東出昌大の南米飯日記

第4回

#11 日本人に合う食事“ソパ”

2024年7月8日掲載

南米の旅も2カ国目の長〜いペルーを終え、国数で言えば5分の2だが旅程は半分を過ぎた。

身も心もジリジリと焦がす海岸線を抜け、清涼な風が心地良い高原地帯かと思えば標高は一気に4000mを越え、大アクビを30秒おきに催すほどに空気が薄くなる。ペルーのアンデス地方や3カ国目のボリビアは山岳地帯のため、街は坂だらけで歩いているだけでもゼェハァゼェハァ肩で息をする。

海産物はすっかりなくなり、いよいよ南米大陸の定番飯“肉ばっかり”の食生活が始まった。

バスで移動し、軍資金もギリギリの旅は、自然と安いファストフードになる。そして最安のファストフードは、現代においてはほとんどがチキン、たま〜に豚か牛になる。揚げ、焼き、揚げ、揚げ、焼き、茹で、揚げ、揚げ。

「旅の疲れと高山病克服のために、肉でもガッついて力をつけよう!」は精神論としてはそれっぽいが、ここまで科学が発達した現代においては「フルーツかお野菜か、消化の良いちょっとの炭水化物を食べて、多くの水分を摂り、出来るだけ安静にする」が最善である。

しかし、旅番組という企画の性格上、ある程度土地の物は率先して食べねばならないし、長いバス移動で頭の芯がボウっと熱を持ったような寝つきにくい晩は、冷えたビールを流し込んで体の奥を冷やさねば眠り難い。そうするとジリ貧のように疲れが溜まるという旅の負のサイクルにハマってしまった。

先ずぶっ倒れたのは豊川Dだった。放送にはなかったが、工藤夫婦と出会ったトルヒーヨの晩に、豊川Dに肩を貸してホテルまで帰った。

その後も気力を奮い立たせていたが、高山病は熱射病や脱水症状と違い予防もしづらく、目に見えないダメージを日々確実に喰らうため、回復もし難い。

チチカカ湖畔の宿でバスターミナルで買ってきたチーズをつまみに赤ワインを飲んだ翌日、力なく、しかしだからこそハッキリと「ちょっとダメです」と発音し、ぶっ倒れた。

「肉はもう懲り懲り!」と叫び出したい私達。現地の食べ物で、ギトギトボロボロのこの身体に合うものはないのだろうか?と、アンデスの神々に祈るでもなく夕陽に赤く燃える山々を眺めている私の耳元で、現地コーディネーターのオスカルさんがボソッと囁いた。

「ボリビア入ったらソパデフィデオ食べてください。美味いですよ」

普段、私達の自主性に任せるために、一切助言をしないオスカルさん。出発地点のプラタ島で島の地理が分からない私が「あっち行ってみますか!」と1時間以上も遠回りになる道を歩こうとしても「そっちは遠回りです!」とは言わず、一緒に歩いて熱中症でぶっ倒れたオスカルさん。

ラパスのナイトクラブで恥ずかしがるオスカル青年を勇気づけようとする私を認め、私が「ピスコサワー」とバーテンダーに注文するとそれを裏でグラスからピッチャーサイズに変更し、援護射撃をしてくれたオスカルさん。

そのオスカルさんが薦める料理。興味がそそられる。

「ソパデフィデオってなんですか?」

「スープです」

「スープゥッ!?」

話を聞くと、ボリビアはインカ帝国の名残りそのままに、とにかく高地に発達した都市(首都ラパスは標高3500mで世界一高い首都)が多いため、身体から水が蒸発しやすいからよ〜く水分を摂らないといけないらしい。そんな土地でカロリーも手軽に摂取でき、胃にも優しく、味も良い伝統的な料理、それがソパデフィデオだったのだ!

南米大陸に上陸してから色々食べた。バナナ、トウモロコシ、イモ、パン、セビーチェ、肉、ニク、にく。

毎食、食えることに感謝はある。ありがとう五穀豊穣の神よ。しかし、遠い祖国のソバとかラーメンとか、さっぱりした汁物の中にすすり易く喉ごしの良い麺類が入った食い物を、あっさりズズズッとやりたくなってきていた。いい加減日本食が恋しくなってきていた。いや、「肉塊と揚げ物はもう無理!」と、五臓六腑が悲鳴を上げていた。

それからターミナルで止まる度、街に出る度、マーケットを歩く度、何かにつけてソパデフィデオを探した。

結末から言えば、ソパデフィデオは無かった。想像し、文字通り喉から手を出してまで食べたかったあっさり塩味のヌードルは無かった。

しかし、最後までソパデフィデオに会えないもんだから、求めるあまりいく先々でソパ(スープ)を頼みまくった。結果、ボリビアはソパに助けられて、乗り切ったと言える。

高地の日差しはチリチリと肌を焼く。「キツい」と口に出すほどではないが、現地の方々が真っ黒に日焼けをしているようにやはり高所ならではの気候だ。空気はカラッカラのため、汗をかいたそばから乾くため衣服は濡れない。しかしそれほどに乾燥していれば、無性に喉が渇く。

そんな土地で日陰のあるテラス席に座り、塩味のあっさりとしたソパデマニ(豆のスープ)を口に運ぶ。干上がった身体は塩気と水分を欲し、ペースト状に砕かれたピーナッツが溶け込むスープは、旅の疲れで食の細くなった身体に充分なカロリーを染み渡らせてくれる。冷えたビールとスープの応酬。今日も何だか色々あったけど、明日も頑張ろう。と思わせてくれる。

南米飯の中では日本人に合う食事“ソパ”。旅の途中で、もしくはボリビアで、あらゆることに疲れたら是非、癒されてみて下さい。

著者プロフィール
東出昌大

1988年、埼玉県出身。2004年「第19回メンズノンノ専属モデルオーディション」で優勝。2012年、映画『桐島、部活やめるってよ』で俳優デビュー。同作で第36回日本アカデミー賞新人俳優賞など数々の賞を受賞。その他さまざまな映画に出演中。2024年2月公開の映画『WILL』は、自身の狩猟生活に密着した初のドキュメンタリー映画となった。
しばしば旅のコックとなる。