ある翻訳家の取り憑かれた日常

第50回

2024/12/22-2025/01/04

2025年1月23日掲載

2024/12/22 日曜日

翻訳。『とあるアメリカ人がイギリスの城をDIYする(仮)』(亜紀書房)。吹き出しながら訳している。主人公のホップウッドがプラス思考過ぎて爆笑している。『ゼロからトースターを作ってみた結果』(新潮文庫)のトーマス・トウェイツそっくりだと思う。いや、ホップウッドは彼を上回る突拍子もない人かもしれない。

それにしても、文字数がなかなか多く、今回も苦戦だ。やっとのことで先が見えてきた気がする。今日で177479字。あと100000字ぐらいでフィニッシュできるのではないか。訳者あとがきもあるので気は抜けないけれど、なんとかこの一冊も無事終わらせることができそうだ。とにかく連日、書いて書いて、書きまくるしかない。私にはそれしかできない。自分が唯一できることが仕事でよかった。ウム。

翻訳に打ち込むと居室が乱雑になる。整ってくる脳内の原稿から漏れ出した余分な文字が、両耳からあふれ出て、リビングの床に広がっているのではないだろうか(と、想像したりする)。

周囲が雑然としていると注意力も散漫になりがちだから、時折デスクから立って掃除機をかける。洗濯機を回す。ついでにほうれん草を茹でたりもする。

2024/12/23 月曜日

自宅勤務だが、月曜日は憂鬱だ。今年中にすべてケリをつけたかった仕事、まったくケリをつけられずにいる。どれだけ作業をしても追いつかない。やってもやっても、次々と文字が出てくる。パズルゲーム感覚で作業は進むが、それでも「こんなにデカい仕事だっけ」と呆然としてしまうことがある。気晴らしに、作業環境を少し工夫して、メインのパソコンをマックに変えた。特に不自由はない。以前使っていたパソコンよりもメモリがぐっと増えたので快適だ。

ただぁ!(粗品リスペクト)

マック用キーボードの配列、慣れているはずなのに間違える。キーボード界のレクサス(©ほんにゃく仮面)と呼ばれるリアルフォースを使用しているため、細かいカスタマイズも出来るのだろうが、時間がなくて手をつけられずにいる。それにしてもこの打ちやすさはなに? リアルフォースを使うと自分もなんとなく強くなったような気がしちゃう。

2024/12/24 火曜日

息子たちが小さい頃は、クリスマスプレゼントを何にしようかと迷ったものだった。二人が一緒の物を欲しがると、同じ商品を二つ買うことになり、それを毎年「なんだかなー」と思っていたが、ここ数年は「サンタさんが持って来てくれたね」などの小芝居を打つこともなく、「何が欲しい?」「え〜? なんなら現金で」という会話が繰り返されている。

私が子どもの頃のわが家でも、同じように「サンタさんが来たぞ」「うわーい!」というクリスマスの行事があった。うちが他のご家庭と違っていたのは、子どもが望むおもちゃが届かないところだった。私には人形が贈られることが多かった。兄には本が届くことが多かった。私に届くのはフランス人形で、母は私からそのフランス人形を取り上げて「壊れちゃったら困るから」とかなんとか言いながら、ピアノの上に座らせたりしていた。自分の趣味やんと気づいたのは、小学校高学年の頃だ。

父はいわゆるガジェット好き人間だったので、年末になると子どもそっちのけでポラロイドカメラだの、レコードプレイヤーだの、面白そうなものを持ち帰っては、子どもたちに自慢していた。ここまで書いて思いだしたが、私も兄も、正月にもらうお年玉を、一万円ぐらいは自由に使って、残りは全額母に渡していた。母は「貯金しておいて、二十歳の成人式の日に渡す」とか言って、私たちを納得させた。しかし、そういうことには敏感な兄が中学生ぐらいのときに母に対して、「俺たちのお年玉だけど、一旦返して」と言ったことがある。私も母のなんとなく杜撰な家計管理を察していたので、「そうだよ、返して」と言った。すると母は突然怒り出して、「二十歳になるまでは返さない!」と騒いだ。こういう時に兄はとんでもない怪物になる人で、それこそ『地面師たち』のハリソン山中ばりのオーラで母を責めた。母は根負けして、アンティークの食器棚を買ったことを白状したのだった。いい食器棚だったよ、あれは。

2024/12/25 水曜日

翻訳。やってもやっても終わらないが、とりあえずじわじわ進めていく……が、なんだか顔が痛いような気がする……。顔の右半分がなんだか痛い。歯? いや、歯の治療はすべて済んでいるし、三ヶ月に一度のチェックも受けている。問題はないはずだ。それじゃあ、鼻? 随分昔に、風邪をこじらせて急性副鼻腔炎をやってエライことになったが、あれ? でも、突然、なんだろう。作業が出来ないほどではないが、腫れてきてるような気がする。

2024/12/26 木曜日

朝起きたら顔が腫れていた。間違いない、これは歯だ。そして痛い。とりあえず鎮痛剤を飲み、歯科医院に電話して事情を話すと、すぐに来て下さいと言ってくれた。今年の痛み、今年のうちに……と、考えつつ歯科医院に到着、すぐにレントゲンを撮影してくれ、原因がわかった。歯の根っこの横のあたりが細菌に感染して腫れてきているんだと。「切開して洗いますね」と言われ、その様子を想像して頭のなかがバラ色に(絶対に治ると確信したから)。しかし、私は冷静に「お願いします」と言える子だ。なにせ、私は心臓手術を2回やった強者、歯茎の切開くらいは朝飯前なんだよ。

先生は当然麻酔を打ってくれたが、途中から結構痛かった。結構痛いというレベルが、これはかなり痛いになった直後、すっかり楽しくなってきた。自分へのチャレンジモードにスイッチが入ったのだ。

抗生剤と痛み止めを頂いて帰宅。気分が大変よろしい。歯茎に穴が空いているけれど。

2024/12/27 金曜日

消毒の日。二日連続で忙しい年末に診察していただいて、歯科医院の先生には感謝しかない。消毒をしてもらって、すぐに帰宅。鏡を見ると、結構、顔が腫れている。美容整形後のダウンタイムみたいだ。面白い顔になっている。私は発熱するとちょっとうれしくなっちゃうんだが、こうやって顔が腫れたりしても、ちょっとうれしくなってしまう。理由はまったくわからない。

抗生剤、お腹が痛いなと思ったら中止して下さいということだったけど、抗生剤を飲んで多少お腹が痛いぐらいで中止してたら治るものも治らんのではないか、そんなヤワなことでどうする村井! と自らを叱責、三日連続で必ず飲むことを決意する。それもこれもトータルでちょっとうれしい。

2024/12/28 土曜日

顔の腫れが引いてきて、調子がいい。今日は調子がいいなと思ったら、部屋をささっと掃除して、自慢のポットにお湯を入れて、早速作業に入ってしまう。といっても、あまり集中力は続かないので、最近加入した「生活クラブ」という食材宅配のパンフを眺めながら、こちらの生協の肉の実力を試してみようと、牛、鶏、豚各種を注文してみる。お肉の宅配は難しいんだよ……それにしても最近、食材の値段が高騰している。ちょっと買うと一万円を超える。え、そんなに買った!? と、驚くことが増えている。

2024/12/29 日曜日

年末だというのに、年始の予定がどんどん入ってくる。来年は忙しくなるかもしれないなぁ。心も体も十分休ませながら、来年こそ稼ぐか! と、元気が出てくる。体調的には問題ないのだが、イベントはメンタルが落ちるから大変なんだよな。楽しくないからメンタルが落ちるのではなくて、多くの人に出会うので、それで疲れるということなのだろう。でも、呼んで頂けるうちが花よ。がんばります。

2024/12/30 月曜日

朝から義父の電話が鳴り止まない。大晦日は何時に来るのか、食べ物はどうするのかとめちゃくちゃしつこい。こちらは部屋で映画を観てぼんやりしているというのに、とにかく義父は必死なのだ。義父の鬼電は今に始まったことではなく、昔からそうだった。夫は会社に行っていたから知らないだけで、子どもが小さい頃からこの状態だ。夫が「なぜ親父はこんなにも正月なんかにこだわるんだろう」と言うので、「性癖じゃないかな」と答えておいた。

2024/12/31 火曜日 

今年が終わる。今年は終わるが原稿が終わらない。朝からリビングで翻訳を開始する。夜には夫の実家に行き、年末の挨拶というか、会食をしなくてはならないので気が重いのだった。

アルバイトに人生を賭けている次男は、今日も、明日の元日もコンビニでせっせと働くそうで、「(夫の実家に)行かなくていいやろ?」という超変化球を投げてくる。もうやめてくれないかな、そういうの。平和な一家に波乱の幕開けである。

とにかく、私、長男、夫、テオで実家に向かうことにした。義父は朝から私たちが来るのを待っていたようで、長男の姿を見ると、顔を歪ませ、泣いていた。間違いなく性癖だと思うんだよ、あたしは。

著者プロフィール
村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。
主な著書に『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術
』(CCCメディアハウス)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』『ハリー、大きな幸せ』『家族』(亜紀書房)、『村井さんちの生活』(新潮社)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)、『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)など。
主な訳書に『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。