2024/12/09-2024/12/
2024/12/09 月曜日
文芸誌『すばる』締め切り。今月も厳しかった。
怒り、悲しみ、喜びといった感情がわき上がっているとき、心が騒いでいるようなときは、何かを書くといいと思う。そういう時は、普段言えないことだとか、我慢していること、あるいは恥ずかしくて明らかにしてこなかったことを、今こそ書いてしまおう! という、半分やけっぱちな気分になるわけで、そういう時の文章はたいがい面白いことになる。だから、今日はなんだか心が揺れているなと思ったら、このような日記でもいいので、さらっと書いてみるといいんじゃないかな。べつに上手く書く必要はないし、そもそも上手い文章ってなんだ? 何も気にせず書けばいいと思う。
最近、どうすれば文章が書けるようになりますかという質問を頂くことが多いけれど、とにかく、一行でもいいので書くことで、スタートを切ればいいのではないかしら。
私も毎日、何かを書いている。下らないこと、悲しいこと、面白いこと、時には憎しみに満ちた文章を、誰も見ることができないファイルに綴り、暗い目をしていることだってあるのさ……
2024/12/10 火曜日
テオにフィラリアの薬を与える。ハリーはフィラリアの薬でも、なんでもかんでも、さっと飲める犬だった。テオは意外にも神経質で、フィラリアの薬を一旦、じっと眺めてから、しばらく考えて、ようやく口に入れ、そこから首をひねったりして、結局、口の横から捨てたりしている。テオ〜、あんたのいいところは素直な性格なんだからさ〜とかなんとか言いつつ、ハリーが残していった「エナジーケア」という栄養食をたっぷりまぶして与えたら、喜んで食べた。そしてにっこり笑顔だ。ゴールデンはこの笑顔がいい。
テオも随分成長した。骨格が大きく、よく食べるがあまり肉がつかない。運動が好き、人間が好き、いたずらが好き。明るい若犬。とてもいい子だ。たしか今月で2歳になるはずだ。
2024/12/11 水曜日
義母の通院日……だったはずなのだが、すっかり忘れていた。私が忘れていたということは、もちろん夫も忘れていた。忘れていなかったのは、義父である。朝イチに固定電話が鳴って、震える声で、「今日はかあさんの病院の日じゃあないのか」と確認があった。認知症外来は午後の予定だったが、一旦こうなってしまうと気持ちが奮い立たない。待ち時間がかなり長いのもネックだ。夫はこの時すでに出社してしまっていた。私にも仕事があるし、今日は締め切りがある。ついでに、義母はすでにデイサービスに行ってしまっていた。
「今日は受診できないので、キャンセルしておきます」と義父に伝えてため息をついた。今日行けないということは、また別の日に行かなければならない。私が付き添うか、夫が付き添うかの攻防を、またやらなくてはならない。
2024/12/12 木曜日
「なんで忘れるんだよ」
「あんたこそ、なんで忘れるんだよ。自分の親だろ」
という、この世の「イヤ」をすべて詰め込んだみたいな会話をして一日が始まった。
昼間、仕事に疲れてふて寝していたのだが、義母の顔がぼんやりと浮かんできて、「きっと彼女だってこんな状況を望んではいない」と思い直した。しっかりした人だったし、プライドの高い人だったから、今の状況を知ったら打ちのめされちゃうよな……。
誰かのためではなく、自分の中にある正義みたいなものに従い動くことで正しい方向に進むはずだ。
そう考えて、寝直した(パワーを蓄えるため)。
2024/12/13 金曜日
メンタルクリニック。特に具合が悪いというわけでもないので、先生との会話もあっさりとしたものだ。待合室でも、自分で言うのもなんだが、私がダントツで元気そう。
私はとにかく、眠ることが出来れば大きな問題はない。毎度聞かれるのは夢の内容で、今回もそうだった。
先日、久しぶりに超大作を見た。誰かの夢の話ほど、どうでもいい話もないと思うので詳細は書かないが、目覚めた瞬間、視界に幻影のようなものが残っていて、天井から赤い顔をした鬼のような生き物が口を大きく開けて、私に向かって吠えていた(ように見えた。あるいはその時もまだ寝ていて、それ自体も夢だったのかもしれない)。脳の働きの不思議さにちょっと魅了された。
おじいちゃん先生は元気でした。私が話をするとニヤニヤ笑っている。
2024/12/14 土曜日
「かあさん、マコモ湯って知ってる? 一ヶ月間、お風呂のお湯を変えていませ〜んっていうやつ?」と息子が言う。「マコモ湯は知ってるよ。その、変えていませ〜んっていうキャラは、私が知っているマコモ湯の持ち主とは若干印象が違うけど」と答えると、動画を見せてくれた。全然違う。私が知っているプロ節約家の小幡さんとは別人のギャルだ。
数十年前、平日午後放送のゴシップ番組を席巻していたとある女性がいた。マコモ風呂おばさんと呼ばれていたのだが、それが節約生活プロ活動家の小幡玻矢子さんで書籍も多く出版されている。真菰(マコモ)という草を粉にしたものをお風呂に入れて、真っ黒になったそのお湯を、何十年も使い続けていることで有名だった。あっけらかんとした女性で、ただ単に節約が好きで、無駄が嫌いという印象だったが、令和になってTikTokのネタになっているとは驚きである。
早速私もいくつかTikTok動画を見てみたが、マコモ湯を飲んでみました! など、生活習慣も節約に対する思いも、本家とはかけ離れている印象を持ったのであった。
2024/12/15 日曜日
来年は出張が多く予定に入っているので、一人で冷凍食品の試食会を行っている。もう成人している子どもたちの食事なんて心配しなくていいし、ましてや、50をだいぶ過ぎたおっさんなんて放置すればいいと世の人達は言うでしょうが、おっさんは確実に放置でいいとしても、18歳の息子たちが腹を空かせるのではと考えると、せめて冷凍食品でも置いておけばチンぐらいはするだろうという気持ちが出てくる。これが母の呪縛だろうか。
いろいろと試食をしてみたが、一番美味しかったのは日清焼そば 大盛り1.5倍(冷凍)だった。なんだかうれしくなって、息子たちに「冷凍食品の焼そばもかなり美味しいね!」と送ったら、返事は「おけ」と「うん」だった。
2024/12/16 月曜日
月曜日の朝9時に、部屋がきちっと片づいていると、相当気分が良い。火曜でも木曜でもなく、月曜だ。日曜の午後の憂鬱を断ち切るかのように、月曜は朝7時ぐらいからエンジンをかけて、部屋を掃除する(私の場合はメインの仕事場であるリビングを重点的に)。
本当に不思議なことに、素晴らしい気分になる。素晴らしい気分になったうえ、月曜の午後にやるはずの家事はすでに片づいている。キッチンがきれいになっていると、夕食のしたくも手早くできる。すべて自分に都合のいいように、一日をスケジュールしていくことは可能なのだと、この年になってもまだ考えたりしている。主婦歴は相当長いのに、少し遅くはないだろうか。もしかしたら、家事から解放される日は来ないと覚悟を決めたのかもしれない。
2024/12/17 火曜日
料理をしながらドキュメンタリー番組を観た。
仮釈放された無期懲役囚のほとんどは、住む場所がなかったり、身元引受人がいないそうだ。なぜかというと、多くが25年以上にわたって服役を経験しており、その間に家族との関係が途絶えたり、両親が亡くなったりしてしまうから。無期懲役囚ということは、それなりに重大な犯罪に手を染めたわけで、親戚と言えども関係を切りたいと考えるのは致し方ないことだと思うが、そういった仮釈放された無期懲役囚を受け入れる施設がある。彼らに部屋を与え、少しずつ塀の外の社会のルールを教え、あくまで仮釈放中である彼らが再び問題を起こさないよう(そして再び塀の内側に戻されないよう)、指導していくのだ。なんという徳の高い人達だ。
驚いたのは、仮釈放された無期懲役囚が社会に出てハマってしまうのが、お酒とキャバクラということだ。
久しぶりの外の世界に感激している彼らにかけられる最初の言葉が、
「酒を飲まない! キャバクラに行かない!」
なんともいえない気持ちになったよね……
2024/12/18 水曜日
SNSアプリ、mixi2が登場した。昔のツイッターの雰囲気がある。
和やかでいい感じだが、さてどうだろう。……私自身は続かないような気がしている。だからと言ってXが最高というわけでもなく、SNS全体が「もういいでしょう」という気分だが、世の中的にはどうなのだろう。
2024/12/19 木曜日
パリス・ヒルトンの自伝のゲラを編集者さんに戻す。第三校。パリスもブリトニーもそうだけれど、親との関係性の複雑さが長い期間にわたって人生に影響を及ぼしている。スターであればあるほど、親や親戚との問題はつきまとう。一般人から見れば羨ましいほど輝いている生活も、実は戦いの日々なのだろう。
自叙伝を多く読んできたけれど、アルコール、ドラッグ、ギャンブルは身を滅ぼす。これはもう、セレブであっても一般人であっても同じで、この3つのうち、1つでもハマれば、大変なことになる。ダブル、トリプルだったら、命を持っていかれる可能性もある。恐ろしや。
2024/12/20 金曜日
次男と夫がしょうもないことで喧嘩をして、口をきかなくなってから、たぶん、数か月が経過している。親子の間なんて、喧嘩ぐらいして当たり前、むしろ喧嘩できるほうが健全だと私は思っているので、それは問題ないのだけれど、とにかく、暮らしにくい。
狭い家で、喧嘩している二人が互いに避け合っているので、こちらも気を遣う。次男は一階の自室からトイレと風呂以外はほとんど出ない。バイトは早朝のシフトが多いので、朝の5時過ぎから何やらモゾモゾと動き出し、真っ暗ななかバイトに向かう次男。私はその物音を二階で聞いている。男同士の口喧嘩っていうのは、最悪の場合、このまま十年以上続くこともあるんだろうなと漠然と考える。
2024/12/21 土曜日
夫の実家に行く。車を停めて降りると、真後ろに義母が薄着のまま立っていた。驚いて、「ウワッ!」っと声が出た。
薄いシャツ一枚に、義父のパッチをはいていた。「お義母さん、どうしたの!?」と聞くと、義母は涙を流しながら「誰もいなくなってしまった……」と言う。どきっとして実家の寝室の窓を見た。窓ガラスの内側にびっしりと水滴がついている。え、え、え、これ、なに? もしかして義父が風呂で昨晩から煮込まれているとか、そういう状況なのかしら。
「お義母さん、お義父さんはどこにいるの?」と聞くと、「わからない……」と震えながら答える義母。私たちが到着していなかったらこれは近所を徘徊コースだったなと想像していろいろな意味で震えた。下着姿の義母。涙に濡れた顔。この状態で近所を歩いていたとしたら……。胸が潰れそうになった。
夫は義母の姿を見て言葉もなかったようで、呆然と見つめていた。すると義母が、「〇〇〇なの?」と夫の名前を呼んだ。夫は、「そうやで、母さん。こんなに寒い日にどうしたんや? 親父はどこにいるんや?」と聞いた。義母はわからないと繰り返すばかり。「どこに行ってたの?」と夫に繰り返し聞いていた。
私は一歩先に家に踏み込んだが、家中真っ暗で、寝室はもぬけの殻だ。リビングも真っ暗で、義父の姿はない。あとはバスルームなのだが……。夫を呼んで、「風呂場を見てきて。お義父さん、どこにもいないから」と言うと、夫は真っ青になりながらも風呂場のドアを開けた。
「誰もいなかった」と、安心した表情で夫が出てきた。その直後ぐらいに、義父が玄関からひょっこり戻ってきた。私たちが車でやって来るのを、玄関先で立って待っていたというのだ。義父の姿を見た義母はよりいっそう泣いた。私は激怒して(今になって考えると激怒もどうかと思うが)、「お義父さん、お義母さんをほっといてなにしてるんです? あと少しで外に出て行ってしまうところでしたよ!! この寒いのに、こんな格好で歩いて行ったらどうするんですか? 外で待っていたって、意味がわからないんですけど?」と、ここまで一気に言った。
すると、義母は私の背中をさすりながら、「理子ちゃん、ありがとう。そんな風に言ってくれてありがとう。理子ちゃん、本当にありがとう」と言っていた。そこから先は夫が義父に激怒していた。激怒もどうかと思うが、激怒した気持ちはわかる。
義父のストーカー気質のエスカレートへの恐怖心。認知症が進んだ義母に対する、多分だけれど、義父のちょっとした意地悪。夫はそれを敏感に感じ取った。私も同じく、だった。義母を困らせてやろうという気持ちと平行する息子夫婦への執着。
泣いている義母があまりにも気の毒で、すぐに昼ご飯の支度をした。まだ何も食べていないということだったので(義父が「今日は何も食べていない」と言った)、すぐに味噌汁を作って、魚を焼いて、先日宅配サービスで注文しておいた「柿のなます」を出した。
すると、元調理師の義父は、「このようななますは大量生産すると……」と、また本当に「それ、今ですか?」ということを言い出したので、どうでもええわいと思って、義母に、さあさあ、食べましょうと勧めた。義母は大福に醤油をたっぷりかけていた。
もう限界だろうなと思うが、この先が見えない。
翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。
主な著書に『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術
』(CCCメディアハウス)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』『ハリー、大きな幸せ』『家族』(亜紀書房)、『村井さんちの生活』(新潮社)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)、『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)など。
主な訳書に『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。