自分も子育てでいろいろ悩みながら、子どもの問題について親のカウンセリングを長年続けてきました。また、地域の診療所で外来診察や訪問診療も担当しています。育児の悩みや家庭でのコミュニケーション、そのほか臨床の現場で出会ったこと、考えたことなどを書いてみます。
火星の下を駆けた日
長年、日記を書いています。内容はメモ程度です。子どもの言ったこと、子どもと一緒にしたことが中心です。なんでもないことが、振り返れば味わい深いのですが、そういうなんでもない素敵な話は、書いておかなければ忘れてしまいます。なんでもないときに動画や写真は撮りませんし。
先日、60歳になった日に、20年前の日記を見返してみました。メモのタイトルは「3人を連れて」と書いてありました。
*名前の部分は長男、次男、三男に変えてあります。
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3人を連れて 2005年10月31日(月)
僕が帰ってくると、子どもたちは夕食が終わっていた。カボチャのキンピラ、豚天、カボチャのスープ。
豚天のとりあいでケンカがあったらしく、次男は一人部屋にこもっていて出てこない。ごはんもあまり食べなかったらしい。このところ次男はよく怒り、孤立する。ぶつかるチャンスを探しているのかと思うほどぶつかる。担任の先生もさぞ大変だろう。
家の中では、今までは 北風政策で抑え込もうとしていた。しかしどうもこれでは効果がない(どころか悪化していた)と考え、ここ1か月ほどは太陽政策にしている。
太陽政策は効果があるようで、このごろはサッカーでも家の中のケンカでも、彼の表す怒りの中になにか「隙」というか、落としどころを探すような、独特のやわらかさが漂うようになってきた(もしくはこちらがそう感じるのかもしれない)。
子ども部屋の戸を開けて、「〇〇(次男の名前)、お腹空いてないか? もうええからご飯食べようよ」と、僕が声をかけても、「放っといて!」と、とりつく島もない。
「〇〇が腹立つのもわかるけどな、言われた方もそれを聞いている人もつらい悲しい思いするんやぞ」
「だから一人でここにいるんや!」
僕が一人で夕食をとり、終わると三男が走りに行く。僕は自転車で伴走である。今夜は長男も行くという。子ども部屋で三男が靴下をはいている。二段ベッドの上でコロコロを読んでいる次男に、「〇〇も行くか?」と聞くと、「行かへんわ!」と元気な声。
長男、三男と僕で玄関を出て、20mほど離れた遊歩道の上でストレッチをして、さあ、スタートしようか、というときに、玄関が急に開いて足音が近づいてくる。次男が着ぶくれて駆け寄ってくる。僕らのところまでくると、おもむろに立ち小便をはじめる。かなり長い時間出ていた。湯気がたつ。
誰もなにも言わない。必死で笑いをこらえつつ待っていると、 「さあ! 行こうか!」と、次男が言って、そのままスタートした。
兄二人は三男を励ましながら楽々と駆ける。3匹の犬、走ることが楽しくて仕方がない犬たちを連れている気分で夜道を行く。雨雲の切れ間に火星。
自転車をこぎながら、このシーンもまた自分の人生の名場面、そのまっただ中にあることよなぁ、と40歳になったばかりの父は感じた。
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こんな素敵なことがあったことを、日記を見返すまでまったく忘れていました。ネットで確認すると、確かにこのころは火星の「中接近」があったようです。
ちなみに、この2日後に四男が生まれました。次男が不安定になっていたことは、いや次男だけでなく家族みんながそうだったのかもしれませんが、それは新しい家族ができることと関係あったのだと思います。勇気を振り絞って、トイレに行く前に、みんなを追いかけてきて、「さあ、いこうか!」と、みんなを許してくれた次男の愛があふれています。
1965年東京都生まれ。医師・臨床心理士。京都大学医学部卒業。文学博士(心理学)。4人の男の子の父親。
現在は、奈良県・佐保川診療所にて、プライマリ・ケア医として地域医療に従事する。20年以上にわたって不登校やひきこもりなどの子どもの問題について、親の相談を受け続けている。
著書に『子どもを信じること』(さいはて社)、『子どもが幸せになることば』(ダイヤモンド社)、『去られるためにそこにいる』(日本評論社)、『子どもの不登校に向きあうとき、おとなが大切にしたいこと』(びーんずネット)がある。
