詩人が、ひょんなことから作曲家と結婚した。詩人と作曲家。ことばと音楽が紡がれる、さぞかし優雅な日々になるかと思いきや……。二人のユニークな結婚生活と創作の日々をお届けします。
作曲家の妻は楽譜が読めない
唐突なすき焼きパーティー
2025年1月、新年迎えて早々、私は7合炊きの炊飯器で7合のご飯を炊いた。こんな大量の米を炊くのは初めてだ。蓋を開け、満杯の白さにたじろぐ。熱々の白飯にしゃもじを入れながら、「すごいことになったなあ」と半ば呆然としていた。
いつになく沢山のお客さんが来て(なんと我々も含めて総勢7人)、うちですき焼きを食べていくことになったからだ。
7人で囲むすき焼き鍋。
リビングには歓談する人たち。ソファの周りに楽器ケースが並ぶ。
今日のお客さんは、オケ所属のヴァイオリニストが4人、その内2人がコンサートマスター。クラシックのギタリストが1人。全員、坂東の友人だ。
すき焼きパーティーは賑やかに進行した。
さぞ芸術的な会話が交わされるのだろうと思いきや、オケ所属の演奏家たちは、「給料日」や「有給休暇」の話を始めた。意外と公務員っぽいんだな……。
何より盛り上がった瞬間が、その一人から「ボーナス」という言葉が出たときだった。
「え、ボーナス!?」私は立ち上がりそうになった。
「ボーナスが出るの!?」と場がたちまち色めき立つ。
「ボーナスって言葉の響きがいい」
「なんか私、ボーナスって言葉が無性に言いたい!」と食いつくフリーランス勢。節操がないにも程がある。
それと同時に、私は少し意外な気持ちになった。
音楽の勉強や訓練に集中できる学校、それを応援してくれる家庭環境、人によっては海外留学を経て、その延長線上に「お給料」をもらえる専門職に就ける、という道筋があったのか。
音楽でそういう選択肢がある、というのを考えてみたこともなかった。なんというか、芸術系の職業には「一般ルートを外れる」印象があって、「給料日を楽しみに生きる」という生活は不可能だという思い込みがあったのだ。
もちろん、そんな立場になれるのは、ごく一握りの選ばれた演奏家だけだ。
特にヴァイオリニストに対して、私は頭が上がらない。それはなぜかというと……。
挫折の黒歴史
ある日の喫茶店。二人して仕事を持ち込んでいる。目の前の席では坂東が五線譜の用紙を広げ、メロディらしきものを口ずさみながら、五線譜に音符や記号を書き込んでいる。店員の目には奇異に映るに違いないが、私にはすっかり見慣れた光景である。初めて見たときは、作曲家って本当に五線譜に曲を書くんだ、とちょっと感動したものだ。
ちなみに、私は楽譜が読めない。子どもの頃にヴァイオリンを数年習っていたのに、である。「じゃあ読めるでしょう」「『音楽を専門的に学んだことない』と以前書いたのに矛盾するのでは」という声が聞こえてきそうだ。
しかし清々しいほどに断言できる。私はあまりにヴァイオリンが向いていなかった。その向いてなさゆえ挫折。その結果、楽譜の読み方すらほぼ忘れてしまった。将来、作曲家と結婚するとわかっていたら、もっと真面目にやっておいたのに、と嘆きたくなる(半分嘘である。なぜなら「真面目にやってこの程度」だったことを自分でもよくわかっているからだ)。
母の意向で3歳のときにヴァイオリンを習い始めた。私と同時期に始めた生徒が瞬く間に難曲をクリアする中、私は先生から「ゆみちゃんはカタツムリね」と言われるほど進みが遅かった。練習嫌いで、リズム感もゼロの私が続けるには無理があり、結局小4の春で辞めてしまった。
記念受験的にコンクールにも一度出たが、結果は予選落ち。結果を残せなかったことも悲しいが、何より、本人も周りも早々に「向いてない」ということに気づきながら、貴重な幼少期に6年以上も楽器を続けるという悲劇。その時間はもう取り戻せない。
その悲劇を物語る、2枚の写真がある。
ヴァイオリンを始める直前だった3歳の私は、オレンジのワンピースを着て、満面の笑みで庭を駆け回っている。一人称は兄の真似をして「ぼく」。今では考えられないくらい、快活な女の子だ。

この写真を撮った頃、私は大変な失態を犯す。
母に連れて行かれたコンサートにて、「ゆみちゃん、ヴァイオリン弾いてみたい?」と尋ねられ、なんと頷いた(らしい)。「あのとき、自分でやりたいって言ったでしょ!」とその後何度も母に蒸し返されたが、私は当然何も覚えていない。
さて、次の写真が5歳だ。ピンクのワンピースを着せられ、うつむいてヴァイオリンを構えている。顔は暗く、目の下にはクマができ、老け込んだような印象さえある。なんともいえない悲壮感がただよっているのだ。

確かこのくらいの時期のことだ。練習中にヒステリーを起こして泣き崩れた拍子に、膝でヴァイオリンの弓をバキッ!!!と折り、先生からお灸をすえられていたっけ……。発表会やレッスンのときに着せられる、分厚い白いタイツはアトピーが蒸れるので苦手だった。家で練習に立つ床の部分は変色して、そこだけミシミシと変な音を立てた。母に怒られる度に、私が床を踏み鳴らし、足をこね回していたからだ。足首の柔軟性ばかり発達した。
小学校に入ってからは、夕飯の支度中のタイミングに一人練習することが多くなり、包丁を持ったまま母が飛んでくることも。髪を振り乱し、包丁を手に「もっとこうよ!」と弾く真似をしてくる母を見て、子どもながらに、おおクレイジー……と思った記憶がある。
今、切実に思う。あの時間を返してほしい、と。
しかし……と思う。私と同じ経験をした人が全国には何百人、いや、何千人という単位でいるはずだ。私は学校がある日、一日の練習量はせいぜい2時間だったが、3時間以上練習している子がザラにいて、自分はかなりサボっている方だったと思う。
幼稚園の頃、23時や0時近くまでヴァイオリンの練習をさせられ、辟易としていたが、発表会に出るようになって気づく。みんなその年齢の平均に比べると、背が低く小柄な子たちが多かった。きっと睡眠時間を削ってでも、練習にあてている子がほとんどだったのだろう。私はまだ背が高い方で、それなのにヴァイオリンが下手ということは、練習不足なのだった。
もちろん小学生になった頃には「辞めたい」と訴えていたが、「今までの努力が水の泡よ!」「お月謝も楽器代もいくらしたと思ってるの!」と母に言われ、ずるずると続けてしまった。
同じ教室にいた同期の子は、圧倒的に進みが早く、先生からも期待を受け、その後、坂東と同じ藝高に進学した。各地方の音楽教室で競争を勝ち抜いた子が、藝高に集結する、という見立てはやはり正しい。私はその遥か手前で挫折したのだ。
坂東周辺のヴァイオリニストたちと接していると、「もし自分があのままヴァイオリンを続けていたらどうなっていただろう」という可能性と、「私なんて本来この人たちの足元にも及ばないのに」という申し訳なさが顔を出すのであった。
実家挨拶で破談の危機
結婚の前年、私は初めて坂東と一緒に、札幌にある自分の実家へ挨拶に行った。両親と坂東の初対面、なぜか私が緊張していた。
「今日はせっかくだから、これを見てもらおうと思って」
リモコンを手にする母。そのウキウキした口調に、私はものすごく嫌な予感がした。そう、ものすご〜く。
一応抵抗したものの、「せっかく準備したのに!すぐ終わるから!」という母の言葉に丸め込まれてしまった。
ブツブツと途切れがちな音と共に、テレビの画面が明るくなる。流されたのは……私のヴァイオリンの発表会のビデオだった。地獄か。挨拶の空気を壊すこともできないので、石のように固まる私。
……。
……待って。
この状況おかしくない?
実家の見慣れたリビング。
ブレブレ、ガビガビ画質のホームビデオ。
お世辞にも上手いとは言えない、幼児の珍妙な演奏。
それを見守る70超えた父と母。
茫然自失の元幼児30歳。
その横に、藝大首席。
なんだこれは。どうしてこうなった。
第一、まだ婚約前だというのに、私の下手な演奏に幻滅されて、「こんなに音楽的センスがない人と結婚なんてありえない。別れよう」……とか言われてしまったら!? いきなり破談の危機である。冷や汗が流れ出す。怖くて坂東の表情を確かめることもできない。
画面の中の私は、ツーサイドアップの髪を揺らして、ヘンリー・ビショップ作曲「ホーム・スイート・ホーム変奏曲」を演奏している。未来の結婚相手に見られるとも知らずに。
坂東は度々「お、すごいじゃん」「へえ、できてるできてる」と声を上げて反応している。いや、どんな心境?
「すごいねえ。こんなことできたんだねえ」
……親か???
確かに映像の中の私は、それなりに堂々と弾けている。楽器を構える動きもキビキビしていて別人みたい。一応は練習の痕跡が見える。左手のビブラートもポジション・チェンジも必死に習得したのだ。まあ全部忘れちゃうんですけど……。
映像が一通り終わり、残るはリアクションだ。母は坂東に期待のまなざしを送っている。自分の成果(母の指導によるヴァイオリン上達)を褒めて欲しいのだろう。まさかとは思うが、ここも反応次第で、破談になる可能性がある。緊張感が増す。
普通はこのような状況だと、嘘でも褒めちぎるものだと思うのだが、坂東はやけに冷静だった。「へえー、なるほどー」と何やら感心し、一人で頷いている。
恐る恐る、何がなるほどなの…?と尋ねると、坂東は満面の笑みで答えた。
「ソルフェージュをやらずに、技術だけでなんとかしようとすると、こうなるんだ〜と思って」
ずっこける。どうやら実験対象として興味深かったらしい。顔はにこにこしているので、初対面の人はそうと気づかないが、結構ひどいことを言っている。
ソルフェージュとは、楽譜の読み書きを中心とした音楽の基礎訓練のこと。しかし、なぜわかるのだ。私が子供向けのリトミック教室にちょろっといた程度で、ソルフェージュの基本は何も身についていないことを。演奏だけで見抜くなんて。
この人、怖すぎる。
上機嫌の母をよそに、私は「あー怖……」と呟きながら、母の作った梅シロップジュースをちびちび飲んでいた。
やっぱり「辞めてよかった」
しかし、親はなぜ私に向いてもいない楽器をやらせたのだろう。団塊世代の母は、ピアノ演奏が得意で、音大進学を検討した過去や、ピアノ教室で教えていた経験もある。せめて同じピアノだろう、自分が弾けない楽器を子にやらせるなんて無茶だ、と思う。でもどうやら「ピアノを弾ける人はたくさんいる。娘にはみんなが弾けない楽器をやらせたかった」そうなのだ。
数年前、私が貯金をはたいて買った時計があるのだが、それを見たときの母の第一声が「こんな時計買うくらいなら……ヴァイオリンを買えばよかったのに」だった。ひっくり返った。そんなに思い入れがあるなら自分で弾けばいいのでは。だが、母がヴァイオリンを弾く姿を私は見たことがない。つまり、あくまでも母は「私がヴァイオリンを弾くこと」を望んでいるらしい。
そういえば、父から昔聞いた話を思い出す。父は若い頃、母のピアノの演奏を聴いて「この人と結婚しようと思った」という。一見ロマンチックなエピソードだが、楽器演奏やクラシックを嗜んでいる=「良いお家のお嬢さん」という価値観が当時は強かったのかもしれない。
母は私を擬似的な「お嬢さん」に育てたかったのだろうか。良家で余裕を持って育てられ、音楽的教養にも溢れた娘として箔を付けること。それが「幸せ」だと考えた? そう思うのは行き過ぎだろうか。
母は何も私をプロの演奏家に育てたいわけではなかった。じゃあなんでやらせてたの?と尋ねると、「大人になっても趣味として続けられるし、家で教室を開いたり、手に職にもなるでしょ」という、すごく曖昧な答えが返ってきた。なんとも見通しが甘すぎる。
ここまで読んだ方の中には、「幼少期に楽器をやったおかげで、作曲家と結婚できたのね」と解釈する方がいるかもしれない。ただ、よく考えてみてほしい。幼少期に少し楽器をかじった程度で、プロの作曲家と話が合う、なんてことはほぼありえない。
もし娘が作曲家と結婚したことによって、ヴァイオリンを習わせた過去が母の中で「無駄ではなかった」と正当化されているとしたら、それもちょっと怖い。母の気がおさまるならそれでも構わないが、できればそこは切り離してほしい、というのが個人的な願いだ。
人生最初の挫折。まあ挫折といっても、ヴァイオリンを始めたのは自分の意志ではない。だから、費やした時間以外、全く悔いはない。
日々の練習から解放された私は、大好きな読書に没頭するようになり、作家になる夢を膨らませ、そこから自分の本当の人生がスタートしたような気さえする。今も「あのとき、ヴァイオリンを辞められて本当によかったなあ」としみじみ思う。
しかも意外なことに、素晴らしい演奏家の人たちと交流するようになってから、その「辞めてよかった」という思いは確信レベルで強くなった。中途半端な能力では太刀打ちできない、ということをその圧倒的な演奏から思い知ったからだ。
優れた演奏家には様々なタイプがいる。特にソリストを任されるような人は、技術的に上手いだけではなく、天性の華がある。観客の目を自分だけに惹きつけ、場を掌握し、その音色で心を捉えて離さない。
皮肉なことに、私はヴァイオリンを習っているとき、そういう演奏には出会えなかった。坂東と知り合い、彼の主宰するコンサートに行って、ようやく「圧倒的な演奏というものが存在するのか!」と驚いたほどだ。
幼少期の鍛錬だけでは、演奏のクオリティは維持できない。大人になれば、日々の練習に加え、難曲の譜読み、各地でのコンサート、何日も続くリハーサルや録音、やり直しの効かない本番が日常となる。演奏家の方と話していると、その胆力の強さに圧倒される。私など想像しただけで胃が痛くなる。
両手を並べる。私の左手の薬指は、右手と比べて5ミリほど長い。幼少期にヴァイオリンの弦を押さえ続けたせいか、薬指が長くなったのだ。今となっては、それがヴァイオリンをやっていた唯一の名残かもしれない。
左手の薬指といえば、結婚指輪をイメージするものだが、私にとってはキーボードの「S」に触れる指だ。演奏家が楽器に両手を捧げる姿はどこか神聖に見える。私もそのように書くことはできないか。今日も詩人の「S」に指を置く。
ふづき・ゆみ
詩人。1991年北海道生まれ。10歳から詩を書きはじめ、高校3年の時に発表した第1詩集『適切な世界の適切ならざる私』で中原中也賞、丸山豊記念現代詩賞を最年少18歳で受賞。詩集に『屋根よりも深々と』『わたしたちの猫』『パラレルワールドのようなもの』(富田砕花賞)『大人をお休みする日』。エッセイ集に『臆病な詩人、街へ出る。』『洗礼ダイアリー』。夫は作曲家・坂東祐大。2023年度より武蔵野大学客員准教授。


