ある翻訳家の取り憑かれた日常

第79回

2026/01/31-2026/02/12

2026年3月19日掲載

2026/01/31 土曜日

昨年からずっと、あまり休むこともなく仕事ばかりやってきたが、溜まりに溜まっていた翻訳作業もあと数か月あればすべて片づくだろうと予測できる程度まで減ってきた。今年はしっかりと休む一年にしようと正月に決めたので、その決意を守ろうと考えている。

なぜ休もうと思ったのか。簡単に書けば、仕事をしすぎて燃え尽きた。たくさん書こうと思ったら、書かない時間を設けないとダメだと理解した。だから、少し休む。これからも書くために。

4月に翻訳作業はすべて終わらせるつもりなので、その後はしばし、自由な日々を送ろうと思う。休んで何をやるかというと、家のなかの物を減らし、庭を片づけ、自室とキッチンを少しリフォームしたい。そしてその過程を日記に書こうかと思っている……書くんかーーーい!!

私の「休む」は「文字数を減らす」ということだと、今、理解したが、翻訳作業をしばし休むだけでも、かなり楽にはなると思う。

2026/02/01 日曜日

業界全体の翻訳作品の出版点数は徐々に減ってきていると聞く。そのうえノンフィクション翻訳というニッチな分野で、事件モノが好きという特殊な私が生き残るためには何をすればいいかと考えたとき、選択肢は「オファーはすべて受ける」以外あまりなかった。

しかし、最近の私にはすべて受注するパワーがない。パワーというか、忍耐力かもしれない。踏ん張りがきかなくなった。年か? たぶん、そういうことだ。これが、年齢相応の落ち着きに繋がるのなら、これまでひたすらハイパーアクティブだった私は、その流れに従うべきだと考えた。ここ数年でようやく、自分が相当ハイな状態で生きているのだと認めるに至った。自然にそれが収まるのなら、収めておいたほうが身のためだ。

2026/02/02 月曜日

3月発売の写真集『Adcvanced Pets 成熟した大人たちのファッションとペット』アリ・セス・コーエン(大和書房)のゲラが戻る。個性的なファッションに身を包んだ動物愛好家・一筋縄ではいかない人生愛好家の写真集だが、自由で優雅なファッションが本当に素敵。

普通、飼い主と動物が並んだ写真で主役になるのは動物なのだが、この写真集の場合は登場人物のキャラクターが独特なので、動物だけが目立つわけではない。全体像を把握するまでしばらく写真を眺めることになる。見所がたくさんある。今まであまり見たことがないタイプの「主役の多い写真集」だ。

年を取れば取るほど派手なファッションが似合うし、より自由に生きるほうが楽だと思う。ただし、人間はある日突然変わるわけではないので、多くの色を身につけた自分の姿を心が許容するに至るまで、ある程度、時間と度胸は必要だろうなと想像している。

2026/02/03 火曜日

購入したバッグが届く。犬のプリントがかわいいバッグで、いい感じ。結構な値段がしたのに、ペラペラだ。エコバッグみたい。それでもいいじゃない。

今日もせっせと翻訳作業を進めた。NOと言えない現代の人々が、どのようにしてNOとはっきり言えるようになるのかを説いた一冊。2020年にミネソタ州ミネアポリスで起きたジョージ・フロイド殺害事件を軸に、NOと言えた人々のケーススタディを進め、私たちの意識をどう変えたらいいのかを解説する……というもの。インド系移民の著者の両親が重ねた苦労話は、涙なくしては読めない。きっと著者も涙を浮かべ、何度も手を止め、執筆したのだと思う。つられて涙をじわじわさせながら作業を続ける私の後ろで、次男がせっせと焼き鳥を焼きつつ、格闘技の試合を見ていた。もうそろそろ86キロらしい。

2026/02/04 水曜日

水曜日はテオが実家(ドッグスクール)に戻る日。テオはウキウキしながら行く。水曜日の朝の移動は、どこに行くかわかっているから、喜びのあまりずっとひゃんひゃん大声で鳴いている。仲間がたくさんやってきて、体力が尽きるまで遊ぶことができるから楽しくて仕方がないんだろう。

体力を使い果たした犬は、最高の犬だ。必要なだけ動くことができた犬は幸せだ。
夜になって戻ると、テオは無言で寝続けた。

テオがふらりとわが家にやってきて、そろそろ二年ぐらいになるのだろうか。調べてみたら、昨年末に三歳になっていた。そうか、テオは今、青春の日々を送っているんだね。いつまでも健康で。

2026/02/05 木曜日

スカーフが届く。犬柄なので大変気に入った。

夜、夫と山ほど届く介護関連書類を整理しながら、義父の粘着の歴史を振り返っていた。
双子の息子たちが小学校四年生になったあたりで義父の粘着がエスカレートしたと私は記憶している。それまでも酷かったが、そのあたりからよりいっそう酷くなった。たぶん、義母の認知症の発症タイミングに影響を受けている。

最初は度重なる電話連絡だった。子どもたちが下校するあたりに電話が鳴り、出るとたいてい、電車が止まっているから気をつけろとか、風が吹いているから気をつけろという話で、最終的には「今からそちらに行く」となる。あっさり断るのだが簡単には諦めずに、かなり粘られることが続いた。

週末になると朝の9時ぴったりに電話が鳴るようになった。「今日は実家に来るのか、来ないのか」という質問だ。行く予定はないと答えると、孫に会いに今からそちらに行ってもいいかと聞かれる。出かけるので無理と答えると、どうしても行くと譲らない。なにせ連日の電話の上に毎週末の電話で、こちらのスケジュールなどまったく考慮しないことから、最終的には電話に出ないようになった。

介護を受けるようになっても粘着は止まらずエスカレートするばかり。ストッパー役だった義母はすでに深刻な認知症になっていた。結局、本人が体力的に粘着ができなくなるまで、様々な形での粘着は続き、今もグループホームでトリモチのように暮らしている。

高齢者とストーカーというキーワードで調べたら、2024年に発生した高齢者のストーカー事件は2388件だそうだ(ブルブル)。高齢者のストーカーはかつて社会的地位の比較的高い人が多いらしい。自分が拒絶されるはずがないと思ってるそうだよ。ヒイイイイ!

2026/02/06 金曜日

ニュースを読んでいて、無課金おじさんがfree-to-play uncleと訳されていることを知る。時々、上手いなあ! という訳に巡り会うことがあるけれど、無課金おじさんもそのケースだ。ふと、今年の後半は日本語で書くのではなくて、英語で書いてみようと思いついた。それっていいかもね。

2026/02/07 土曜日

確定申告の準備をすすめた。ダイニングテーブルに山ほどの資料を広げて、まとめて、そしてスキャニングして税理士さんに送っていく。データのやりとりはすべてメールになったので、本当に楽だ。最近は支払調書をPDFで送ってくれる出版社も増え、資料も集めやすくなった。なんでもかんでもインターネットにアクセスすれば簡単に手に入るようになったが、インターネットが使えない人からしたら、大変な世の中だなと思う。最近はコンビニやスーパーのレジが大きな変化を遂げつつあるが、その変化が原因で外に出ることが嫌になったり、購入自体のハードルが高くなる人が増えてくるのではと心配している。私が便利だからといって、誰もが便利というわけではない。

2026/02/08 日曜日

大雪。ホワイトアウトしていた。

車にはすでにスノータイヤを装着していたので、余裕で外出したが、後輪がずるっと滑り、焦った。雪だけならいくら降っても大丈夫な気がするが、凍結はまずい。坂道で立ち往生した大型トラックがいて、大渋滞になっていた。運転手の熊みたいなおじさんは慣れているようで、後続の車を誘導しつつ、交通整理。できる漢を目撃してしまった。

2026/02/09 月曜日

再び大雪。雪が降ると、何もかも許される気がする。何もかもとは、家事、炊事、仕事を指す。午前は本を読んで過ごし、午後は仕方なく翻訳を再開させた。それにしてもまったく終わらない。翻訳はルート66(3,755km)を徒歩で移動するような作業だ。

2026/02/10 火曜日

なんと、積読チャンネルで『消えた冒険家』(亜紀書房)が紹介されたぁ! ありがたいいいいい! 冒険家で作家のローマン・ダイアルによる慟哭のノンフィクションだ。半泣きで翻訳したなあ……。出版されてからしばらく経過したが、著者の悲しみの深さは今でもはっきり記憶している。ローマンに、一体なにができたというのだろう。親は子どもの人生にどれだけ関与すべきなのか。簡単に正解が出ないことばかりだ。

2026/02/11 水曜日

シエラレオネのチンパンジー、ファイフォさんにシエラレオネの旬の食事を送った。世界のお猿さんに野菜や果物を送ることができるシステムがあり(Hello! OHANA)、そこを経由してせっせとプレゼントをしている。いままで必死に仕事をしてきたが、なぜそこまで仕事をしてきたかという理由が(買い物以外)明確ではないことにふと気づき、それなら収入の一部を寄付に回すのがいいのではと思うに至り、そうするようになった。新しい目的ができて本当によかった。虚しさが消えたわ。

2026/02/12 木曜日

シエラレオネのチンパンジー、トムさんに旬のお野菜を送った。小さい頃から約30年間も、お金持ちにペットとして飼われていたらしい。なんだかマイケル・ジャクソンのバブルスくん(ムーンウォークをするチンパンジー)を思い出す。

バブルス君はマイケルの死後保護団体に引き取られ、今も元気で生きている。マイケル来日時(1987年)に一緒にやってきたバブルス君だったが、マイケルがハンドサインを出すと血相を変えていたずらを止めていた姿が印象的。なかなか厳しくしつけられていたのだろう。恐ろしい時代だった(昭和)。

著者プロフィール
村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。
主な著書に『ある翻訳家の取り憑かれた日常』(2巻まで刊行、大和書房)、『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術
』(CCCメディアハウス)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』『ハリー、大きな幸せ』『家族』(亜紀書房)、『村井さんちの生活』(新潮社)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)、『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)など。
主な訳書に『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。