東出昌大の南米飯日記

第2回

#1 ウツボをおいしくする調味料

2024年5月27日掲載

#1と#2で、釣りにでかけた東出さん。

船酔いで倒れる豊川Dの横で、じゃんじゃん魚を釣っていました。

今回はそこで釣り上げたウツボのお話。

エクアドルの一般家庭の台所、そして家族の暮らしと空気が伝わってきます。


#1~2に出てくる『猥談大好きウィンストンさん』の案内で釣りの後に連れてきていただいた家は、ウィンストンさんのお隣さんの家だった。

家主のお母さんはクリーニングのお仕事で普段の生計を立てており、ウィンストンさんがお連れした釣り客のお魚を色んな料理に仕立ててお出しし、その手間賃を家計の足しになさっているそうな。落語の長屋住まいに通ずる古き良き相互扶助の関係性を、遠いエクアドルの地で目の当たりにする。

日本で海釣りをしていると、スーパーには並ばない所謂(いわゆる)「外道」と呼ばれる魚が揚がることがある。ボラ、エソ、コノシロ、エイ、サメ、etc…

「毒がある」クサフグなどは仕方ないが、「味が良くない」「小骨が多い」「調理が面倒」など、人間側のちょっとした努力でなんとかなりそうな理由でポイっと海に投げ返される魚たちを見て、「同じ動物性タンパク質なのになぁ」と勿体なさを感じることがあった。

それが、今回釣り上げてまな板の上にデロンと乗っかった、本日のメインディッシュに供される魚はウツボ。日本では「歯が鋭利で危ない」「仕掛けを切る」「骨が多い」「味が悪い」と散々にこき下ろされ、「最凶の外道」の呼び声が高い。外食産業でお目にかかった覚えがあるのは、地元の特産品を所狭しと並べる高知県高知市の『ひろめ市場』くらいではなかったろうか。

しかしウツボは最近、関東近郊の磯でも増えているという。ここは一つ、エクアドルでその調理法を習得し、日本に帰国後、ウツボを釣り上げて阿鼻叫喚の状態にいる釣り人の横で「拙者が美食に仕立てて進ぜよう」と自信タップリ威厳ミチミチで言ったら、さぞ羨望の眼差しを得られるのではないかと妄想が捗った。

お母さんの手元を注視する。

長細い身体を20cm幅くらいでぶった斬ると、長方形の切り身になった。「細かく鋭く硬い骨が多い」と定評のあるウツボだから、ここからなにか下拵えの工夫を凝らすのではないかと予想したが、もう下味をつける。塩胡椒して、マスタードとクミンパウダー少々をぶっかける。終わり。

次は野菜。玉ねぎをスライスし、トマトとピーマンを適当な大きさに切り、千切りのパクチーと炒める。この時、鍋にしかれた油が鮮烈に赤く、ラベルには『Achiote』と書かれているのが目に入った。

このアチョーテオイル、帰国後調べると「熱帯アメリカ原産のベニノキから採れる種子を炒めてつくるオイル」らしく、現地のスーパーマーケットには色んな種類のアチョーテオイルが陳列されていたが、日本ではネットを検索してもなかなか引っ掛からなかった。

現地で油だけで舐めてみたが、味や個性があるという訳でもなく、サラダ油に少量のパプリカパウダー混ぜたような、特に印象の無い味だった。

しかしエクアドル、ペルーの一般家庭ではサラダ油の要領で多用されるため「本当の現地の味を再現」と言われれば、やはり必要な調味料の一つになるかもしれない。

いやしかし、今の時代、世界中の大概の物はオンラインで容易に手に入ると思っていたが、地球の反対側でポピュラーな調味料がネットを検索してもなかなか買えそうにないというのは、まだ世界の広さに余白があるようでちょっと安心する。

東京駅で『白い恋人』や羽田空港で『ハワイアン・マカデミアナッツチョコレート』を見かけた時に「ここで売らんでも!」と思った気持ちに似ているのかも知れない。

調理に戻る。

炒めた野菜の上に下味をつけたウツボを並べ、ウツボが浸るくらいまで水を足し、蓋をして10分ほど煮込むと完成。

その横では魚とバナナが揚げられ、米が炊かれていたが、改めて「煮たり焼いたり揚げたりと、世界中の料理の基本は変わらないんだなぁ」と思った。

もしかしたら台所に立つお母さんの姿が、私が子供の頃に見た母の姿に重なるところがあって、余計そう感じたのかもしれないが。

この家には16歳の長男と14歳の長女、10歳の次男がいた。お母さんの指示に従いながらテキパキと調理補助をやるその姿に「親を手伝ってやってる」みたいなイヤイヤな素振りは全く無く、年頃の長男に「料理はよくするの?」と聞くと、キョトンとした顔で「当たり前じゃん」と返ってきた。

長男はソースやレモネードにする為のレモンを何十個分も搾っていた。長女はお皿を並べたり、調理用の水を汲んだりしていた。次男は皿洗い専用の水を大事に使いながら皿を洗っていた。みんながお母さんの横で。

レモネードは一から作らないといけない。ジュースを買うのは高いから。調理用の水は甕(かめ)に入っているものをちょっとずつ使う。飲める水は貴重だから。食器を洗う水は屋上のタンクに貯まった雨水だから、使いすぎると無くなる。だからちょっとずつ使って丁寧に汚れを落とす。

ガスがある以外は江戸時代のような調理場の環境かもしれないが、この不便さを乗り切って美味い飯を食べるには、家族が一致団結して調理にあたらねばならないのだと納得した。

「年頃とか反抗期とか無いの?」と聞いたとき、お母さんも長男も「何それ?」と初めて聞く言葉のように不思議がっていたが、そんなちょこざいなことを言っていられるのは『スーパーのお惣菜、冷凍食品、コンビニ飯、デリバリーetc…』と、便利が行き過ぎた結果なのかもしれないなと、仲の良さそうな親子の背中を見て思った。

屋外にテーブルを出し、木陰で食べた料理は美味しかった。ウツボは「確かに骨は多い」が「気の良いウィンストンさんに連れてってもらった磯で釣って、お母さんに現地のレシピを習い、家族全員で調理した食事」なら、前向きに食べる心しか抱かない。

南米エクアドルの家庭料理をいただきながら「食のあり方とは」とまた考えた。


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前回の旅をまとめた書籍。
ひろゆきさんとの関係が深まる過程が描かれています。ちょっとずつ距離を縮めていくお二人の様子がたまりません…。

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著者プロフィール
東出昌大

1988年、埼玉県出身。2004年「第19回メンズノンノ専属モデルオーディション」で優勝。2012年、映画『桐島、部活やめるってよ』で俳優デビュー。同作で第36回日本アカデミー賞新人俳優賞など数々の賞を受賞。その他さまざまな映画に出演中。2024年2月公開の映画『WILL』は、自身の狩猟生活に密着した初のドキュメンタリー映画となった。
しばしば旅のコックとなる。