日曜夕方、「明日は仕事だ~!」「月曜最高! 学校たのしみ~!」とワクワクしている人はどれほどいらっしゃるでしょうか。
人が二人以上集まって目的に向かって何かを成そうとするとき、その集団を私は「組織」と呼んでいます。夫婦や親子など家庭も組織・チームですし、学校、病院、企業、スポーツチーム…などは、どれも立派な組織。
ですが、この「組織」というのが、ややこしい。人生において大きな意味を持つ一方で、「組織」こそが人々の悩みの種ともいえるのです。
巷には「〇〇力」を身につけることで組織でサバイブできる!とうたったり、逆に組織でうまくいっていないのは「あなたに○○という問題があるからだ」との言説もあったりしますが、実際のところ、私たちは「組織」とどう付き合うとよいのでしょうか。
教育社会学という、学校くらい当たり前の社会のしくみを疑ってみる学問を修めたのち、ビジネスの現場にどっぷり浸かった組織開発コンサルタントである私が、組織にまつわる凝りをときほぐすのが、この連載です。
「こんなことでいいの?」じゃなくてですね
「そんなことで改革?」
ある老舗旅館が、女将の「改革」によって、離職率を1/10に下げ、見事再建したとする記事を読みました。詳しくは書きませんが、旅館にはめずらしく「休館日」を設けることで「働き方改革」を実装したり、社内の情報格差をなくそうと、共有のための仕組みを徹底した、などなど。ここでいう「徹底」とは、まさに徹してやり続けているのだろうなぁと頭が下がる思いがします。
気になったのは、その記事に対するコメント欄にあふれる「この程度(レベル)の改革でよくここまで(堂々と)……」という冷ややかなものでした。
出た。
組織開発コンサルタントとして日頃活動するなかでも、「え、(改革って)そんなことでいいの?」「そんな簡単なことじゃなくて……」という反応は「あるある」のひとつです。高度な課題には、高度な解決法があると多くの人は思っているようなのです。
でも、本当にそうなのでしょうか? <ここまでが前回チラ見せ>
社員のパフォーマンスが上がらない、連載初回のことばで言うならば、「(どいつもこいつも)使えない」などと口にする経営者や管理職は少なくありません。「(そんなこと言ってる)お前が一番な」とは……言いませんが、深呼吸ののち、わたしはいつもこんなふうに尋ねます。
「どいつもこいつも使えない」とは言うけども
て:「Aさん(対話相手の経営者)は、その『使えない』とおっしゃる方に、何をどのように求めているんですか。ご本人にどんなふうに伝えていますか? 伝えていますよね? こうしてほしいな、っていうものがあるから嘆いているんですもんね」
Aさん:「いや、どんなふうにって言われると、別にこれを、と具体的には言ってないですけど。わたしだったらあまりとやかく言われたくないから」
て:「え? こうしてほしい、こういうのをつくっていきたい、というイメージがあって、それとの比較を『パフォーマンス』と呼んでいるんですよね? ここがこんなふうに自分のイメージとずれている感じがする、とか、伝えていないんですか?」
Aさん:「うーん。まぁなんていうか、あまり気持ちのいいもんじゃないじゃないですか。リーダーはつべこべ言わず待てとも言いますからね。わたしは本人の『主体性』を尊重しているんで」
……おっと。なるほど。というわけで今回はここから2つの問題を探っていきます。
1.フィードバックしない問題
2.「自分がされたらいやだから」問題
1.フィードバックしない問題
とやかく言いたくない、と言いながらたんまり不満をため込んでいるのなら……やっぱりそれはできる限り「ことばにして」伝えてみませんか。
たとえばこんなふうに言うのはいかがでしょうか。「優先順位付けで迷うんだと思うけど、今回はとにかく納期でいこう。70点のものを納期通りに出すには、で必要なことを洗い出して」などとことばにする。
すると、伝えられた側も「それってこういう理解でいいですかね?」とか、「1時間考えてみて大枠をペラ1でまとめるので、概要にズレがないかだけ見ていただけますか?」などと理解に努めて、”互いに“向かう先の解像度を上げていくことができます。
これが「他者とともに動く=働く」ということではないでしょうか。
言わずとも察してくれるような部下を、仮にも「優秀」と呼んで、ほかは「使えない」と呼ぶ。それではその人のまわりが安心して仕事をしに寄ってきてはくれないのではないかと思うのです。
「働く」とは、自分の頭の中をことばにして、できる限り見せ、相手の頭の中もできるだけ受け取り、足し合わせて、まだ見ぬ世界を見に行くことです。
だから、1.ではダメなんです。
つべこべ言いたくないとか、家庭で実践していただく分には問題ありません。でも組織の中で、それではリーダーの仕事の放棄です。「主体性」のことばも、こんなふうに使っては、勝手がよすぎます。
商社で石炭を扱うカンパニー(部門)に所属する社会人2年目が、突如として脱炭素のマイドリームを語り出し、やおら「脱炭素なんで!」とそれに関連したことばかりやりだす、なんてことが「主体性」ではないことは火を見るよりも明らかでしょう。組織には存続意義となるような目標があります。そこにたどり着くために、必ず通らねばならない道(条件)や、欲しいけど今時点では足りない要素は何か? どんなタイミングで何なら、誰と誰が協力することで8割の完成度でできそうか? などなの言語化ができることが、実行にも勝るとも劣らぬ大事な「主体性」です。強いて求めるならですけど。
2.「自分がされたらいやだから」問題
そしてもうひとつ。本来やるべきことについて、しない理由を「自分がされたらいやなことを人にはしない」。一見まっとうにみえますよね。ですが、これも危ない。「自分がいやなことを人にしない、って幼稚園でも習ったんですが!」と真顔で反論されたこともありますが。
見落としてはならない大きな前提の違いがあります。それは、自分と相手は違う人間である、ということです——当たり前すぎて恐縮ですが肝要なポイントです。
「自分だったら」と「自分はよくても」の狭間
他人は、あなたとは違うものを求めることも、そりゃ、あります。逆にあなたがよかれと思っていることをいやがることだってあるのです。
必要なのは、道徳的な、握しりめたそのひとつの哲学ではありません「自分と異なる相手は、何を思い、生きているのか」はそもそもわからないものだーーそのことを念頭に常に置きながら、フィードバックや対話を続けるということではないでしょうか。
人は自分が想像できる範囲、自分が読める範囲を好むものですが、本当に必要なのは、「自分だったら」と「自分はよくても」の狭間を探っていくこと。そう、ほぐし屋業の最中、しばしば思います。
「自分だったら途中であれこれ言われたくないから、放置だ放置」と腹を決めている上司と、「要所要所でやり方を指南してくれたり、そこは違うと言ってくれないって……よっぽど自分は期待されていないんだな」とうなだれてしまう部下とが、ともに働くことは、実にあるある話なのです。
冒頭のおかみも(存じ上げませんが)、自身の当たり前を一度捨てて、一緒に闘ってくれているメンバーが何を思って仕事しているのか? お客様についてもしかりで、徹底的に対話されたのではないかと推察します。
「わたしはこういうことを描いているんだけど、伝わってる?」
「で、あなたは何を思ってる?」
こんなふうに対話されたんじゃないかと。いや、ほんと顔も知らないんですけどね女将。どうでしょうか。
単純化されたことの先
改革事例を紹介する記事では、どうしても、わかりやすく手を打ったことのみで構成・表現されがちです。それをそのまま「なんだ、そんなことで」と言うのは、拙速というわけです。
私の古巣BCG(ボストン・コンサルティング・グループ)の、イヴ・モリューという現ドバイオフィスのとっても偉い人の、こんなことばがあります。聴いてからもう10年近く経ちますが、今もたびたび自身がクライアント組織を眺める際に、肝に銘じているものです。ご紹介します。
「抽象概念は理論の上では魅力があるかもしれないが、現実においては見かけ倒しである。知的な組織と、従業員の知性を生かす組織とは別物だ」と。
ーーー『組織が動くシンプルな6つの原則—部門の壁を超えて』イヴ・モリュー(ダイヤモンド社)
論より対話
組織をよりよくしようと思ったとき。往々にして、即効性抜群の最新手法、最新理論があるんじゃないか?と思い、「できるリーダーは〇〇力」などのコピーに惹かれたり、「〇〇(型)組織」など型を決めたり、「パーパス」「ウェルビーイング」など横文字大好きな人が多くいますが、まず向かうべきは目の前のメンバーです。
その場で働いているみんなの頭の中、互いのことばの擦り合わせを行い、向かうべき方向がわかったら知恵を出しあって、メンバーにとって最適の山登りをしていくこと。それに尽きます。
「とにかく膝を詰め、話して、話して、話しまくりました」
とトランスフォーメーションされた組織の方は必ずおっしゃいますから。
「話す!? そんなことだけで……」ではないのです、本当に。足りないのは、最新の組織論ではありません。目の前のメンバーとことばを交わすことなのです。
次回は、その対話の仕方についてお伝えしましょう。
1982年横浜生まれ。東京大学大学院教育学研究科修了。BCGやヘイ グループなどのコンサルティングファーム勤務を経て、独立。教育社会学と組織開発の視点から、能力主義や自己責任社会を再考している。2020年より乳がん闘病中。著書に『「能力」の生きづらさをほぐす』(どく社)がある。朝日新聞デジタルRe:Ronにて「よりよい社会と言うならば」連載中。