ある翻訳家の取り憑かれた日常

第28回

2024/02/17-2024/03/01

2024年3月14日掲載

2024/02/17 土曜日 

確定申告、早く準備を進めなくてはと、焦りながら作業しはじめる。毎年税理士さんにお願いしているが、書類をまとめるのは自分の作業だ。とはいえ、最近、インターネット経由で様々な書類はすぐに手に入るし、楽になったと言えばそうなのだが、毎年毎年、「えっ、もう確定申告の時期!?」となるのは地味に嫌だな。

一年が飛ぶように過ぎていく。子どもの頃は一年が本当に長かったのに、今はどうよという気分だ。生きることに無頓着な時期(それでも上り坂なんだけどね)には時間が永遠みたいに長く感じられ、ようやく大人になって、酸いも甘いもかみ分けて、人生が面白くなってきたと思ったら、めちゃくちゃな下り坂。それもジェットコースターのスピードというパターンが人生なのだとしたら……乗っておくしかないのだが、どうにかならないか。

2024/02/18 日曜日

朝からハリーと散歩。人のいない時間を狙って、人気の最も少ない場所まで遠征している。それでも、黒くて大きい体をしているので、万が一、他の犬に遭遇して一触即発になり……という事態を常に意識するのが大型犬を飼うということ。人がいない場所はたいてい吹きさらしで、寒い。雪が積もった山側からビュンビュン風が吹いてくる。それもかなり冷たい風だ。湖岸には、対岸から流れ着いた材木や竹があるので、ハリーはうれしそう。ハリーはこういう寒い日も平気で湖で泳いでいるが、見ているこちらは凍えそうだ。よく、「ハリーは寒くないんですか?」と聞かれるが、きっと寒くないんでしょうね。止めても勝手に入っていっちゃうから。すごいですよね。

荒涼とした風景のなかに、真っ黒い体で佇むハリーが大好きだ。

2024/02/19 月曜日

翻訳作業を延々と。今年は少しスローダウンしたいと思っていたものの、そんなのんきなことを言っている場合ではないのであった。やらなければならないことが山積みで、一体どこから手をつけたらいいのか。とりあえず、コツコツとやるしかないと、今年に入ってもう100回目ぐらいだが、自分に言い聞かせている。とにかくやらねばならぬ、大人だから。そして、苦しくても最後まで行けば、気分は最高だということを私はよく知っている。よ~く知っている! 最後まできちんとやり遂げること。それが幸せへの近道(ここまでくると暗示だ)。

今年に入って、更年期障害関連の原稿を依頼される機会が増えた。私自身が更年期かっていうと、どうなんだろう。具体的にこれっていう症状がないけど、なんだかちょっとなあというのも更年期だとしたら、バッチリ更年期だ。あと、「更年期」という言葉を聞くと、「わかる」とか、「私も」とか、「みんなでがんばろうよ」みたいな言葉がふと思い浮かぶので、きっと私も更年期だ。

それでも、毎日が慌ただしく過ぎていき、原稿の締め切りは連日のようにやってくる。ご依頼があるのはありがたいことです。

2024/02/20 火曜日

昨晩、いきなり発熱し、何ぃ!? と思って朝一番に病院に行った。というのも、明日から東京だから。何かあっては困る! と焦って行ったというわけだ。インフル&コロナの検査をされ、陰性。背中が痛いので腎盂炎をまたやってしまったのか?? と思ったのだが、いろいろ検査しても原因がわからず、なんとCTを撮ることになってしまった! 正直、怖かったね。何か見つかるんじゃないかと思ってガクブルしながら結果を待ったら、大腸の炎症でした……。

なんでそんなことになったのかな。とりあえず、薬を飲んで数日安静ということで、明日のイベントは本当に申し訳ないことですが、延期となってしまいました……。つらい……

2024/02/21 水曜日

今日は本来であれば高橋ユキさんと阿佐ヶ谷ロフトAでイベントだったのですが、体調不良で中止となってしまった。『未解決殺人クラブ――市民探偵たちの執念と正義の実録集』(大和書房)刊行記念だし、久しぶりに高橋さんに会えると思って楽しみにしていたので、激しく落胆。未解決殺人事件のネタもきっちり仕込んでいたのに。

抗生剤を飲んだら徐々に回復して、熱も下がった。早く暖かくならないかな(年寄りじみたことを考えている)。

2024/02/22 木曜日

やまもとりえさん新刊の解説を書いた。やまもとさんの作品は大好きで、ほぼすべて読ませてもらっていると思う。新作も、やまもとさんらしい視点の詰まった作品で、なんて説明したらいいだろう、心に少しの痛みを残すような、あとを引く一冊だった。私たちのだれもが、心のなかに一人、少し気になる子の存在を抱えているような気がする。小学生の時に知っていたあの子、いつも一人だったあの子、悲しそうにしていたあの子。そんなあの子の存在に、自分も子どもだった私は何もしてあげることもできなかった。いま、大人になった私は、そんなことを考えて、心が痛んだりする。そんな痛みを思い出させる一冊だった。

2024/02/23 金曜日

祝日で、家のなかに家族全員がいる。うちの息子たちは休日だからってどこかに出て行くわけでもなく、自室でゲームしたり音楽を聴いたり犬と遊んだりして過ごしている。これはなぜかというと、田舎だからなのではと私は密かに思っている。電車に乗ってどこかに行くまでもないし(なにせ最も近い都会である京都は観光客でごった返しており)、駅もまあまあ遠いし、なにより寒いし、LINEを繋ぎっぱなしにしていれば友だちとは繋がっている気持ちがするし。家のなかには飲み物食べ物は一応揃っているわけで、出る理由がないじゃん! 私だって閉じこもりっぱなしだ。かろうじて出るのは、ハリーとの散歩だけ。

それにしても、自分自身が子どもの頃にインターネットがなくて本当によかったと思う。たぶん、何かで炎上してた。あるいは黒歴史となる動画を残していただろう。

2024/02/24 土曜日

仕事が忙しくなってきた&病み上がりで動きたくないので、買い物に出なくてもいいようにインターネットで様々な食材を購入。子どもたちが100%食べるものだけを集中的に買う。

・チキンナゲット
・ハンバーグ(生)
・ピザ

これでどうだ。

2024/02/25 日曜日

アルバイトから戻って来る次男が、毎度面白い話を持ち帰る。そんなところは私に似ているなと思う。私も彼の年代のときはアルバイトに明け暮れていたわけだが(飲食のアルバイトが得意だった)、今日はこういう客が来たとか、こんな失敗をしたという話を披露していた相手は、母の経営する喫茶店のカウンターを陣取っている常連客の人たちだった。みんな、腹を抱えて笑っていた。笑ってくれていたのだろうと思う。

あの人たちはもうきっと全員、この世の人ではないと思うと、少し寂しくなる。面白い店だった。

昭和の時代から、犬入店OKの店だった。ドッグカフェの走りオブ走りではないか。年配の男性はだいたい、シーズーだとかヨークシャーを小脇に抱えて、コーヒーを飲んでいた。コーヒーを飲む合間に、小さく切ったジャーキーを、頭に赤いリボンをつけた年寄りのヨークシャー(歯がほとんどない)にあげていた。そんな人がたくさんいた。

ちなみに次男だが、時々お客さんに叱られたり怒鳴られたりしているらしい。その都度、店長だとか先輩の女性がフォローしてくれるそうだ。ありがたい。

2024/02/26 月曜日

通院日(今月は病院ばかり来ている気がする)。とはいえ、薬をもらうだけなのだが、大きな病院なので待ち時間が結構ある。でも、まったく問題ない。私にはiPadと本がある。何時間でも時間を潰すことはできる。子どもの頃から病院には慣れているので、病院の雰囲気が嫌いではないのも、私にとってはプラスだ。本が好きだと一人時間が充実するよね。

それにしても、生涯二度目の心臓手術からもう7年らしい。信じられない。あの時、私の人生ももう終わりか、短かったなとしんみりしたものだが、病棟内で見ていたいくつもの風景が、今となっては夢というか幻というか、ぼんやりと甦る程度の映像のようになっている。それだけ健康になったということだろう。心の底から「ありがたい」という言葉しか出てこない。道ばたの地蔵に手を合わせて暮らしている気分だ。スマホ用地蔵アプリとかできないだろうか。毎日バーチャルフラワーを供えたい。課金もいとわない。まんじゅう一個で100円ぐらいだったら、毎日お供えしたい。いろいろなまんじゅうを。

2024/02/27 火曜日

今月中にアップしなければならない原稿が、かーなーり、遅れてしまっている。気持ちが焦るばかりで、頭の中が空っぽなのが辛い。

2024/02/28 水曜日

ママ友から「そろそろ会わない?」と連絡が入る。今年は子どもが高校生最後の年になるはずで、集まる機会も減るだろうとは思っていたが、本当に減少傾向。会いたくないという意味ではない。

子どもが幼い頃は、集まって話をするような問題というか、話題が多かった。特に小学生の頃なんてそうですよね。しかし、子どもが高校に入ったらもう、なんていうかな、子どもは子どもでもう別世界の住人で、母たちは子どもからある意味分離しているというか、ニコイチではなくなっているんだよね。だから、会って話すことも、生活、人生、介護みたいな話題が多くなってくるし、それがつまらないわけではなくて、とにかくそれぞれが生きることに忙しくなっていき、時間が合わなくなってくるというわけ。親も年を取りますしね。それでも、たまには会って暴れたいよね(暴れなくてもいい)。

2024/02/29 木曜日

本当は今日が締め切りの原稿があったのだが、間に合わず、編集者さんに泣きのメールを送った。一旦スイッチが入れば進んで行くのだが、スイッチが入るまでが長い……! ため息ばかりが出る。

2024/03/01 金曜日

ねえ、三月ってなに? もう三月ってなに? めまぐるしくてたまらない。もう少しゆっくりと日常が過ぎていってほしい。翻訳なんてやっていると、一ヶ月があっという間だ。

いつになったら「常に追われる生活」を卒業できるのだろうか。私の辞書に、「まったり」とか「ゆったり」が採用されるのは、令和何年ですか? 

著者プロフィール
村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。
主な著書に『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術
』(CCCメディアハウス)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』『ハリー、大きな幸せ』『家族』(亜紀書房)、『村井さんちの生活』(新潮社)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)、『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)など。
主な訳書に『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。