プロローグ
ABEMAで無料配信中の『世界の果てに、東出・ひろゆき置いてきた』で、南米を旅する東出さん。その撮影の裏では、どんなご飯を食べていたのか、そして現地の食材をどんなふうに調理していたのか、ここで書いていただきました。全5回のミニ連載です。
第1回目となる今回のエッセイは撮影がスタートする前。エクアドルについた初日の東出さんです。どうやらスタート地点もゴール地点も知らされていなかったそうです…。
エクアドル入国。
現地時間は昼過ぎ。
日本を発ち、メキシコで乗り換え、そこから聞いたことない都市(キト)で飛行機を乗り継いで、聞いたことない都市(グアヤキル)に辿り着いた。
日付変更線を跨(また)いだり、メキシコで10数時間の待機時間を過ごしたり、朝なのか夜なのか、果たして今はいつなんだか分からない時間を機内で多く過ごしたために、今が何月何日なのかを考えることはとうにやめていたが、体感的には日本を発って2日弱過ぎたのではないかと思った。
赤道直下の照りつける太陽光はやはり暑く、なにより湿気でうだるような暑さ。出来ることなら、着ているTシャツすらも引きちぎりたいくらいだ。
とにかく今日は、空港から西に1時間半くらい行った宿に泊まるらしい。
スタート地点は教えてもらえていない。
ロケが始まると自分たちで移動手段を考えるが、スタート地点までは番組の制作スタッフさんの用意した交通手段で移動する。
本来の「旅」とは、事前に能動的に企画し、計画し、これから巡るであろう未知の土地の風景や食文化に妄想を膨らませつつ、胸を躍らせる時間がある。しかし、ABEMAの『世界の果て~』という番組は、
「スタート地点は教えられません。」
「ゴール地点もまだ言えません。」
「とにかく、ロケが始まる時に説明します。」
と、茫洋(ぼうよう)とした表情で豊川Dが繰り返すだけなので、
「豊川さんも俺と同じでなにも知らされないで飛ばされて来ただけなのでは?」という心の声は再生しなかったことにして、ボーッと、炎天下で寝そべる南米の野良犬みたいな受動の極みで臨むしかない。
いや、むしろ「臨んで」すらいない。ただ、待つことしかできないのだから。
1時間ほど車に揺られ、当たり前のようにタイヤはパンクし、交換し、再度走り出して10分くらいのところで現地スタッフが車を停めた。
「ここで昼飯を食おう!」
これからの旅、いつ資金難に襲われて食えなくなるか分からない。「食えるうちに食っとこう!」と前向きに思っても、真冬の日本から来たばかりの体に真夏の赤道直下のエクアドルが与える寒暖差はエグい。
時差ボケもある。
とりあえずキンキンに冷えた地元のビールを流し込み、気だるく火照った喉の熱さを冷やしてから、運ばれてきたパセリのような緑が散らされた澄んだスープを、薄っぺらいスプーンでひと匙すくい、口元に運ぶ。
「……ウマい。」
唸った。
正直、食欲もないなか、味の期待などしていなかったが、スープなのにガツンと塩気が効いていて、透き通った色からは想像も出来ないほど動物性の出汁の深みが出ている。美味い参鶏湯(サムゲタン)の切れ味冴え渡るバージョンのような味だ。
このスープの衝撃が今も脳裏に強く残り、残念ながらその後その店で食べたバナナのフライと肉料理はあまり印象に残っていない(入店が15時過ぎとランチタイムはとうに過ぎていたため、店側は数時間前に作ってなかば残り物のようになっていた飯を出してくれたのだろう)。
初の南米料理に時差ボケと肉体疲労を宥(なだ)められ、ちょっと元気を取り戻して食後のまったりしたひと時を過ごしていると、後ろのテーブルの輩(やから)たちに声をかけられた。
入店前、店の入り口に近付いた時から気づいていたが、店に入ってすぐのところに白い服を着たオッサン4人と派手な化粧で露出多めのお姉さん(おばさんと呼ぶと怒るタイプのお姉さん)2人が、店内のBGMをガン無視で、自分たちのスピーカーから爆音でラテンミュージックをかけ、卓上に何本もビールの空き瓶を転がし、真っ昼間から「ヒーハー(hee-haw)!!」とやっていたのだ。
「おい!どっから来た?」
「ハポン(日本)」
「遠いな!よく来た兄弟!」
「(一同)ゲラゲラゲラ……」
こいつら全員酔っ払ってて、完全に浮かれポンチである。と、内心白い眼差しを向けながらも、“敵意はありませんよアピール”をしたがる日本人の典型例のような私は、ニヤニヤした表情を顔に張り付けながら「何してるんですか?」と愚にもつかない質問をした。
「仕事中にランチさっ!!」
「(一同)ドッヒャッヒャッ!!!」
飲んでるだけだろ!何が仕事中だっ!!と心の中でツッコミを入れそうになったが、一瞬でもそんなツッコミを思い浮かべた自分が恥ずかしくなるくらいに堂々と、豪快に飲んでいる。
お姉さんが絡んでくる。「一緒に踊らない?」
「いやいやいや!」と心底めんどくさそうに断ると、オッサンが「恥ずかしがるな、ハポン!こうやって踊るんだ!」とお姉さんの腰回りに艶かしく手のひらを這わせ、踊る男女は互いのリズムを感じるように身体を上下させ、音楽と一体になる。
俺は何を見せられてんだ。と思う光景が十数分続いたか、ふと、席中央に座るティアドロップのサングラスをかけたリーダーみたいなオッサンが立ち上がり、店員を呼んでぶっきらぼうに会計をした。よほど来慣れているのだろう、心得た店員とのやりとりは一瞬だった。
一番端の席に座っていた男も、テーブルの隅に手をついて体を支えながら立ち上がる。ヨロッとしながら「おっと、飲み過ぎた」。
「(一同)ギャハハハッ」
リーダーのオッサンが楊枝を咥え、テーブルの上に置かれていた帽子を颯爽と被った。「仕事戻るか。」キリッと、凛々しい顔をしている。赤ら顔で。
「仕事って?」そう聞く私にハッキリと、
「俺らはポリスだ。交通違反を取り締まる。」
そう言い切ったリーダーの野太い声には自信が満ちていて、僕は分厚い手でガッチリ握手をされた。
「ハポン。良い旅をな」
オッサンは千鳥足でSUVのパトカーに向かい、そのまま酔っ払い警官どもは、レストランの向かいの幹線道路を走り去っていった。
旅はまだ、始まってすらいない。
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1988年、埼玉県出身。2004年「第19回メンズノンノ専属モデルオーディション」で優勝。2012年、映画『桐島、部活やめるってよ』で俳優デビュー。同作で第36回日本アカデミー賞新人俳優賞など数々の賞を受賞。その他さまざまな映画に出演中。2024年2月公開の映画『WILL』は、自身の狩猟生活に密着した初のドキュメンタリー映画となった。
しばしば旅のコックとなる。