秘密光合成

この連載について

その時に咲いていた、その花の花言葉を、最果タヒが詩で見つめ、新たに捉えていく連載です。花を見つめる時、いつもそれらは「私」の人生や生活の断片としてあり、その花に一つの象徴のような言葉を見出すとき、それはいつも人生や生活に重なっていく。その淡さを詩で描けたらと考えています。

第2回

黄色とピンクのバラ

2024年6月12日掲載

すべての花は、永遠も絶対もないところに咲いている。あなたが綺麗と思った、その薔薇の花は何色ですか。その色の薔薇を束ねて、愛しているという言葉にしていく。愛が、一番脆いものだと認め合う、ただ一つの方法です。
きみが好きです。きみが好きだと言うことが嘘にならないのは、ぼくたちが短命だからです。きみに薔薇の花束を贈る。きみとぼくが生きる間、きみのためにすべての薔薇は咲いています。

――薔薇の詩

  

 黄色とピンクのバラ。
 バラの花言葉はいくつもある。色によっても本数によっても違うし、それでも愛にまつわる花言葉が多い。今回私が手にしたバラはピンクと黄色が混ざっているバラだけど、そのそれぞれの色のバラについて花言葉を調べると、ピンクは「愛の誓い」で、黄色が「愛の告白」だった。こういう言葉を花に込めて差し出す時、その人がどんなふうにその言葉を捉えているのか、受け取る人もどんなふうに捉えるのか。それって、それぞれ全く違っていたりとかするだろうなぁと思う。詩も、それは同じだ。同じ言葉のはずなのに違う見え方をする。美しさもそうかもしれない、美しい花はそこにあるけれど、その花がどんな景色の中にあって、どんなふうに美しいと見えるかは人によって全く違う。

 「愛の告白」と「愛の誓い」を比較すると、「告白」は勇気がいるものの、それでも「誓い」に比べればどこか気楽なことに思える。けれど、愛しているって言えるって、それだけで本当はすごいことだ。自分がその人を愛していることを告白する人は少しも疑ってないのだし、それってとても無邪気で、無邪気な分だけ無敵だと思う。ずっとその人のことを好きでいるだろうかとか、その人のことを”絶対”に好きと言えるだろうかとか、そんな不安と無縁でいる。愛に対して気楽でいられるって、それだけで、強くて、まっすぐなことなのかもしれない。
 それでも、無邪気でいられず、不安に囚われた時に、それが弱さだと言われることが私は耐えられなくて、その先にある、もっと意思を持った「強さ」こそ信じたいって思う。わかるわけもないことを無邪気に確信して、伝えて、それを信じるかどうかを相手に委ねられるのは、別に「愛の確かさ」でもなんでもなくて、それは幸福と呼ぶべきもの。幸せと呼ぶべき強さ、無邪気さ、確信だ。
 無邪気でなくても、愛してるって言いたい。永遠って言葉を選びたくなる時が来る。永遠以外を知っているから余計に、永遠が見える時が来る。
 わからないと思っていた私に永遠を信じさせた「きみ」がいる。そんなきみに、永遠に好きだと伝える時、たとえ不安が消えなくても、貫きたい気持ちがあり、奇跡的に手に入れた無邪気さを超える、強い覚悟があるんです。

 愛する側が不安になることより、本当は愛される側のほうが不安でいる。そんなのは当たり前のことだ。他人の気持ちを信じるなんて無理があって、でも誰かを愛する時、相手にその危うさや不確かさから解放されてほしいと、願ってしまう。信じてほしいって。私に差し出せるものは愛しかないから、だから、相手にとって愛されることが嬉しいことであればいいのにと願ってしまう。
 そのためにきっと告白ではなく、誓いがあるのだろうと思う。永遠に好きです、というのは証明して伝えることではなくて、いつだって、あなたと私の約束なんです。
 永遠の愛を誓うようなそんな場面で、人が美しいバラの花束を贈るのはふしぎで、だってすぐに枯れてしまうから。でも、贈り続けるなら、それもまた一つの永遠なのかもしれないって思う。人は永遠には生きられない。何千年とか無限の時間とか、そういう永遠は人にはそもそも無縁のもので、そうではなくて、バラが咲く季節を二人で繰り返し迎えましょう、という、そんな永遠しか人の中にはありえない。そんな淡い「ずっと」の約束が、けれど無限の年月よりずっと美しく、一人の人の心を懸けたものだって思える。
 あなたが生きている限り、私はあなたの隣にいたい。人は、永遠に生きることはできない。そうして、永遠に続く愛なんてない。けれど、これを永遠の愛としますと誓うことは人にはできる。ずっとバラを贈りたいと、一人の人に思えたなら。

著者プロフィール
最果タヒ

詩人。中原中也賞・現代詩花椿賞。最新詩集『愛の縫い目はここ』、清川あさみとの共著『千年後の百人一首』が発売中。その他の詩集に『死んでしまう系のぼくらに』『空が分裂する』などがあり、2017年5月に詩集『夜空はいつでも最高密度の青色だ』が映画化された。また、小説に『星か獣になる季節』、エッセイ集に『きみの言い訳は最高の芸術』などがある。