東出昌大の南米飯日記

第3回

#3 バス旅に中指を突き立てる

2024年6月3日掲載

今回は、番組の裏側…現地の撮影隊の過酷さが伝わってくる原稿でした。

高橋Pに届け、この思い。

そして幻のセビーチェ、本当に美味しそうです。

ライム農家の方、ご連絡をお待ちしております<m(__)m>


「陸路のみで南米を進む」

南米でバックパッカー旅をした経験がある人なら、この縛りプレイがいかに“不毛”で“無茶”か、分かる。

番組内でも触れたが南米大陸にはアンデス山脈とアマゾンがあり、これらの地域を陸路だけで、しかも旅という限られた日数の中で走破するのは現実的に不可能である(アマゾンを通るコースも計算したが、2ヶ月は必要)。

そして、番組のゴールとする大西洋の見える海岸(ブラジル)まで行くにはどうしたって移動しやすい高速道路的なところを走りたい。

東京から名古屋に行くのに東名高速道路を使えば4時間だが、下道だけで行くと9時間かかる。じゃあペルーのいわゆる高速道路っぽい道はどこにあるのか。これはズバリ、『1N』と呼ばれる海岸線をひた走る道しかないのだ。

「旅番組」で、むしろ番組ということは忘れて「旅」でも良い。旅で、ひたすら海岸線を走るとどうなるのか。

答えは‘飽きる’。

来る日も来る日も魚を食べ、海から吹くジメジメした熱風を受け、口をついて出る言葉は「アチぃな」だけ。でも移動しないといけないからバスに乗り込み、車窓の外を流れる変わらない海岸線を眺め続ける日々。

青森と高知の漁港は寒暖の差ゆえに趣きや海産物に違いがあるが、温暖一色で塗り固められたエクアドル、ペルーの漁港は沼津と熱海くらいの違いしかない。ペルーの国土は日本の3.4倍だから、その光景がず〜〜〜〜〜〜っと続くのだ。

飽きるっ!

だからたまにはクエンカやワラスなど山岳地域に行かねばと思い、遠回りと分かっていてもそっちに向かうしかない。だって文化、風俗の違いを楽しむのが旅であるわけだし、伊豆で煮魚、沼津で刺身、熱海で焼き魚を食う旅番組は盛り上がらないのである。

悪しき大本営の習俗を残すプロデューサー陣は、放送するためのVTRを編集しながら「人はなぜ旅をするのか」などと壮大なそれっぽいテロップを入れるが、灼熱の太陽光を背に浴びながら行軍する現地部隊の率直な声としては「うるせー! 知るか! 早くペルーを抜けてぇんだよ! ってかペルーなげぇよ! 海岸線ずっと下ってったら番組面白くなんねぇぞ! 企画雑過ぎんだろ!ボリビアまだかよ!」である。

冒頭でも語った、

Q、なぜ旅行者は陸路のみで南米を旅しないのか?

A、つまんないから。

である。

でも、そんなつまんない日々にも少しの楽しみを見つけられるのも人間である。

獄中で過ごす男が、毎日訪ねてくるゴキブリに餌をあげるうちに愛着がわき、忌み嫌っていた虫ケラに愛情を傾けるようになった物語を読んだことがあるが、私にとっての不毛な日々の中で繰り返すうちに愛着がわき、気づいたら依存の対象になっていたもの。それは、何を隠そう『セビーチェ』であった。

セビチェ(wikiによるとこう表記するらしい)はペルーで生まれた魚介のマリネ。マリネってものがそもそも我々日本人に馴染みが無いが、嘘か本当かエクアドルのウィンストンさん曰く「その昔、日本から遠洋漁業で来た漁師がペルーで生魚を刺身で食いたいと言った。でも醤油が無いから代わりにレモンをかけたらそれが現地人に流行って、セビーチェが生まれた」らしい。だからと言っちゃあなんだが、日本人の舌に合うし、何より店によって、地域によって、作り方が違うから面白い。

日中あっつ〜い海岸線をさまよって火照った体に、夕食時の冷えたセルベーザ(ビール)とセビーチェは格別に美味く感じる。

何食セビーチェを食ったか分からないが、これから南米の海岸線に行く可能性がある読者さんがいるかもしれないから、私なりのオススメセビーチェをご紹介したい。

第3位は、ピウラからトルヒーヨに向けて進むバスの中で食べたセビーチェ。これはバスターミナルの一般的な売店、日本で言うところのサービスエリアのフードコートくらいお手軽な店で作られたものだったが「そんな店でも美味い」は、番組中もひろゆきさんが発言されたように、「この地域がセビーチェに対する思い入れが強い」証なのかも知れない。

そして第2位は、やはりと言うか、ピウラで晩飯に食べたセビーチェ。これは美味かった。ペルーのセビーチェは汁気が少なく、魚の切り身がベロっと分厚くて、それでいてライムとお出汁がしっかり染み込んでいるから柔らかく、噛むたびに白身魚のジューシーな肉汁が口の中にほとばしって美味かった。

ほんで第1位は、プエルトロペスの漁師のおっちゃん3人と食べたセビーチェ。

日本に帰ってからも、あの味が食べられないか、しょっちゅうネットで検索をしている。そして東京広しといえど、このタイプのセビーチェを出している店が無いのだ。

このセビーチェの特徴は、まず“ビシャビシャであること”だ。

魚介からとったお出汁なのか、そのスープはキンキンに冷やされ、大量のライムと混ざり、そこに新鮮な魚介類がブチ込まれて、うっすら遠くに控えている品の良いスパイス達が香って全体の調和をとっている。

ガチガチに冷えたビールで喉を潤した直後に口の中いっぱいに頬張って食べても美味いし、マスタードとケチャップで味を濃くしたものをチビチビ食べながら、暮れなずむ海を眺めて酒を飲んでも美味い。

そして欧米の食文化ではあまり見られないタコが入っている。クニュっとした白身魚と刻まれたタマネギだけでも十分美味いのだが、タコ特有の弾力のある歯応えと、タウリンを多く含んだ生命力を感じさせるその確かな味が、身体中に力をみなぎらせてくれる。

このビシャビシャのセビーチェを食べてから、行く先々で「またあ〜ゆ〜セビーチェ食べたいなぁ〜」とぼんやり考え続けていたのだが、ついぞ出会わなかった。

帰国して久しいが、今でも食べたくなる。自分で作ろうと思うこともあるが、なかなか作れない。その最大の障壁は、「とにかくいっぱいライムを使う」ことだ。

エクアドルで家庭料理を手伝っていた時に「レモネード用にレモン搾って〜」と言われた。卓上にはゴロゴロと、緑色のライムっぽい柑橘があった。気候なのか品種なのか、南米では皮の固い緑色のレモンを大量に使うのだが、これが日本で売られている黄色いレモンとは、風味からさっぱり加減まで全然違う。マジでライムの味なのである。

しかし、日本はとにかくライムが高い! スーパーでライムなんて買おうもんなら、1個300円くらいする。エクアドルの勢いでライムを搾ったら、それだけで4000円くらいする。だから世界中の美食が集まる東京ですら、あのセビーチェは食えないんだと思う。まったく。どこかにないかなぁ……。

そして実は、番組では放送されなかった『幻のセビーチェ』話がある。

それはピウラで食べれるらしい、高級魚クエのセビーチェだ。

エクアドルにいる頃から、エクアドルの漁師さんが「ペルーは美味いセビーチェがいっぱいあるぞ」と語っていた。エクアドル国籍の漁師だとて、ペルーの港はしょっちゅう使うから、その経験の中で語られた実感のこもったレビューだった。

そしてペルーに入ってみると「どこどこの街のセビーチェが一番だ」と話を聞くようになり、それぞれの意見を統合した結果、「そこそこ大きい港湾都市ピウラの、そこそこ値段のする店の、高級なクエを使ったセビーチェは奇跡的に美味い」という話に至った。そしてこの説を実体験たっぷりに鬼推ししてくれたのが、エビの貿易を私たちに薦めていたマチャラの屈強なフィッシャーマン、トニーさんだった。

彼は言った。「ピウラでクエを出す店を探せ」と、一言だけ。

残念ながらバスの都合でピウラの街に到着したのが22時頃になり、セビーチェを出す名店には辿り着けなかったが、もし今後またペルーに行く機会があるのであれば2〜3日ピウラに滞在して、人生観の変わるほど美味いセビーチェを食べてみたいと思う。

番組をお楽しみ頂いている皆様が、何かの気の迷いで「南米行ってセビーチェ食おう」ともしお考えになったら、是非プエルトロペスとピウラを覚えておいて下さい。そして万が一、両方の都市に行くことを計画されることがありましたら、都市間の移動は必ずや空路で行ってください。definitely.絶対に。

バス旅に中指を突き立てて、この度のコラムを〆たいと思います。


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前回の旅をまとめた書籍。
ひろゆきさんとの関係が深まる過程が描かれています。ちょっとずつ距離を縮めていくお二人の様子がたまりません…。

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著者プロフィール
東出昌大

1988年、埼玉県出身。2004年「第19回メンズノンノ専属モデルオーディション」で優勝。2012年、映画『桐島、部活やめるってよ』で俳優デビュー。同作で第36回日本アカデミー賞新人俳優賞など数々の賞を受賞。その他さまざまな映画に出演中。2024年2月公開の映画『WILL』は、自身の狩猟生活に密着した初のドキュメンタリー映画となった。
しばしば旅のコックとなる。