2025年「R-1グランプリ」で、史上最年少優勝を果たした友田オレが紡ぐ初のエッセイ。幅広い歌・音ネタを持つ友田が、人から言われて何か残っちゃう言葉、電車で耳にした奇妙な会話、変な生活音……様々な「耳に残っちゃうモノ」から日常に揺さぶりをかける。
宣伝トラックの「あの歌」を考察する
東京の繁華街を歩いていると、よく宣伝トラックを見かける。車体に搭載されたスピーカーからは、夜の仕事をして効率よく大金を稼ごう、一億円プレイヤーのホストに会いに行こう、といった世俗の果てみたいな売り文句が、大音量の音楽と共に垂れ流されている。その日の機嫌次第では騒音にもなりうる絶妙なラインに音量が設定されていて、彼らの企業努力には頭が下がる。
種々の宣伝トラックがしのぎを削る中、もっとも名をあげているのがキャバクラや風俗などを専門に扱っている、とある求人サイトの宣伝トラックだ。歩道を歩いていて向こうからそのトラックがやってくる時、私の身体にはいつも独特の緊張感が走る。救急車のサイレンを聞いた時の感覚にも似た、じっとりとした感じの、尾を引く緊張だ。
ボーカルの女性が企業名を連呼しながら陽気に歌いあげるその歌は、初めて聞いた時から絶対に何かの替え歌だと思った。メロディに聞き覚えもあるような気もしたが、何よりBメロ歌詞の詰め方が不自然なのだ。
「○○の求人見たぁ~い~見たぁ~い~見たぁ~い~」
オリジナルなわけがない。原曲が気になったので、調べてみることにした。
一九八五年発売、荻野目洋子の「恋してカリビアン」という曲だった。十七歳の少女の透き通った歌声が際立つ、夏の甘酸っぱいラブソングだ。ただ、私は原曲を何度か聴いてみて、ある一つの感想に帰結した──「なんかこれも替え歌みたいだな。」
まずい、状況は相当深刻だ。求人トラックの替え歌を聴きすぎたせいで、原曲に違和を感じるようになっていたのだ。私は荻野目洋子さんに対して申し訳なくなった。それから何度も聴き返して無理やり「恋してカリビアン脳」に強制しようとしたが、一週間経っても容態は変わらなかった。
それどころか、どこかのタイミングでこの曲の別の替え歌を思い出した。中学時代サッカー部に所属していた頃、他校のサッカー部のベンチメンバーが応援歌として歌っていたものだ。
「〇〇のシュートが見たぁ~い~見たぁ~い~見たぁ~い~」
よく考えたら求人トラックの歌詞と酷似している。何かしら関係はあるはずだ。サッカー部(あるいは他の部活)で万年補欠だった一人の少年が、高校卒業後作曲家になり、求人トラックの歌の依頼を受け、馴染みのあるメロディと歌詞をもとに曲を書いた。そんなストーリーが想像できなくもない、、。
ところで、荻野目洋子さん本人は、自分の歌が「スポーツ」と「風俗」という全く異なる世界で替え歌されていることを認識しているのだろうか。仮に認識していたとして、喜んでいるのか、怒っているのか、それとも何とも思っていないのか、一体どんな感情を抱いているのだろう。もし私が荻野目さんサイドの人間だったら、とりあえず求人トラックの方の替え歌には抗議する。いや、そうとも限らない。こうやって私のように原曲を調べて何回も聴き込む人もいるのだから、いいプロモーションだと思って黙認するのかもしれない。いずれにせよ、八十年代のアイドルソングのメロディをあらゆる世代の人間が知っているというのはとんでもなくすごいことだ。
みんながその曲のメロディを知っていて、あらゆる替え歌やパロディに派生する。私にとってはこの上なく理想的なことだ。実際R-1グランプリで披露した「辛い食べ物節」や「ないないなないなない音頭」も、多くの人が自身のアレンジを加えて替え歌をしてくれていて、これは本当に芸人冥利に尽きる。YouTubeのネタ動画のコメント欄に「おもんないないなないなない」と書き込まれた時でさえ、あまり嫌な気持ちはしなかった。むしろ大歓迎だ。だから、その、なんていうか、僕の曲、全然CMとかに使ってもらって大丈夫です。オネシャス!
ともだ・おれ
2001年福岡県生まれ。早稲田大学お笑い工房LUDO 22期出身。歌とフリップネタを合わせた独特のネタが評判を呼び、単独ライブはチケット即完売。デビュー10ヶ月で「第44回 ABCお笑いグランプリ」決勝に進出、大学在学中には「UNDER 25 OWARAI CHAMPIONSHIP」決勝、2023年M-1グランプリ準々決勝、2024年R-1グランプリ準々決勝に進出。2025年「R-1グランプリ」で史上最年少・最短芸歴での優勝を果たした。