とかくこの世は生きづらい ロダンのココロ国語辞典

この連載について

小学一年生、六歳のときに初めて「あいうえお」を習ってから、その十倍近い人生を生きてきた内田かずひろ、五十八才。ひと昔前ならもうすぐ会社を定年する年齢だ。五十才を過ぎる頃には自分もちゃんとしているだろうと若い頃には思っていたと言う。しかし、マンガの仕事もなくなり、貯蓄もなく、彼女にもフラれ、部屋をゴミ屋敷にして、ついにはホームレスになり、生活保護を申請するも断念せざるを得ず…。だが、そんな内田でも人生で学んできたことは沢山ある。内田の描くキャラクター、犬のロダンの目線で世の中を見てきた気づきの国語辞典と、内田の「あいうえお」エッセイ。この連載が久々のマンガの仕事になる。

第17回「と」

ともだち

2023年12月24日掲載

平山くんという友達がいた。あだ名はヒラヤン。小学四年生の時から中学一年生まで同じクラスだった。
ヒラヤンとの忘れられないエピソードがある。

小学四年生の頃、学校にニワトリ小屋ができて、その小屋の名前を全校生徒から募集することになった。ニワトリ小屋の前に投票箱が設けられた。投票箱が置かれた机には、筆記用具と、自分のクラスと名前を書く欄がある専用の用紙が置いてあった。

クラスの誰かが「チキンハウス」と書いて応募したと言ったら、ぼくも、わたしもと、同じ名前を応募したという生徒が何人もいて、すでに「チキンハウス」に決まるのではないかと思われるくらいの勢いだった。それを聞いた僕は「ハウス」がついてれば何でも良いんだと思ってしまった。だったら「チキンハウス」よりもっと素晴らしい名前がたくさんあるじゃないかと、ヒラヤンと二人で「ハウスプッチンプリン」だの「ハウスバーモントカレー」だの思いつく限りのハウス食品の商品名を書いて応募したのだった。

そんなある日、クラス会の時間に「内田くん、平山くん、立ちなさい!」と先生に言われ、てっきり僕は、ニワトリ小屋にユーモアあふれる名前をたくさん応募したことを誉められるのだろうと満面の笑みで立ち上がったのであるが、先生は「何ですか! あなた方は、あんなふざけた名前をつけて!」と怒ったのである。僕は何で怒られているまったくわからなかった。みんなだって「チキンハウス」と書いて応募してたじゃないか!  しかし残念なことに当時の僕とヒラヤンは「ハウス=家(小屋)」だとは知ってはいたけが「チキン=ニワトリ」だとは知らなかったのだ。「チキンハウス=ニワトリ小屋」だったとは…。

ちなみにそのニワトリ小屋の名前は、低学年の生徒が応募した「おはようさん」に決まった。

そして先生は、なおも続けた「他にもふざけた名前がたくさんありました『カウンタック』だの『ポルシェ』だの『フェラーリ』だの…、そんなふざけた名前をつけた人たちは全員無記名でしたが、あなた方はクラスと名前をちゃんと書いてましたね。その勇気だけは認めます!」と…。当時はスーパーカーブームだったのだ。

勇気も何も、ふざけてる気持ちはなかったから堂々とクラスと名前を書いたのだ。しかしそのことを上手く言葉にすることが出来ず、僕もヒラヤンもうつむいて謝るしかなかった。

ヒラヤンとは、その後もずっと仲が良くて、中学生になると「少年サンデー」で始まった『がんばれ元気』を二人とも毎週楽しみにして感想を語り合ったり、学校が終わると毎日のように近くの川に釣りに行ったりしていた。

ところがその中学一年生の冬の寒い日、ヒラヤンは朝の掃除中に倒れて、そのまま亡くなってしまった。忘れもしない12月の終業式の日、12月24日だった。生まれつき心臓が悪いとは聞いていたが、普段はそんな様子はまったくなく、みんなと一緒に走り回っていたので、誰もが驚いていた。みんな、昨日まで笑顔でクラスにいたヒラヤンがフッといなくなってしまった悲しみに暮れていた。

小学六年生の頃、将来の夢は考古学者だと言っていたヒラヤン。

生きていたら、どんな大人になっただろうか?  今でも友達だったろうか? と時々思い返す。

ヒラヤンは、僕のマンガ家デビュー作で、17年連載した『シロと歩けば』の三郎さんの友人のヒラヤマくんだ。

著者プロフィール
内田かずひろ

1964年、福岡県生まれ。高校卒業後、絵本作家を目指して上京。1989年「クレヨンハウス絵本大賞」にて入選。1990年『シロと歩けば』(竹書房)でマンガ家としてデビュー。代表作に「朝日新聞」に連載した『ロダンのココロ』(朝日新聞出版)がある。また絵本や挿絵も手がけ、絵本に『シロのきもち』(あかね書房)、『みんなわんわん』(好学社)、『はやくちまちしょうてんがい はやくちはやあるきたいかい』(林木林・作/偕成社)、『こどもの こよみしんぶん』(グループ・コロンブス・構成 文/文化出版局)挿絵に『みんなふつうで、みんなへん。』(枡野浩一・文/あかね書房)『子どものための哲学対話』(永井均・著/講談社)などがある。『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!!』(森京詩姫・著/竹書房)では「怪人トンカラトン」や「さっちゃん」などのキャラクターデザインも担当した。