ある翻訳家の取り憑かれた日常

第31回

2024/04/01-2024/04/14

2024年4月25日掲載

2024/04/01 月曜日

ハリーが昨日亡くなり、直後に斎場に連絡を入れて本日の火葬の予約をした。市の施設なので30キロ以上の動物で9,900円だ。休場日は元旦のみ。火葬受付時間は9時00分から15時00分。電話での問合せ時間は24時間。ペットの火葬は代行してくれる業者も多いけれど、わが家は過去4頭すべて自分たちの手で持ち込んでいる(ちなみに業者さんに頼むと最低料金で44,000円だった! ハリーはデカいからね)。

ハリーは体重が減る時間もないほどあっという間に亡くなったので、体は大きなまま。Amazonで買っておいた担架に乗せるときも、男三人(春休みで双子は在宅)で、おっしゃ! みたいなかけ声をかけながらの作業だった。「これ、近所の人に見られたらちょっとまずい光景かもしれないな」と言いつつの作業。馬みたいに大きい。

車に積み込み、斎場に向かう。職員の方が大変丁寧に対応してくれ、最期の別れをした。次男がハリーの亡骸に抱きついて離れず。ハリーは眠っているようで、本当に信じられない。ピカピカだ。口もきっちり閉じている。両手足が立派だ(まだ褒める)。筋肉も隆々としている。なぜこんなことになったのか。

一時間後、全員で骨を拾い、骨壺(ペット用では一番大きなもの)に入ったハリーを連れて家に戻る。ハリーがいたときは、ハリーを留守番させてどこかに行くことは極力しなかったので、数年ぶりに家族全員で食事に行く。「ハリーが生きていたら、こんなにゆっくりはできなかったよね」などなど言いつつ、ハンバーグを食べたが全然味がしなかった。

2024/04/02 火曜日

約一ヶ月に及ぶハリーの闘病で、家族全員が疲れ切っているのだが、夫の号令のもと、家全体の掃除をすることになった。ハリーはどこも汚してはいなかったのだが(最後までトイレは外にこだわった)、それでも闘病の痕跡はあちらこちらにあり、それを一掃することでハリーの命の最後もきれいに仕上げてやろうという意図だ。わが家は建てるときに、犬を飼うことを想定し(それも多頭飼いも視野に入れ、実際に多頭飼いもしていた)、一階の床はすべてコンクリートを打ってある。どれだけ汚したとしても、水拭きをすればきれいになる。あっという間にきれいになったので、あとはハリーが使っていた毛布やマットを洗濯して乾かした。家が片づくにつれて、気分も楽になるようだった。

2024/04/03 水曜日

ハリーがいなくなったことが、まだ信じられない。外出していても、ハリーがいるから早く戻らなくちゃという気持ちになってしまう。ハリーは私が外出すると戻るまで階段で待ち、私が車で戻ると階段のカーテンの隙間から鼻を窓に擦りつけるようにして確認していた。ドアを開けると、飛び出してくる。飛び出してきて、私が持っているスーパーの袋に頭を突っ込み、何が入っているのかを確認。そして尻尾を振って私と一緒に家に入ると、そこでお腹を出して歓迎してくれていた。そんな大きな存在がいなくなるなんて。

2024/04/04 木曜日

骨壺をどうしようかといろいろ考え、私の部屋に置くことにした。ハリーは私に初めて、「骨壺のなかに入ってしまったとしても、一緒にいたい」と思わせた動物だ。今まで、人間でそんな人はいなかった(いたらちょっと怖いが)。ハリーがなぜそこまで特別だったのか、私にもわからない。とにかく私とハリーは常に一緒にいて、一人と一匹で下らない遊びをしたり、一緒に寝たり、一緒に食べたり、一緒に歩いたりしていた。もちろん、私だけじゃなくて、家族それぞれが、それぞれの関係をハリーと結んでいたのだろう。

私がリビングで突っ伏していたら、次男が横を通り過ぎながら、「メンタルか?」と言っていた。

2024/04/05 金曜日

ハリーが子犬のときの写真を見ていた。嘘みたいにやんちゃな犬だった。ありとあらゆる物を壊し、噛み、振り回していた。こいつはお手上げだと何度思ったことか。

しかし2歳を超えたあたりで、これ以上ないほど優秀な犬になった。ラブラドール飼いの人がよく言うことだが、ラブは2歳で変わるというのは本当だ。まさか自分が黒ラブを飼うことになるとは夢にも思っていなかった。出会いというのは不思議なものだ。それも、いきなり私の人生にやってきて、疾風のごとく駆け抜けて行くなんて。

2024/04/06 土曜日

いつもだったら、土曜の朝はハリーとの散歩だったが、それがいきなりなくなったので暇である。暇というか、仕事はあるのだが、なかなかその気分になれない。庭を見ると、じわじわ雑草が伸びてきているので草刈りでもしようかと思ったが……結局、新車でドライブに行った。ハリーは5回ぐらいしか乗らなかったくせに、車内に爪痕をいくつも残した。前の車に比べて大きな車だが、すっかり慣れた。

2024/04/07 日曜日

犬の散歩がないので、暇だ。家のなかを極力きれいにして、春の空気を入れる。友人たちが送ってくれたお花でいっぱい。ありがとう。

2024/04/08 月曜日

春の嵐で電車が止まる。電車が止まると学校は休みとなり、会社も休みとなるのがこの地域ならではなのだが、今日はそんな日だった。朝からぼんやりとして過ごした。

2024/04/09 火曜日

嵐の日。JRが止まりかけている時間に、カメラマンさんが到着。日記本の出版のため、撮影があったのだ。今、琵琶湖周辺はとてもきれいな時期で、素敵な写真が出来上がっていた。東京の編集者さんとデザイナーさんとZoomで繋がりながらの撮影。時代は変わった……と思いつつ参加。

2024/04/10 水曜日

子犬のハリーに足を噛まれてしまったため、買い換えたリビングの椅子が、安物だからガタついて気になるので、全部買い換えることにした。大型犬がいると、素敵な家具を置くことができない(特に子犬の時期はね)。足を木製にするか、それ以外の材質のものにするかで迷う。もう犬は懲りたので、木製でもいいのではと思いつつ、いや、友だちの犬が遊びに来たらとか、猫が迷い込んだらとか、オウムやインコがやってきたら、カラスが遊びに来たらとか、思考はぐるぐるとめどなく周り、結局、木製でないものを買うことにした。全部同じもので揃えなくていいので、家族それぞれが気に入った一脚を選べばいいのではと思いつく。ワイは天童木工かボーデコールがいいな。

2024/04/11 木曜日

『すばる』の締め切り。ハリーのことを少し書いたので、泣きそう。

重い腰を上げて、ペット保険を解約した。ハリーは0歳からペット保険に入っていた。ラブラドールだったし、大型犬だったのでそうしたのだろう。もちろん掛け金は高かったのだが、お世話になった。動物の医療費は体重によって変わり、ハリーの医療費は当然高かった。医療費だけではなく、食費もすごかった。大型犬を飼うなら、保険に加入したうえに、積み立てをしておくといいと思う。私も積み立てをしており、結構な額になっていたのだけれど、ハリーはあっという間に死んでしまったので、それを使う時間もなかったよ。最後まで名犬だったね、ぐすん。

2024/04/12 金曜日

メンタルクリニック。

「最近どうです?」
「まあまあ順調です」
「何か困ったことは?」
「特にないですね」
「眠れていますか?」
「はい、大丈夫です」

今日は先生に嘘ばかりをついてしまった。

2024/04/13 土曜日

散歩なしの週末。ハリーの医療費を計算してみた。40万ぐらいだった。勝負の早い犬だ。

2024/04/14 日曜日

大人だから、いつまでもクヨクヨしてはいられない。仕事の遅れを取り戻さねば。気づけばもう四月も後半ではないか。今年も最後まで突っ走る。俺ならできる。

著者プロフィール
村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。
主な著書に『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術
』(CCCメディアハウス)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』『ハリー、大きな幸せ』『家族』(亜紀書房)、『村井さんちの生活』(新潮社)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)、『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)など。
主な訳書に『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。