とかくこの世は生きづらい ロダンのココロ国語辞典

この連載について

小学一年生、六歳のときに初めて「あいうえお」を習ってから、その十倍近い人生を生きてきた内田かずひろ、五十八才。ひと昔前ならもうすぐ会社を定年する年齢だ。五十才を過ぎる頃には自分もちゃんとしているだろうと若い頃には思っていたと言う。しかし、マンガの仕事もなくなり、貯蓄もなく、彼女にもフラれ、部屋をゴミ屋敷にして、ついにはホームレスになり、生活保護を申請するも断念せざるを得ず…。だが、そんな内田でも人生で学んできたことは沢山ある。内田の描くキャラクター、犬のロダンの目線で世の中を見てきた気づきの国語辞典と、内田の「あいうえお」エッセイ。この連載が久々のマンガの仕事になる。

第18回「つ」

つめ

2024年1月15日掲載

以前、爪を切るたびに爪切りを買っていたことがあった。部屋をゴミ屋敷にしてしまった頃だ。
ゴミもゴミ袋に入れられず床上60センチの高さまで散乱していたので、いろんな物がすぐになくなったし、何か物を下に落として探そうとしても、ゴミが蟻地獄の砂のように雪崩落ちてくるのだ。

その時のゴミ屋敷は、友人で歌人の枡野浩一さんや作家の天野慶さんをはじめ沢山の方々の手を借りて片付けることができた。そしてそんな僕を見かねて、「部屋をゴミ屋敷にしてしまうのは、何らかの発達障害だと思う」からと、病院での受診をすすめられた。

僕自身も、片付けたいという気持ちはいつもあった。だけどそれができなくて、積もり積もってゴミ屋敷にしてしまった。片付けられなくて失った愛もある。だから、その原因がわかればそれを改善する方法もわかるかも知れない、と思うと、僕はこれで救われる、どうしてもっと早くその事に気づけなかったのだろうか…と思ったほどだった。

そして受診の結果、僕は発達障害ではないと診断されたのだった。

これが何か別の病気だったら、「そうでなかった」と喜ぶところだろうが、僕は発達障害ではないという診断に困ってしまった。
それは、僕が自分自身に困っている事実に変わりがないからだ。むしろ、その解決につながるであろう光を見失ったような気持ちになった。

そのちょっと前に、偶然のタイミングではあったが、「やしゃご」公演の『てくてくと…』という舞台を観た。それは「発達障害グレーゾーン」をテーマした舞台だった。生きづらさで悩む主人公が発達障害の検査を受けるも、ただの性格の問題と診断される。しかし何も変わらぬ生きづらさに、「だったら自分は、ここからどこに向かえばいいのか?」と自問自答する舞台であった。その時は他人事として観ていたのだが、いま思えば、まさしく僕自身のようだった。

発達障害と診断されなかったグレーゾーンで苦しむという状況があるのだということを、身をもって体験しながら生きている今日この頃なのである。

●「やしゃご」
https://itokikaku.jimdofree.com/

著者プロフィール
内田かずひろ

1964年、福岡県生まれ。高校卒業後、絵本作家を目指して上京。1989年「クレヨンハウス絵本大賞」にて入選。1990年『シロと歩けば』(竹書房)でマンガ家としてデビュー。代表作に「朝日新聞」に連載した『ロダンのココロ』(朝日新聞出版)がある。また絵本や挿絵も手がけ、絵本に『シロのきもち』(あかね書房)、『みんなわんわん』(好学社)、『はやくちまちしょうてんがい はやくちはやあるきたいかい』(林木林・作/偕成社)、『こどもの こよみしんぶん』(グループ・コロンブス・構成 文/文化出版局)挿絵に『みんなふつうで、みんなへん。』(枡野浩一・文/あかね書房)『子どものための哲学対話』(永井均・著/講談社)などがある。『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!!』(森京詩姫・著/竹書房)では「怪人トンカラトン」や「さっちゃん」などのキャラクターデザインも担当した。