカチカチと当てて実践練習をしだした時は、無意識のうちに箸を持つ手が止まり、気づけば豚汁定食そっちのけで二人が発する声と音にだけ集中していた。聴覚体験がいかに自発的ではなく強制的(もちろんそうでない時もあるし程度に差はあるが)であるかを物語っている。そう考えるとガラケーを持たなかった私がいまだにユッガッメールを覚えているのは至極当然のことなのかもしれない。
二〇一〇年を過ぎた頃からはガラケーに変わってスマートフォンが台頭することとなった。
アプリをインストールすることであらゆる用事をたった一台で済ませることができるスマホは、すぐに私たちにとって生活必需品となった。なかでも二〇一一年にリリースされたスマホアプリ「LINE」は、今や日本に住むほとんどの人がインストールしている。
そしてこのアプリには実に興味深い機能が搭載されている。それは電話の呼出音を自由に設定できるというものだ。
呼出音とは、相手から電話がかかってきた時、こちらが電話を取るまでの間相手の電話で鳴る音のこと。相手が聞く呼出音はこちら側で決められるのだ。
例えばあなたが西野カナの「Best Friend」に設定していた場合、あなたに電話をかけようとする人の携帯からはもれなく「ありがとう君がいてくれて本当よかったよ」という強烈な謝辞が流れるのである。この機能のポイントは、電話をかけてくる相手に対して先にメッセージを伝えられるところにある。「先手を打てる」と言ってもよいだろう。
だからもし今あなたが友人に借金をしていて催促の電話に悩まされているとしたら、真っ先に呼出音を「Best Friend」に設定するべきだ。これからあなたのことを責め立てようと息巻いている友人よりも先に、「ありがとう君がいてくれて本当よかったよ」と行き過ぎたまでの感謝を伝えるのである。それを聞いた相手はきっと拍子抜けするに違いない。そしてさっきまで自分が怒っていたということが馬鹿馬鹿しく思えてくるはずだ。少々強引なやり方ではあるが、あらゆる借金滞納の言い訳を使い果たして困っている方にはぜひ実践していただきたい対処法だ。
「LINE」の機能を用いたライフハックを述べてきたが、私自身は実践したことはないし、これからする予定もない。というのも、「LINE」の呼出音は友達登録している全員に適用されるため、別の人から電話がかかってこようものなら、その人から「急に平成恋愛ソングにハマり、あわよくばそれを布教しようとしている奇妙なやつ」という不名誉なレッテルを貼られることは避けられないのである。
受け身の感覚だからこそ、時として思いもよらない体験をもたらしてくれる聴覚。この連載では、私が聴覚をもってして得た様々な発見を、気まぐれに文章に起こしていく。ビックリするくらい取るに足らない内容なので気楽に読んでください。
ともだ・おれ
2001年福岡県生まれ。早稲田大学お笑い工房LUDO 22期出身。歌とフリップネタを合わせた独特のネタが評判を呼び、単独ライブはチケット即完売。デビュー10ヶ月で「第44回 ABCお笑いグランプリ」決勝に進出、大学在学中には「UNDER 25 OWARAI CHAMPIONSHIP」決勝、2023年M-1グランプリ準々決勝、2024年R-1グランプリ準々決勝に進出。2025年「R-1グランプリ」で史上最年少・最短芸歴での優勝を果たした。