子育てに迷う

この連載について

自分も子育てでいろいろ悩みながら、子どもの問題について親のカウンセリングを長年続けてきました。また、地域の診療所で外来診察や訪問診療も担当しています。育児の悩みや家庭でのコミュニケーション、そのほか臨床の現場で出会ったこと、考えたことなどを書いてみます。

第52回

ウォシュレットひと目盛りの温かさ

2025年12月12日掲載

先月還暦だった。自分たちの年齢も上がってきたので、ヒートショック対策にと、納戸(そこに皆の服があり、着替える)にパネルヒーターを置くようになった。電気を設定時刻通りにON/OFFするタイマーがある(便利なものがありますね)。それを使って、朝の6:30〜7:30だけヒーターがONになるようにしている。冷えた朝も、そこは暖かくて着替えるのが快適だ。ところが、前の日に納戸と脱衣所の間の戸を開けたままにしていると、当然、納戸はあまり暖かくない。がっかりする。ちゃんと閉めてねって言ったのに。いや、閉め忘れたのは自分だったかな、など。

数日前、ウォシュレットの洗浄水の設定温度を、目盛り1だったのを2にした。
妻はそういうことをあまり気にしないので、冬になり温度を上げるのは自分である。
今朝、使うと温かくてびっくりした。そしてほっこりした。冬が来たなぁ、と。

おもわず、服部嵐雪の句を思い出した。

  梅一輪 一輪ほどの 暖かさ (嵐雪)

これは春の句ではあるけれど。

  ウォシュレット ひと目盛りほどの 温かさ (茂樹)

思わずやってきたお湯の温かさという感覚刺激を、受け止めた心象描写が句を生み出す。
ウォシュレットの洗浄水の温度設定をひと目盛り上げた。上げたことなんて忘れているので、「さあ、冷たいのがくるぞ」と、無意識に覚悟しているところに、思わぬ温かさがやってきた。そういえば自分で 目盛りを上げたのだった。すっかりそれを忘れていた。だから思わぬ温もりが驚きと喜びをもたらす。

嵐雪も、思わぬ一輪を見た。おそらく咲きはじめの一輪だったろう。驚きがあって、受け止めた自分に起こった感情への気づきもある。もしもこれが、驚きがない場合だったらどうなるか。そろそろ一輪目が咲くころだ、さあ見にいくぞ、さあきたぞ、ああ、やっぱり咲いている。ほら俺の予想があたったぞ。どんなもんだい。去年も当てたんですよ、開花日を。

  梅一輪 開花を当てた 誇らしさ

こんなの、俳句にならない。

ウォシュレットでも同じこと。記憶力があって、前の夜に設定変更したことをちゃんと覚えていたとしたら――。トイレに行って、ボタンを押すときにも「さあ、ちゃんとお湯が出るかな」と気にしている。はたしてお湯が出た。あぁよかった。

  ウォシュレット ちゃんと湯が出た 壊れとらん

予想通りの自分のイメージの世界の中で生きている。イメージの世界がちゃんと思い通りに動いている。プラスの驚きはないので、俳句に適した心象描写は起こりにくい。驚きが起こるとしたら、大体は予想していたのと違った、というマイナスの驚きになるだろう。がっかり、期待はずれ、心配、憤慨。もしお湯が出なければ、

  ウォシュレット 水のままじゃん びっくりぽん

カウンセリングで子育ての悩みの相談を受け続けているけれど、ちょっと通じるところがある。
うちの子はのんびり屋だから、早めに塾に行かせましょう。ついていけるように、しっかり宿題をやらせましょう。そうやっておけば、いい学校に行けるでしょう。いい友達や先生に会えるでしょう。いい大学に行って、いい職について、結婚して子育てして…….
そこまでではなくても、なんとなく「勉強はさせておいて損はない」「選択肢は狭めないほうがいい」など、いつのまにか身につけた(親から渡された?)さしたる根拠もない価値観をベースにして、子育てを「不安なもの」にしてしまっている親によく出会う。

先の例でいうと、「お湯の設定温度を上げたのだから、お湯が出ないと困る。なのに、出ない! なにがおかしいのだろう。このままではたいへんだ。自分の子育ては失敗しているかもしれない。正解は誰が教えてくれるの……?」と、マイナスばかり気になっていつも不安になっている。

先日、ある取材を受けた。そのなかに、講演でもよく聞かれる質問があった。

「子どものスマホの使い方について、親としては何を伝えて、どこまで任せればいいのでしょうか。 田中先生のところではどうされてきましたか? 」

うちは、なにも制限した記憶がないのです。なるべく快適に使えるように、回線は速く、ギガは多く。

スマホを子どもに何時間使わせるか、何時まで使わせるか、などについて心配している親は、子どもが自分のイメージ通りになるかどうか、心配しているのかもしれません。子どもは「ちゃんと」育つかな。スマホ脳なんて言葉もあるようだけど、こんなに使っていたら、依存症になってしまうんじゃないかな。スマホを使いすぎる子は成績が悪くなるらしい(これは、ある意味当たり前ですね……)。うちの子はもう依存症じゃないかな? ちょっとスマホで調べてみよう、ふむふむ、あれ?MUJI週間が始まってる! こうしちゃいられない……

親だってかなり依存症だと思います。僕も、疲れたらスマホを見ながらだらっとするのが日々の癒しです。

世間にこれだけ情報があって、親と同じ、いや親よりも若くて賢いアタマを持っている子どもたちが、「ずっとスマホしてたら、未来にいいことはないらしい」って、そんなことがわからないなんてこと、あるでしょうか。親である自分たちよりも、子どもたちのほうがスマホや情報世界に詳しいと感じませんか。

でも、こんなことを言うと「なんて無責任なカウンセラーなんだ」とSNSに書かれてしまいます。スマホの危険性も、子どもの弱さも、なにもわかってないですね、と。父親だからそんなこと言うのでしょう。奥様がそういう心配を引き受けて子育てしてこられたんでしょう……などなど。

「どうしたらいいか」という質問には、答えられないのです。親も子も、ひとりひとり違う。世の中も時代とともに、どんどん変わっていく。ひとつ言えるのは、子どもが何を選ぶか、どっちに進むかを楽しみに待つ姿勢は、日々の育児を楽しいものにしますよ、ということです。一方で、自分のイメージ通りに進んでほしいと期待して接していると、子どもとの暮らしが「課題」のようになってしまいませんか。まあ、それがダメというつもりもないのですが。

著者プロフィール
田中茂樹

1965年東京都生まれ。医師・臨床心理士。京都大学医学部卒業。文学博士(心理学)。4人の男の子の父親。
現在は、奈良県・佐保川診療所にて、プライマリ・ケア医として地域医療に従事する。20年以上にわたって不登校やひきこもりなどの子どもの問題について、親の相談を受け続けている。
著書に『子どもを信じること』(さいはて社)、『子どもが幸せになることば』(ダイヤモンド社)、『去られるためにそこにいる』(日本評論社)、『子どもの不登校に向きあうとき、おとなが大切にしたいこと』(びーんずネット)がある。