詩人が、ひょんなことから作曲家と結婚した。詩人と作曲家。ことばと音楽が紡がれる、さぞかし優雅な日々になるかと思いきや……。二人のユニークな結婚生活と創作の日々をお届けします。
結婚は企業合併です。妻は新入社員です。
あるコンサートの打ち上げに坂東と参加したときのこと。演奏家の方はもちろん、音楽プロデューサーや音響エンジニアの方々ともご一緒し、賑やかな会になった。駅で解散する間際、音楽会社の方にこう尋ねられた。
「文月さんは、坂東さんの関係の集まりにいて疲れないんですか?」
ドキッとした。疲れないと言ったら正直嘘になる。毎回かなり緊張している。しかし。
私は咄嗟にひと言。
「結婚というか、企業合併だと思ってまして。やっと研修期間終わったかなと……」
わはは!と笑ってもらえて安堵する。内心冷や汗をかいた。
しかし、これはなまじ冗談ではない。
そう、結婚は企業合併ではないのか。
30代を迎えてからの結婚、しかもフリーランス同士となると、お互い仕事相手だけでも膨大な数の知り合いがいる。私は10代で文筆業を始めたので、狭い業界ではあるが、編集者や作家の知り合いが多い。
一方、坂東は東京藝大の出身。さらに言えば、出身高校も東京藝大附属高校(通称「藝高」)である。これが何を意味するかというと、高校から大学まで周りの顔ぶれがほとんど変わらないということだ。そして今もその人間関係は固定のまま、同じ音楽業界で仕事している。たとえば、坂東が作った曲を、藝高や藝大で知り合った一流の演奏家たちが素晴らしい演奏で形にする。そんな場に、私も何度か居合わせた。坂東に「〇〇さんって誰だっけ?」と尋ねると、思わぬ返事が返ってきて、演奏家の話を聞いたのか、高校の同級生の話を聞いたのか、しばしば曖昧になる。
その精鋭集団に「詩人」を名乗るふとどきな女が、「坂東さんの妻」として混ざるのだ。冷や汗その1。音楽の素養もほとんどなく、楽器の名前すら怪しい私は「新入社員」同然だ。冷や汗その2。
特に結婚前は自分が何か試されているようで、取り返しのつかないミスを犯すのではないかと恐れ慄き、坂東の知人と会う度に毎回死にそうになっていたっけ……(※皆全然怖い人たちではなく、こんな私にも優しく接してくれます)。
坂東の特殊な高校生活
ここまで、仕事関係者-友人-学校が繋がっている例というのも珍しいのではないか?
そんなわけで、改めて坂東に、藝大コミュニティの入り口だった「藝高」がどんな場所だったかを尋ねた。やはりそれは、一般的な高校生活とはかけ離れたものだった。
厳しい試験を突破して入学できるのは、一学年40人のみ。しかも坂東の学年で作曲専攻は坂東一人だけ(合格者が出ない年もざらにある)。専攻は他にもピアノ、弦楽器、管打楽器、邦楽などがあり、大きく六つに分かれているが、ほぼ演奏家志望の子たちに囲まれていたようだ。通常は男子より女子の方が多いのだが、坂東の学年はたまたま男女の数が半々だったらしい。
ちなみに「藝高」に入れたからといって、エスカレーター式に藝大に進学できるわけではなく、全員が一般受験となる。高校在学中も気を抜くことはできない。
ピアノやヴァイオリンなどの早期教育を受けてきた子たちは、お金持ちの家の子が多かったという。
どの程度かというと、その辺の床に一億円のヴァイオリンが落ちていて(?)、みんな平気で跨いでいたとか。一年生のテニス合宿でルイヴィトンのスーツケースを持ってきた女の子がいたとか。トヨタのセンチュリー(運転手付き)で登校する女の子が有名だったとか。
中でも語り草になっているのが、学校帰りに同級生とモスバーガーに来た際、あるヴァイオリンの女の子が店員に「すみません、ナイフとフォークはありますか?」とお淑やかに尋ねた話(モスバーガーだぞ!)。
それに対して、地方から進学してきた子たちは、上京一人暮らしデビュー。いつの間にか学内の彼氏彼女と半同棲になり、まだ10代だというのに、大人のような生活を送る子たちもいたという。
もちろん、親が教師や会社員などごく普通の家の子もいる。同じ学校に一般家庭出身とハイソな家出身の子が入り混じる独特な環境。裕福な家の子たちが夏休みにヨーロッパに出かけるのを、坂東少年はめちゃくちゃ悔しがっていたらしい。
浮世離れしたエピソードの数々だが、最も興味を惹かれるのが、そこがすでに「競争と実力」の世界だということだ。同級生たちが同じコンクールに出場し、順位が発表される。入学して半年も経てば、それぞれの実力は周知のものとなり、そのヒエラルキーが逆転することは「ほぼない」のだという。恐ろしすぎる。まさに競争社会。
この件について、坂東の友人である藝高出身のヴァイオリニストにも、どんな様子だったのか聞いてみた。「周囲には、昔からコンクールでお互いに名前を知っていた人たちしかおらず、当時は一緒に遊んでいても、どこかライバルでした」。おお!友人でありライバル!共に切磋琢磨!こういうの漫画とか小説で読んだ気がするぞ、と謎に興奮。「だからこそ、音楽の話は避けていましたね。自分の練習の様子がバレたくないので、違う楽器の子との方が居心地は良かった気がします」とのこと。当時10代なのに、距離の取り方が大人だなあ、と感心してしまった。
一般科目は半分ほどで、残りは音楽の勉強。演奏家の子たちは、週に一回のレッスンに目がけて日々練習を重ねている。特にソリストを目指す人にとって、コンクールは死活問題。コンクールが近づくと、欠席する生徒が増えるそうだ。彼らに青春はあるんだろうか? そんな学校に進学させる親御さんの方もつい気になってしまうが、話が長くなるのでまたいつか……。
そのような華やかな家柄・経歴の子たちの中にいても、坂東は当時から一目置かれた存在だったらしい。坂東に友達から呼ばれていたあだ名ってある?と尋ねたところ、
まさかの「巨匠」だった。
高校時代のあだ名が「巨匠」……。きっと高校生らしからぬマエストロのような貫禄だったのだろう。ありありと想像できる。
別に夫側の人間関係が特殊だろうと、妻に関係ないのでは?と思う方もいるかもしれない。それには、我々の独特な生活様式について触れなければならないだろう。
演奏家の集う家
まず前提として、うちはマンションで2部屋借りていて、上の階を居住スペース、下の階を書斎兼スタジオとしている。私は上の階で仕事していることが多いが、下の階の一室を私の資料置き場(本棚部屋)にしているため、度々下の階に通っている。
坂東はよく家に演奏家を招く。ピアノなど一部の楽器を除き、現代音楽の作曲は楽器の研究から始まるためだ。楽器を一番理解しているのは演奏家なので、まず演奏家とコンタクトを取り、直接対話しながら楽器の体系や仕組みを理解する。その上で、どのような奏法が可能か、どんな曲にするかを探っていく過程に入る。その準備期間を含め、一曲を仕上げるのに何ヶ月もかかることもあるほどだ。
だから我が家は、演奏家に対してオープンな暮らしをしている。私が仕事から帰って、何も知らずに下の階を訪ねると、演奏家の方とばったり出くわすことも少なくない。
私の場合、仕事相手と会う機会は、取材や対談、編集者の方との月数回の打ち合わせ程度なので、最初はこの状況に戸惑っていた。そもそもこれは「来客」なのだから、忙しい中でも家を綺麗にして、妻として夫の客をもてなさなくてはならないのでは!?(でも私も〆切があって絶対無理!)と半ばパニックになりながら無理やり部屋を掃除していた。しかし現在は、自宅に知らない人がいることにも慣れつつある。
坂東はもてなし上手だ。最近は珈琲に凝っていて、豆を挽くところから自分でやるし、美味しい和菓子屋やケーキ屋にも詳しく、お客さんを喜ばせている。そもそも創作を目的に集まっているのだから、彼らにとっては、飾らずに対話できること、発見があることが何よりも大事だ。そう理解し、近頃は適度に放っておくことにしている。
それでも原稿に煮詰まったとき、そっと坂東の部屋にお邪魔することがある。演奏家の方の奏でる音を聴いていると元気が出てくる、思いがけない棚ぼた効果もあった。
この連載の担当編集さんと初めてお会いした日も、演奏家の来訪が重なった。私たちが話す傍らで、ギタリストの方がクラシックギターを奏でてくれた。なんとも贅沢なBGM(生演奏!)である。
違う世界に踏み込む
坂東と現代音楽のコンサートに行くと、プログラムという名の、ちょっとしたパンフレットが配布される。巻末には大体、演奏家のアーティスト写真と共に、詳細なプロフィールが掲載されている。そこには、出身校やコンクールの受賞歴、師事した先生の名前がびっしりと並んでいるのだった。
以前何気なく一緒にご飯を食べた人、家に来た人、ふわっと紹介された人、彼らの話にふわっと登場した人が錚々たる経歴の持ち主であったことが発覚(私の中で)することもあり、「知らないのは私だけだったのか……」と自分がぼんやりと生きていることを後悔する。
ちなみに文芸業界だと、どんなベテラン作家でも本に掲載される著者略歴は短く簡潔なものが通例。詩歌だと詩集に略歴すら載せないことも珍しくないので、この文化には最初「全然違うなあ」と戸惑った(おそらく、同じ本でもビジネス書などだとまた扱いが変わる)。
当然ながら、コンサート会場のロビーは、音楽関係者ばかり。次々に色んな人に挨拶する坂東の横で、「妻の文月です」と紹介されてぎこちなく会釈していると、自分は本格的に違う世界に迷い込んだなあ、という気がしてくる。
思えば、我々は育った環境も大きく違う。
私は札幌の中高生時代から「周りに適応して価値観を合わせなければ」という思いを強くしながら生きてきた。環境に染まりやすく、変化に揺れやすいタイプ。なので、進学や上京、新しい友人や恋人、仕事相手との出会いなどの節目節目で自分の価値観を疑い、リセットする必要があった。すると、前世ではNGであったことが今世では推奨される、というような混乱・変革が必ず起こる。その度に自分を省みて揺さぶられながら、大人になった。
しかし坂東を見ると、若い時期から一貫していて、そうした変革期がいつ訪れたのかよくわからない。高校から人間関係は一緒だし、仕事相手も音楽関係者。その分、価値観の変動が少ないように見える。ただ小学校の頃までは、地方で転校を繰り返していたという。転校先で様々な価値観に触れたことによって、周りがどんな考えを押し付けてこようと、「自分の価値観を守る」芯の強さに繋がったようだ。
さて、結婚は企業合併なのだろうか?
我々の場合、合併というより、まるでM&A。より大きくて完成された会社のシステムの中に、自分が吸収されたような感覚が強い。
……いや、そうはいっても、坂東にも何か変化はあったはずだ。
改めて、私と結婚して人間関係の面で変化はないのか尋ねてみたが、坂東の反応は意外に淡々としたものだった。
「うーん、気を遣う人が増えたかな。それくらいじゃない?」
どうやら困ってはいなさそうだ。その理由を深く聞いてみると、坂東にとって私の人間関係は「分類できる」のだという。
私の周辺人物は、大まかに作家的な仕事をしている人か、編集者の人たちに分けられる。作家と話す際は、作曲家と話すモードと変わらないのだそうだ。この人は何を大事に執筆しているのか、何にナーバスになるのか、相手の繊細さを尊重して接する。
一方で編集者は「自分にとってのプロデューサーや監督のような立場」だと思っているらしい。つまり分類ができるから、そこまで混乱しないし、変化を感じないというのだ。
じゃあ私側の友人や知り合いと会って、価値観を揺さぶられたことはある?と尋ねると、
「こんなに常識がなくて生活力がない人がいるんだ、と思った(真顔)」と正直な回答。まあそんなに間違ってはいない気がする……。
「あとは感受性が鋭い反面、感情的だったり、自己否定が強かったり、メンタル面が不安定になりがちな人が多い。先生(注:文月のこと)はそういうのに引きずられやすいから、影響を受けすぎないように、先生をケアしなきゃいけない」とカウンセラーのような答えも返ってきた。なるほど。すごく大事だ。詩人の夫として模範的な回答ではないだろうか。
どうやら、全く変わっていないように見えた坂東も、彼なりに違う世界に踏み込んでいたらしい。
20代まで音楽業界やクラシック界とは無縁の暮らしを送っていた私だが、坂東の人間関係に巻き込まれ、生活も一変。それと共に、幼い頃のある記憶が蘇った……。
ふづき・ゆみ
詩人。1991年北海道生まれ。10歳から詩を書きはじめ、高校3年の時に発表した第1詩集『適切な世界の適切ならざる私』で中原中也賞、丸山豊記念現代詩賞を最年少18歳で受賞。詩集に『屋根よりも深々と』『わたしたちの猫』『パラレルワールドのようなもの』(富田砕花賞)『大人をお休みする日』。エッセイ集に『臆病な詩人、街へ出る。』『洗礼ダイアリー』。夫は作曲家・坂東祐大。2023年度より武蔵野大学客員准教授。


