秘密光合成

この連載について

その時に咲いていた、その花の花言葉を、最果タヒが詩で見つめ、新たに捉えていく連載です。花を見つめる時、いつもそれらは「私」の人生や生活の断片としてあり、その花に一つの象徴のような言葉を見出すとき、それはいつも人生や生活に重なっていく。その淡さを詩で描けたらと考えています。

第5回

サザンカ

2025年1月30日掲載

あなたが最も美しい。私の心に積もった雪が全て溶けてきらめく水になり、この町の川を流れていく。光を反射させながら、私という人が消えながら、あなたが誰よりも美しくて、それを証明できるのがこの恋ならどれほど良いだろうと、伝え続けていた。届かなくても。サザンカの花になって、咲くことで伝え続けていた。あなたが生きていることを肯定する、あなたの手元に残る日の光になりたい。日差しのようにかするだけではなくて、あなたが握りしめて、ずっとともに、この冬の薄暗い中を生きていく光になりたい。朝、窓から眩い世界が滲んで、あなたの部屋を染めていくとき、私は手を伸ばして、その光の向こう側にある小さな雪の粒を掴もうとした。それが星だと私にはわかる。光と朝が私の体を通り過ぎて、私があなたの部屋からいなくなっても、私の手のひらが掴んだ、光がこの部屋に残っていく。あなたが最も美しいと私が言った時、あなたは心の底からそれを信じて、私の永遠を完成させてください。私の心より、大切な星がある。それをあなたにあげる。咲き続けて、愛しているより大切なことを、あなたに永遠に告げる。

ーーサザンカの詩




 サザンカには「理想の恋」という花言葉があり、特に、赤いサザンカには「あなたは最も美しい」という花言葉がある。「最も美しい」という言葉は、それが事実なのか否かとかそんなことはもはやどうでもいいもので、ただそれを語る人がその言葉を心から信じているときの、その強さが美しいのだ。絶対に止まることのない彗星みたいに力強く、大切な人に、自分が消えたって残る絶対的な光を手渡そうとしている。「あなたは最も美しい」。誰かと比較して決めるわけではないし、「最も」なんて本当は言えるはずもないことだけど、人は誰かを愛するなら、その愛を燃やし切るようにしてその言葉を真実として捧げることができるのだろう。それを受け取る誰かは、その言葉を、相手の愛を信じるからこそ、そのまま信じることができる。心と心だけで、強く、手を繋いで、あなたと私だけの「真実」を作り出す。約束や、誓いより、ずっと永遠に近いものだ。
 花はあっという間に散ってしまうけれど、花は、人の手のひらよりも儚くて実態のないものを掴み取っていくようにそこにある。どこにも行けないからこそ、通り過ぎていくものならなんでも掴んでいけるような。朝の光だとか。サザンカの花がいくつも咲く街を歩きながら、日差しを絹の糸のように掴み取っていきそうなその花が、冬の街の空気を春まで連れていくのだ、と思っていた。全てが終わっていくみたいに見える季節の中で、花は、決して消えない光を、花びらに乗せて、かすかだけれど永遠に地続きのようだった。

著者プロフィール
最果タヒ

詩人。中原中也賞・現代詩花椿賞。最新詩集『愛の縫い目はここ』、清川あさみとの共著『千年後の百人一首』が発売中。その他の詩集に『死んでしまう系のぼくらに』『空が分裂する』などがあり、2017年5月に詩集『夜空はいつでも最高密度の青色だ』が映画化された。また、小説に『星か獣になる季節』、エッセイ集に『きみの言い訳は最高の芸術』などがある。