ある翻訳家の取り憑かれた日常

第77回

2026/01/06-2026/01/18

2026年2月19日掲載

2026/01/06 火曜日

翻訳。死ぬほど翻訳。もう半分死んでいるが翻訳。

正月、休み過ぎたので復活するのに苦労している。でも、とりあえずやらないとダメだ。翻訳は休み過ぎると一切進まなくなるからね。

今取り組んでいるのは、MBTI(personality testing:性格検査)の成り立ちについての一冊で、文字数が大変なことになってしまっている。もうそろそろ25万字のあたりに到達だ。作業自体はすでに一年以上継続しているけれども(恐怖)、この一冊ほど「なん……ですと……?」と首を捻ったものはないのでは。
どういうこと……? この人、一体なにをしようとしているの……? え、大丈夫??
新しいタイプの恐怖ノンフィクションだ。

そもそも、このMBTIの開発でベースとなったのがカール・ユングの心理学的タイプ論で、多くの専門用語が並ぶので、まずそこを理解しないと先に進まない。参考として読んだ本が何冊あったか、もう忘れてしまった。とにかく結構な冊数を読んで、一応知識としては頭に叩き込み、それでも不安なので資料はデスクに積み上げたまま、ひたすら翻訳。なにが楽しいのか。なんにも楽しくないが、とりあえずやるしかねえ。

カール・ユングの心理学的タイプ論をある程度理解したら、次に理解するのは、二人の女性の生涯だ。ユングの心理学的タイプ論に傾倒したキャサリン・クック・ブリッグスとイザベル・ブリッグス・マイヤーズ、そして二人が開発したのがMBTI(マイヤーズ・ブリッグス・タイプ・インディケーター)。ふぅ。大変。辛くなってきた。とにかく難しい一冊で、ようやく終わりが見えて安心だが、もう一度最初から見直さねばならず、圧倒的な量に涙が出てくる。

2026/01/07 水曜日

テオ、実家(ドッグスクール)に戻る。

週に一日、私に完全に自由時間が与えられる日。まあ、半日程度だが。だいたい水曜日に美容院とか病院とか、家を出る用事を入れるわけだが、今日は精神的に余裕がなくて、朝からずっとデスク前を陣取って翻訳をしている。なにが楽しいのか。苦しいだけだ。でも早く最後まで訳したい。そして楽になりたい。

今日は、MBTI開発者のひとり、イザベルが「タイガーのミルク」と呼ぶ自家製エナジードリンクを職場で飲んでいた……、という記述をチェックしていて、ビール酵母と牛乳を混ぜ、溶かしたチョコレートバーで甘みをつけるって変わり者過ぎるやろと思って笑ってしまった。どんなんやねん。ビール酵母と牛乳って、考えただけできついのに。

MBTIがこれだけ長い時間をかけて開発され、出版された経過を追い続けていると、第二次世界大戦直後の世界は予想以上に混沌としていたんだなと思う。そしてやはり、ノンフィクションは最高に面白い。

2026/01/08 木曜日

翻訳。辛い。辛いだけの毎日。
出会い系サイトに自分のMBTIのタイプを書く人が多いという。それで、あ、この人と私は相性がいいとか、この人はダメとか、そんな感じで判断するのだそうだ。顔は考慮しないのだろうか。

ここで私のタイプも記録しておきたいところだが、MBTIは質問項目が長すぎて最後までいけた試しがないので、残念ながら私は自分のタイプを知らない(執念で各タイプは理解したが)。それでも、私は自分の性格に関しては、自分でよくわかっているつもりだ。

「人間をカテゴライズするなんて時間の無駄」と思うタイプ。

2026/01/09 金曜日

翻訳。ようやく謝辞まで辿りついた。おおおお、長かった! 
263039文字です、ありがとうございました! 

1年半ぐらいかかっちゃった……。

2026/01/10 土曜日

翻訳チェック。明るく振る舞ってもheart は lowだぜ……作業辛い。

一番最初のページに戻るが、書き出しが硬い。硬い本なのでそれでいいのかもしれないが、読みやすさを考慮して、少し書き直してみる。1ページ書き直してふと時計を見ると一時間経過している。残り190ページぐらいあると思うと絶望しそうになるが、いつも最後まで訳すことができるのだから、今回もできるだろう。やれる、俺なら。

2026/01/11 日曜日

義父の古い友人という人から頻繁に電話があり、義父に面会したいのでグループホームに伝えてくれと頼まれる。はいはい、わかりましたと応じているが、私がここまで会いたくないと思っている人に、あなたはなぜそんなに会いたいの? という疑問が湧いてしまってすごいことになっている。一度理由を聞いてみたいような気もしている。妖怪アンテナが反応しはじめている。

2026/01/12 月曜日

息子が業務スーパーに行き、50本入りの焼き鳥を三箱買ってきて、そのうちの70本を焼いてほしいと言い出した。そんな量を焼くほど心の余裕がないので、あんた、そこに座ってフライパンで焼きながら、アツアツを食べなよと言ったら、それもよいなと思ったらしく、フライパンを出して焼き始めた息子。MBTIに関する本が難しく、あまりにも大量の参考資料があって、大混乱している私の後ろで、息子は焼き鳥を70本焼いていた。混乱しすぎや、この家は。

かあさんの訳している本、めちゃくちゃ難しいんだよ
もうこれは、かあさん史上最強に難しい一冊かもしれないよ
だって、やってもやっても終わらないし、終わったとしても書き直さないといけなくてさ

と、泣き言を言ったのだが息子の反応がなく、振り返って見てみたらiPhoneで焼き鳥の接写してた。

なにか面白い世界が広がっていただろうか。I hope so.

2026/01/13 火曜日

ジャスティン・トルドーがケイティー・ペリーとのイチャイチャ写真をSNSに出しており、ねえジャスティン、あなたってそういう人だったの? とちょっと思った。

MBTIの本が一応最後までいったので、次の一冊の準備をする。今度は、人間はなぜNOを言うのが苦手なのかを分析したノンフィクションで、下読みした時は、抜群に読みやすくて面白いと思った。絶対にやっちゃだめだと思いつつ、ページ数を確認して、目の奥からじわじわ涙が出てきた。

神様、また長い一冊をありがとうございます。

2026/01/14 水曜日

ブリトニー・スピアーズ自伝の原稿を太田出版の金子さんに戻す。四冊ぐらい同時進行だが、ブリちゃん原稿は、作業自体、2025年に終了しているので安心してほしい(誰に対して書いているのか)。

ブリちゃんと言えば、最近ではSNSでの過激な露出ばかりが話題になる昨今だが、私的には、あのブリちゃんの姿は、家族に対する強い拒絶を示しているのだと思う。長きにわたって彼女の自由を奪った両親のことを、彼女は許すことができないのだろう。ブリちゃんは苦労人だわ。そして男運が悪い。

2026/01/15 木曜日

義母が退院したので、書類を無くさないようにジップロックに入れて保存。もしかしたら危ないかもしれないと思った年末だったが、持ち直してくれたようだ。ただ、もう会話は難しい段階に入ってきている。とても痩せた。グループホームの職員さんが、退院に関してもなにからなにまでやってくださって、本当に助かった。
私は今日も翻訳をしている。翻訳に疲れて、普通の文章を書きたいと思いはじめてきた。手持ちの翻訳本がすべて仕上がったら、そこから休んで、ゆっくり何かを書こう。

2026/01/16 金曜日

初めての絵本の翻訳がスタートしており、今日は担当編集者さんとzoom会議。ちょっと待て、何冊手元にあるのだろう。ちょっと混乱してきた。一覧にまとめなくては。

2026/01/17 土曜日

ワニブックスの岡田さんとずっと作っているお買い物本、たしか昨年の11月頃にアップするつもりが、遅れてしまって、本当に申し訳ないが、今になって必死に書いている。短い文章って難しいんだよね。原稿用紙4枚あたりってすごく難しいなって、26万字書いたあとに考えてる。
申し訳ないので、岡田さんに貢ぎ物を送ろうかと考えている。

2026/01/18 日曜日

中耳炎がなかなか治らず、夕方になると耳の圧迫感が強くなってくる。病院には通っているし、薬も飲んでいるが、ずいぶん調子が悪いような気がする。仕方がないので、今日は休みとして、ポッシュとベッカム夫妻の長男ブルックリンの昨今の様子を研究している。ブルックリンは、そりゃ、偉大な両親を持って大変なことだってあると思う。どんな職業に就いてもいろいろ言われるしな。私は思うんだが、ハリー・スタイルズに相談するといいと思う。ハリーには天性の明るさがあると思うんだ。あと、強母が悩みなんだったら、相談する相手はロッコ・リッチーしかいない。彼も苦労人だが、立派に成長しているじゃないか。

世界の叔母目線がすごい。

著者プロフィール
村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。
主な著書に『ある翻訳家の取り憑かれた日常』(2巻まで刊行、大和書房)、『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術
』(CCCメディアハウス)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』『ハリー、大きな幸せ』『家族』(亜紀書房)、『村井さんちの生活』(新潮社)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)、『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)など。
主な訳書に『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。