春の朝は布団の中で、いつまでもぼやぼやしていよう――現実世界を少し離れる「朝寝のすすめ」(『鶉衣』第2回)
作品:『鶉衣』より「朝寝の辞」
江戸時代の俳諧師、横井也有の『鶉衣』という俳文集を紹介しています。今回紹介するのは「朝寝の辞」、すなわち「朝寝のすすめ」です。本文を読んでいきましょう。
「神儒仏の教(おしえ)さまざまなる中に、上はかしこき朝まつりごとより、下は十露盤(そろばん)のせはしき世わたり、市の出買(でがい)のその身過(みすぎ)まで、朝寝せよとの教(おしえ)こそなけれ。」
神道・儒教・仏教と教えはいろいろあるが「朝寝せよ」という教えはない。これは身分の上下に関係ない。上は帝(みかど)の尊い「朝まつりごと」から、下は下々の忙しい商売や市場に買い出しに行くような生活まで、やはり朝は早くから起きて仕事をすることが推奨されている、と書き出します。
ちなみに「朝まつりごと」というのは帝(天皇)の政務のこと。帝は朝早くから朝廷で政務を取ったことからこういうようになり、さらには朝廷に出仕する人々が朝早くから政務にあたることもいうようになりました。
実は、男女の朝の営みもこういったりしますが、ここではその意味はおそらくない。多分ない。ひょっとしたらあるかもしれないけど……。
それはともかく、さてまず「朝寝を勧める教えはない(朝寝せよとの教こそなけれ)」といって次に続きます。
「まして雞はじめて鳴(ない)てより、忠臣は蚊にせせられて、たばこに明(あけ)ゆく鐘をかぞふとや。げにも唐帝の玉妃に腰うたせて、飯時もわすれ給ひたらむ。
又は若むすこの色酒にあそび過して、むねふくれかしらおもくて、いつも朝がほの花をしらず、万事は手代まかせならんは、身代破滅のはじまりなるべし。」
昔の「忠臣」といわれる武士たちは、一番鶏が鳴くと起き出して、蚊に喰われ、煙草をふかしながら、お城に出仕するために夜明の鐘を数えて準備をしたという。
しかし、唐の国の玄宗皇帝は同じく早起きしてもやることがちょっと違った。絶世の美女、楊貴妃に腰をマッサージさせ、朝ごはんの時もお忘れになり、「朝まつりごと」もしなくなり(あっちの方の「朝まつりごと」はしたかもしれないけど)、それで朝廷がめちゃくちゃになってしまった。
会社だってそう。二代目のぼんぼんになると生まれついてのお金持ち。「色(女)」や「酒」にうつつを抜かし、朝は一応起き出しても二日酔いで胃のあたりがムカムカして、頭も痛い。朝早くなんて起きられない。朝顔の花が咲いたなんてのは当然見ることもできず、会社のことは部課長に任せ、自分は何もしない。それが破産・倒産のはじまりだったりする。
“うつらうつら”の効能
と、今回の『鶉衣』、朝寝に対して厳しいですが、しかし、やはり『鶉衣』です。早起きをすればいいというものではないということが次に語られます。今度は原文ではなく現代語で。
「大した用のない年寄りが早起きしてお経を誦(よ)んだりして、お母屋(もや)の人たちから悪くいわれるならば、火燵(こたつ)の火をおこす間を、寝床の中で寝がえりしていた方がまだましだ」なんて書く。
年寄りは早起きだといいますが、自分が早く起きるだけならともかく、大声でお経を読んだりするのは迷惑だというのです。ましてや、まだ寝ている若い人に「早く起きろ」なんていって起こすのは大迷惑。それなら「年寄りは布団の中で寝てろ!」と也有はいいます。
あ、ちなみにこの時、著者である横井也有はすでに隠居の身、自分も年寄りの一員です。だからこそいえることです。若い人にいわれたら腹が立つ。
むろん、用事がある人にまで朝寝をしろとはいわない。
が、「三、四、五月の短夜に、枕加減のよき比(ころ)は、朝寝こそ又をかしけれ」という。
旧暦の三月から五月は、今でいえば四月から六月くらい。ぽかぽか陽気の春眠暁を覚えずの季節です。夜が短く昼が長い。そういう「枕加減がいい」季節の朝寝は「をかしけれ」といいます。
「枕加減がいい」っていいですね。冬の枕は冷たいし、夏の枕は暑すぎる。春の枕はまことに枕加減がいい。そして「をかしけれ」という。
古語の「をかし」というのは「招(を)ぐ」からきた言葉で、招き寄せたいくらいに素晴らしいということ。枕をこちらに招き寄せ、ふとんをこちらに招き寄せ、朝寝をこちらに招き寄せ、もう起きたくなんかない、というのがここの「をかしけれ」です。
そして、完全に眠っているのでもなく、目覚めてもいるのでもない。あのうつらうつらした「夢見、夢見ず」の状態で、「ああ、今ごろは桜の花が朝日が照らされてきれいだろうな(花に朝日のにほひたるも)」とか、「あの松の辺りには有明の月がまだ残っているんだろうか(松に有明の残りたらむ)」とか布団の中でぼんやりと想像してみる。
実際に起き出してリアルに見るよりも、ずっといいよというのです。おお、脳内AR、バーチャル・リアリティ!
朝の眠りを大切にする
視覚だけではありません。
窓の外を歩く豆腐売りの声。車井戸でガラガラと水桶を引き上げる音。そして雀が餌をついばみに集まってチュンチュンと鳴く声。そんな音などを枕元に聞いていると、まことに「幽閑の情に堪(た)えぬ折り」、とても物閑かな思いで気持ちがいいといいます。
布団の中で眠りながら聞こえてくる音の面白さ。あるでしょ。半分眠っているときに聞こえてくるテレビの音。するとテレビの映像でもない、ふだんの夢でもない、不思議な幻影が脳裏に浮かびあがります。半覚半睡に聞く音は、そんな幻影世界に誘ってくれる。まさに「幽閑の情に堪えぬ」風情。
が、せっかくそんな境界にいるときに「けうとき物申(ものもう)の声」がする。「けうとし(きょうとし)」というのは「気疎し」。うとましいこと。
突然、大きな声で「ごめん下さい(物申)」という声がする。現代でいえば、朝寝を楽しんでいるのに宅急便屋さんや郵便屋さんのピンポンに起こされる。それが「けうとし(気疎し)」です。いやですね。
しかたなく起き出して「やれやれ」と雨戸を一枚だけ開けて見る。
と、もう日は高く、10時くらいになっている。家で働いている童が気を利かせて顔を洗うためのお湯などを汲んでくれていたけれども、それも冷めてしまって、せっかくの心遣いを無にしてしまったようで、なんだかちょっと申し訳ない。
……と、ちょっと朝寝を反省したりもする。
でもね、という。
「さればかしこげに朝起して、一日目のさめがたく、昼寝に光陰を盗まむより、枕序に朝寝たるこそましならめとさとりて、此睡工夫をなす事になむ有りける。」
だからといって、賢げに早起きをしたはいいけれども、一日中眠くて、結局昼寝なんかして時間をムダにするならば、夜の枕のそのままに朝寝をした方がいいやね!と、また朝の眠りの工夫をするのですよ、と何とも気楽な横井也有です。
でも、確かにその通りですね。
そして、まとめがまた也有らしい。
「さはいへ秋の夜長になりて、又朝起の面白き時は、たちまち朝起の男と呼ばるべければ、釈迦も孔子もしばし気長にみゆるし給ふべし。」
とはいえ、季節が変わって秋の夜長になったら、朝起きが楽しくなって、絶対、俺「朝起の男」って呼ばれるようになるもんね。そんなわけでお釈迦様も孔子様も気長に見守ってね~、と〆ます。
そして最後に一句。
「鶯を夜にして聞(きく)あさ寝かな」
早起きをすると「ホーホケキョ」とウグイスの声が聞こえる。でも、雨戸は閉めっぱなしなので部屋の中は夜のまま。朝寝をしながら、夜の闇に聞くウグイスの声もおつなもんです。
なんともいい気なものです。
遅刻なんて大したことじゃない
そんないい気な也有ですが、やっぱり世の中、朝寝に対してなかなかキツイ。ましてや遅刻をしたときに「朝、起きられなくて」なんていったら、だいたい叱られます。
朝寝だけではありません。「遅刻を許せない」という人もいます。たかが遅刻、そんなに怒らなくてもと思うのですが、「遅刻なんてするのは甘えだ! その用事を大事だと思っていないから守れないんだ」なんていいます。
が、大事な用事だって、時間を守れない人はいます。結婚式に遅刻する新婦や、入社試験に遅刻する学生だっています。
高校時代の英語の教科書で「時間に正確(punctual)なのは日本人とスイス人」という文を読みましたが、それは近代以降の話。昔の日本には「遅刻」なんて、そもそも存在しませんでした。
『遅刻の誕生』という本によると、日本で「遅刻」という考え方が誕生したのは明治時代。鉄道が敷かれたことがきっかけだったようです。定時に鉄道を出発させることに命を燃やした人がいたようなのです。
鉄道はイギリスから入ってきたのに、本場イギリスよりも正確な時間に出発をする。
「日本人すごい!」という美談のようですが、時間を守れない人からすればいい迷惑です。
だいたい江戸時代は時計を持っている人自体がそんなに多くない。時間を知るのはたとえばお寺の鐘です。ゴーンと鳴ったら何刻(なんどき)とか。
これ、よくないですか。いまでも「お寺の鐘が鳴ったら家を出る」というシステムにするといろいろいいことがあります。
たとえば10時の鐘が鳴ったら家を出る。職場が東京駅近くにあったとする。家が四谷にある人が職場に着くのが10時15分になる。これが出勤時間。千葉の人は通勤に1時間かかるから10時に家を出れば出勤時間は11時。近い人は早くから仕事を始めて、遠い人はゆっくり仕事を始める。
ついでに「通勤時間も勤務時間に含める」と決めれば、遠くの人は早く帰る。近くの人は遅くまで仕事をするようになる。
だいたい通勤時間を勤務時間に含めないなんていうのはサービス残業のようなもので、ひどい話です。
東京都知事は公約で「通勤ラッシュをなくす」なんていっていましたが、この方式を採用すれば、通勤ラッシュはだいぶ緩和されるはずです。
おっと話がずれました。
ともかく、「遅刻」という概念は、長い日本の歴史の中では、つい最近導入された考え方なのです。そんなわけで、古典世界が大好きな私としては遅刻を大したことだと思えません。
私が主宰している劇団のようなものがありますが、そこでは遅刻はまったく咎めません。
みんなが新幹線に乗ったころに目を覚ましたというメンバーがいました。ちょうど豪雪の影響で新幹線が遠回りをしている。本番に間に合わない可能性もある。
そんな状態でも、うちのメンバーは誰も騒ぎませんし、その人を責めません。
「それなら、台本を書き換えればいい」
みな、そう考えます。なんとかなるものです。
イヤなことを無理に行えば心身を壊す
なんといっても無理は禁物です。
デカルトという人がいました。フランスの哲学者、数学者です。彼は早起きが苦手でした。
朝早くに起きることができず、毎朝ベッドの中でぼやぼやしていました。しかし、デカルトにとってはベッドの中の、このぼやぼやの時間は、哲学や数学のことを考える、とても大切な時間でした。
デカルトはフランスだけでなくヨーロッパ中に知られていました。ある日、スウェーデンの女王が彼を家庭教師として宮廷に招きました。女王陛下から直々の親書が三度も送られました。それだけではありません。スウェーデンの海軍提督が軍艦でデカルトを迎えに来たのです。
こうなれば行かないわけにはいきません。デカルトはフランスを発ってスウェーデンに着きました。そして、翌年の一月から、女王のために講義を行うことになった。
ところでこの女王は、デカルトとまったくの逆の朝型の人。女王のための講義は、朝五時から始められることになったのです。
デカルトにとってはキツい。講義を始めて一カ月ほど経った二月。デカルトは風邪をひいてしまいました。そしてそれをこじらせて肺炎になり、とうとう亡くなってしまったのです。
朝寝だけではありません。自分が苦手なことを無理して行うと病気になり、ついには死んでしまうこともある。イヤな仕事をしたり、イヤな人と一緒に何かをしたりすると病気になってしまうことってあるでしょ。
前著にも書きましたが、「~してはいけない」という禁止は危険なのです。
1956年千葉県銚子市生まれ。ワキ方の能楽師として活躍するかたわら、甲骨文字、シュメール語、論語、聖書、短歌、俳句等々、古今東西の「身体知」を駆使し、さまざまな活動を行う。
著書に『あわいの力 「心の時代」の次を生きる』、コーヒーと一冊『イナンナの冥界下り』、『すごい論語』、『三流のすすめ』(以上、ミシマ社)、『身体感覚で「論語」を読みなおす。』(新潮文庫)、『能 650年続いた仕掛けとは』(新潮新書)、『野の古典』(紀伊國屋書店)、『魔法のほね』、『見えないものを探す旅 旅と能と古典』(亜紀書房)など多数。