学校後遺症

この連載について

「学校」という制度が私たちに刻み込んできたものとは何か。大人になった今、私たちの社会とのかかわり方や、自分自身のあり方、そして子どもとの関係にまで、それが無意識のうちにどのような影響を及ぼしているのか。
本稿は、その否定性の痕跡を一つひとつ浮かび上がらせ、剥がし取っていこうとする試みです。

第5回

受験後遺症――僕たちの内なる建前と共犯関係

2026年2月20日掲載

学歴をめぐる欲望

受験なんて人生の通過点にすぎない。学歴(注1)で人の価値は決まらない。

私は基本的にこの考えを支持している。しかし同時に、そういう正解を口にして終わるだけでは、あまりに簡単すぎるという気持ちもある。

私は長年、受験生を志望校に送り出すという仕事をしてきた。だから、受験に若い魂を燃やす学生たちの輝きを見てきたし、難易度の高い学校に合格することが、たびたびその人生の背中を力強く押すことも知っている。さらに言えば、私自身、知らない人を知ろうとするときに、学歴が少なくとも一つの指標になると考えていることは否めない。学歴が社会においてある「身分」を表しているという価値観に反発しながら、それでもどこかでその価値付けに平伏してしまう自分の心の動きにも気づいている。

京都大学出身の小説家、佐川恭一(1985年生まれ)はエッセイ『学歴狂の詩』(集英社・2025年)で自身を「重症の学歴厨」と呼ぶ。学歴狂とは、「偏差値や大学名に異様な執念を持つ人間たち」のことであり、受験から遠く離れたはずの現在にあっても、彼はなお自身が「いまだに東大京大病のせいぜい「寛解」状態にあるのであり、いつそれがまた再発するかわかったものではない」と綴る。

つまり、「寛解」という言葉が示すのは、完治ではないという事実である。症状はいったん軽くなっているかもしれない。しかし、条件がそろえば再発する可能性を抱えたままの状態。それは佐川個人の比喩であると同時に、どこか社会の診断のような響きがある。

学歴狂の自認がない私たちの多くもまた、実は受験がもたらした何らかの症状を抱えたまま、「寛解」状態にあるのではないか。評価や序列への敏感さ、偏差値を目安にする人間観、学歴を一種の身分のように扱ってしまうクセ、高学歴に有無を言わさず圧倒されてしまう感覚——。それらは息をひそめたまま、常に再発の機会を伺っているのである。

佐川が在籍していた進学校(某R高)は「スーパー学歴洗脳施設」だった。そこでは、東大・京大・国公立医学部志望者以外は「家畜以下」の扱いだったという。

本書には、高校の英語教師宮坂(仮名)の授業風景が描かれている。宮坂は、出来の悪い英文を書いた生徒の答案に鼻を近づけ、クンクンと嗅いだうえで、「神戸大学の臭いがする!」と叫び、東大・京大・国公立医学部志望の学生たちを辱める。進学校の選民的とも言える洗脳には驚かされるが、佐川自身「人間を洗脳することがいかに簡単なことか私は身をもって知っており、おそらく今もってあの時代の洗脳は解き切れていない」と言っており、その後遺症は深刻である。

ちなみに本書の中で佐川は、英語教師宮坂が本当に「差別意識を持っていたわけではない」と受験後にそのような発言はしなかったことを例にとって擁護している。しかし、この教師がやっているのは、彼の信条がどうかは関係なく、事実として偏差値による値踏みという「差別」のど真ん中であり、この序列の意識が身体感覚として叩き込まれるからこその洗脳なのである。そういう蔑視と洗脳がまさに「学歴狂」という受験後遺症を生み出しているわけで、これをちゃんと批判しない佐川は、良くも悪くも自身がこれからもずっと学歴厨であることをどこかで認めているのだと思う。自身のことを「徹頭徹尾欲望に支配された俗人」と呼ぶことを厭わず、まったくきれいごとを書かない、それどころか自分がいかにダメクソなのかという現実を書ききった本書の中で、この擁護だけが唯一、著者の間違ったやさしさ(=自身にではなく恩師の宮坂に対するもの)が発揮された場面である。

では、学歴狂はそもそもなぜ東大京大を目指すだろうか。佐川は「一言で言えば見栄のためである。あまりそう考えたくはないのだが、この国が東大京大に高い価値を認めないような社会だったならば、私が京大を目指すことはなかっただろう」と言う。

この身も蓋もない告白がなぜ大事かといえば、進路希望の理由を語る際に、「〇大を目指すのは私の見栄です」とは決して言われないからである。そこでは「学問への関心」「社会貢献」「将来の夢」といった「正統な」動機の語彙が要請され、本人もまた、その語彙を通して自分の選択を理解し、他者に提示する。つまり、動機の語り方それ自体が、何が価値ある理由として認知/承認されるかをめぐる象徴闘争(注2)の一部なのである。

学歴は単なる学問の履歴ではなく、社会的な差異を公式に分類し可視化する「しるし」として機能する。ブルデューは、名誉・威信・評判といった、知覚と評価、認知と承認の対象になるものが、人々のあいだで共有されることで成立する力のことを「公認の権力としての象徴権力」(注3)と呼んでいる。東大・京大というブランドも、そうした象徴権力が凝縮した標章として働き、就職などにおける選抜や機会配分に実効的な差を生む。しかもその効力は、露骨な強制としてではなく、能力の差や正当な評価として理解されやすい。声高に主張されなくても通用する状態であるからこそ、その権力は確実性を持つのである。

だからこそ、人は単に「大学そのもの」を欲望しているのではない。社会がそれを価値あるものとして認知し、承認しているという事実を媒介にして欲望するのである。欲望はつねに他者を経由する。東大・京大という対象が特別なのは、その内在的価値ゆえというより、それが社会的に特別なものとして扱われているからである。だから佐川は「この国が東大京大に高い価値を認めないような社会だったならば、私が京大を目指すことはなかった」と言うのである。

このように象徴権力への欲望は、個人の野心、親の過剰な期待、学校の煽情的な進路指導、大企業の高学歴採用慣行へと折り重なり、さらには国家のエリート再生産政策へと接続していく。しかもこの構造は外部にあるだけでなく、私たちの無意識的な水準にまで沈み込み、承認を失うことへの不安として感覚される。この意味で「見栄」は、単なる私的な虚栄心ではない。それは、群れの中で位置を確保し承認を失わないための動物的欲求と、社会制度としての選抜・再生産装置とが結びついたハイブリッドな欲望なのである。この構造のおかげで、学歴競争は「純粋な向上心」のような仮面をこれからもかぶり続けるのだ。そしてその誤認が、競争を正当化し続ける力となる。 

ちなみに、佐川は学歴狂と並んで「大企業病」の洗脳についても告白しているが、そもそもなぜ大企業が高学歴を採用するかといえば、佐川も指摘する通り、短期間で大量の学生をさばく必要があるからである。採用にできるだけコストをかけないため、打率の高い方法が選ばれる。優秀な学生を取りこぼすリスクを分かっていながら、その仕組みが回り続けるというわけだ。

しかしここで「高い打率」という部分に引っかかった方もいるかもしれない。果たして高学歴だからといって、その人材が「使える」のか?と。
これについても佐川の受験論は示唆的である。

極言すれば広義のすべてのゲームは「受験」の亜種であり、受験に使えた方法は他のすべてのゲームで応用可能である。(中略)これは思考のフォームを作るということであり、またその前段階である努力のフォームを作ることである。

『学歴狂の詩』p35

言い換えれば、自分なりの思考とその土台になる努力の型をつくることが、あらゆる経済活動を営む上できわめて重要なのである。その点を踏まえれば、その訓練ができているのは血がにじむような努力をした学歴勝者たちである。経済学における人的資本論が示すように、抽象的思考力や持続的努力、自己規律は労働市場で価値を持つ能力とされる。その意味で、この理屈は、全面的に正しいとは言わないまでも、一定の妥当性がある。

この訓練を受験勉強の土俵で行い、そして一定以上の学歴を手に入れることは、現実的に「役に立つ」と言い切って構わないだろう。語学などで受験で得た知識がそのまま役立つ場合も多々あるし、学歴がその後の就職等に及ぼす影響力には信じがたいほど甚大なものがある。私は客観的には学歴を活かすことに失敗している人間だが、それでもなお、受験ほど確実で大きなリターンのある競技は他にほとんどないと思っている。

『学歴狂の詩』p35

これもまた身も蓋もない話だが、受験勉強と学歴は現実に「役に立つ」のであり、高学歴者たちの多くが明らかにその恩恵を受けているのである。この事実を伏せたまま、教育制度や能力主義の批判をする学者たちは、自身の良識的ポジションを守るために都合の悪いことを隠している。本来彼らは「私は学歴様にお世話になっていますが……」と学歴の効用を認めた上で、持論を述べるべきなのだ。

ただし、受験勉強が現場で実践として役に立つかという点については、事実としては識者の中でも意見が真っ二つに分かれている(注4)。佐川が「京大生の中で社会的成功をおさめるタイプとダメなタイプの違い」として、「受験勉強の方法をそのままスライドさせて就活や仕事、コミュニケーションに応用できるかどうかという点がある」と語るように、それは、受験の方法を応用できたか(または応用することを選んだか)という点にかかっているのかもしれない(ちなみに、哲学者の千葉雅也が書いたベストセラー『勉強の哲学』はそうした方法の転用可能性をめぐる一冊と読むこともできる)。

壊れる子どもたち

近年、首都圏、とりわけ都内では小学受験・中学受験の過熱が続いている。塾通いは低年齢化し、幼児期から受験仕様の生活が組み立てられる。家庭の会話は自然と偏差値や学校名を中心に回り、子どもはまだその意味を十分に理解しないまま、競争の座標軸に置かれる。

受験の低年齢化が加速する背景には、優秀な「資源」を早期に囲い込もうとする学校側の資本の欲望がある。先ごろ発表された英検6級・7級の創設もそうだが(注5)、産業化した教育システムは、子どもの教育に真に資することよりも、教育をめぐる不安をいかに資本化するかという論理で駆動し、教育の実りを収奪していく。

だから、親は子どもの適性を見極めつつ、必要のない熱狂からは距離を取るべきなのだ。しかし、不安産業と化した教育界は「良かれ」と思う親心を執拗にハッキングし、冷静な判断を鈍らせてしまう。受験には明らかに環境的・資質的適性が存在しており、どの子どもでも努力次第で成果が出せるわけではない。これが例えば国体選手やオリンピック選手を目指すといったスポーツの分野であれば、この子は体が小さいからとか、体力がないからと撤退を早く判断できる親でも、なぜか勉強となると降りるという判断ができないのである。そのせいで、悲劇的な破綻を迎える親子もいる。

成績が上昇しないことを努力不足のせいだとなじられ続けるのも辛いが、努力したのに成果が出ないなんてかわいそうと同情されるのも同じくらい辛い。大人は、自身の適性のない領域で苦手なことをやり続けることが、どれだけ自分を消耗させ、傷つけるかを知っているはずである。それなのに子どもには平気でそれをやらせてしまう。大人の無自覚な暴力とその残酷性がここに極まる。

私立や国立の各学校が提供する環境には、確かにさまざまな恩恵があることも多い。子どもの特性に即したプログラム、質の高い教師陣、そして中高一貫という枠組みが可能にする学習深度の最適化。そして、特に周囲の不安定さに晒されることが苦手な敏感さを抱えている子どもにとって、受験という選別をくぐり抜けた先に約束される学校の安定感を選択することは、切実な意味を持つ場合も少なくない。

そのような利点を認めつつも、それでも私が小学受験、中学受験を積極的に肯定できないのは、幼年期に刻まれる傷の深さのゆえである。苛烈な競争による心の損傷が、高校受験や大学受験と比べても深刻な結果をもたらす傾向があり、その後の生涯に長く影を落とし続ける。

こうした視点から、必ず確認しておく必要があることは、小学受験、中学受験の主体は決して子どもにはなく、それは間違いなく親にあるという点である。この年齢の子どもたちが自分の意志に対して責任を取ることは不可能であり、そのことを親は明確に自覚した上で、子どもの受験生活を支えるべきである。

受験の際に、子どもが自らの意志で受験することをやたらと強調する親がいるのだ。友だちの影響を受けて「受験したい」と言い出す子どもは実際に多いから、気持ちが分からなくはない。「とうとうこの子もやる気になった…」と親は感慨深げにその気になり、子どもの気持ちに応えようとする努力は涙ぐましいものがある。

しかし、たとえ子どもが自ら「受験したい」と言って取り組み始めたとしても、その意志が持続する保証はない。子どもの意志なんて変化するのが常であり、それは子どもにとって大事な資質でさえある。それにもかかわらず、大人たちは「あなたが自分で頑張るって言ったのだから」と過去の言葉を言質に、無理に責任を負わせようとする。

繰り返すが、子どもの意志ほど当てにならないものはない。だから、子どもの意志に期待して、それを大人の欲望を叶えるための道具にしてはならない。そんなことをすれば、子どもの意志自体が傷ついてしまい、その後の意志形成を著しく困難にする。事実、私がこれまで出会った中学生の中に、すでに心がぼろぼろになって、意志を立ち上げる余力が残されていない子どもがどれだけいたことか。進路の話題に触れただけでバタンと机に頭を突っ伏してしまう子ども、全身の震えが止まらなくなってしまう子どもまでいたのだ。

低年齢での受験を経て、再起不能なまでに摩耗した魂に対して、大人が「この子はやる気がない」と宣告する残酷さ。お前がその心を殺したんだよ。今や全国の中学校や塾の現場では、学習指導以前に、すでに壊されてしまった子どもたちの精神的ケアこそが、避けては通れない喫緊の課題となっている場合も多い。

厚生労働省の統計によれば、2025年の小中高生の自殺者数は532人(19歳以下は823人)に達し、1980年の統計開始以来で最多となった。全世代の自殺者数が1978年以降で初めて2万人を下回り、過去最少を記録した事実とは対照的に、若年層の増加が突出している。自殺原因・動機としては「学校問題」(519人)が多く、その内訳のうち、学業不振(173人)や進路に関する悩み(122人)、入試に関する悩み(45人)といった受験や勉強に関する悩みが過半を占めている(注6)。

これらの多くは、事実上の他殺である。学業不振や入試・進路に関する悩みを自分ひとりの発明で抱え込む子どもなど存在しない。彼らは大人が作り出した現実の中で考え、大人の期待を背負い込み、大人の欲望をせいいっぱい自分の欲望として引き受けようとした。その結果としての死である。

たくさんの壊れた子どもたちを見てきた。親の暗証番号を盗み見して現金を引き出し、ゲームセンターで友人と20万円使ったところで警察に保護された小学6年生。その2か月後にもほぼ同じ理由で警察の世話になったが、親が私に話すことといえば、期待に届かない成績への不満ばかりだった。日常生活から笑顔が失われ、「死ね」が口癖になっていた小学4年生の子。自宅から走行中の車に向けてロケット花火を発射させる遊びをするときだけ笑っていたが、家庭ではそのことよりも漢字の書き順を間違えることを毎日ひどく叱責された。運転手に通報されて警察に補導されたその日も、彼は23時に自宅に戻った後、塾の宿題を終わらせることを求められた(注7)。

でも、彼らは自らを壊すことで、死なずに生き延びることを選んだのだと思う。私は彼らのその後を知らないので、今どのようにして生きているのだろうと考えると、思考が止まってしまう。

それにしても、なぜ親はこれほどに間違えるのか。これほど極端な例ではないにしろ、多くの親は、子どもの幸せを心から願っているにもかかわらず、その実、子どもの生を阻害し、未来の可能性を狭めてしまう。子どもの成績の不振を嘆くことは、子どもの現状をそのままでは受け入れられないという親の感情のすり替えにすぎないのに、その責任をすべて子どもに擦り付け、出来損ないの自己像を子どもに押し付けてしまう。自らが地獄の脚本を書いておきながら、「うちの子は自信がない」「自己肯定感が足りない」なんてことを平然と言うのだ。

こうして、子どもは親の不安が作り出した現実に閉じ込められ、期待に応えられない「出来損ない」の自分を責めるようになる。しかし、これらはすべて大人の後遺症の連鎖によって引き起こされる悲劇なのである。自分を否定した競争社会の価値観を捨てることができず、それを俯瞰して見ることさえできずに、そのせいで自分を否定したままに、うちの子だけは私と同じ思いをさせたくないと、わが子の教育に熱を上げる。自分の傷痕を上塗りするような子育ては決してうまくいかないのに、子どもは親の代わりに生きることはできないのに、一体何をやっているのか。

受験競争という装置の最大の陥穽は、その構造が必然的に膨大な「負け組」を生産してしまう点にある。トップ以外の全員が負け組意識を持つ可能性があるという意味では99.9%の人が「負け組」予備軍であり、初めから競技に参加していないつもりの人でさえ、「参加できなかった」という疎外感を頭の隅に抱えたままの大人は多い。

このようにして学生時代に植え付けられた「負け組」意識は容易に払拭されない。大人になってもコンプレックスを抱えたままで、そこから生じる自信のなさが、子どもに苛烈な勉強を強いる狂信的な燃料になっている親も多い。

しかし本稿の目的は、受験後遺症の責を親という個体へ帰するところにはない。なぜなら、親たちは多くの場合、後遺症の連鎖の中で「そうなった」だけなのである。その背景には家庭環境だけでなく、時代背景や生得的な条件などさまざまな要因があり、決して個人のせいにして済むような話ではないからだ。

好きな呪いで「上書き」する

では、自らの後遺症を自覚した大人たちに、今できることは何か。

まずは、学校と受験のシステムに浸潤され、周囲の期待に応えようとしてきた自分のありようを、一つの剥き出しの「現象」として捉え直す。このことは、自罰によって自身を動けなくしたり、または他責によってかえって親(や他人)に執着したりすることを防ぐために大切な考え方である。

もちろん、原因を自分の弱さのせいだと考えること自体は必ずしも間違ってはいない。でも、問題があるから反省するという身振りは、本当に自身の手持ちの感情なのだろうか。それは、他人が向ける「反省しろ」「落ち込め」「不幸になれ」という負の欲望を内面化して、それに追従しようとしているだけなのではないか。その結果、反省は自己憐憫へと至り、挙句の果てに「卑屈になってもこの身勝手な欲望を認められたい」という思いの発露になりやすい。

自身の内なる批判者の声を「親由来」として峻別し、ラベル付けすることもまた、有効な作業であり、間違ってはいない。原因を環境要因へ再帰属させることで、「私は出来損ないだ」という信念を緩ませ、否認や比較、条件付き承認といった不適切な養育を、客観的な経験として整理し直すことができる。ただし、その説明が唯一の枠組みになり、原因帰属が固定化すると、かえって無力感の檻に囚われることになる。その枠組みがアイデンティティになってしまっては、かえって環境要因を手放すことができなくなってしまうのだ。

だから、そういう思考が通過点となり、その次の思考への橋渡しとなることが理想だ。考え続けることで位相が変わる。同じ出来事でも、見る角度が変われば、そこに立ち現れる意味も変わる。その結果、別の現実が顕わになる。そうやって過去の物語に依拠するのではなく、現在の側に、自らの支えになるような手応えを構築していく。それをひとつの創造として捉えること。もしそれが少しずつ果たされていくなら、それだけで十分だ。

この意味において、冒頭に引いた佐川恭一のエッセイは一つの達成である。そこには、過去に対する執拗な否認も、自身の囚われを環境要因のみに帰する短絡もない。「スーパー学歴洗脳施設」という同一の環境に身を置きながら、そこには多様な生の在りようが並走していたことを友人たちの描写によって示し、時に過剰な個別の生を、現在の感覚として鮮烈に蘇生させる。

このような達成は他にも例がある。川柳人の暮田真名(1997年生まれ)はエッセイ『死んでいるのに、おしゃべりしている!』(柏書房・2025年)において、進学校として知られる女子校で学業に挫折した過去があることを明かしている。暮田はその経験ゆえに、「東大に進学してバリキャリになる」という「正しい道」から外れてしまったという自意識と、その罰を「生涯にわたって受け続ける」べきという思い込みを手放せない。このエッセイは、そんな彼女が川柳に出会うことで、過去のトラウマを回収するのではなく、現在の言葉の運動の中にそれを置き直していく過程を描いている。

本書の中で、暮田は「人間らしく」生まれ直すことを求めない。救済といえば、多くの人は自分の人生をリセットし、新たに人間らしさを取り戻すこと想像する。しかし、暮田が求めたのは、人間らしさなど脱ぎ捨てて、自分と並走するもうひとつの身体としての川柳として生きるという最もラディカルな手段であった。

世界の整った物語に合わせて生きようとすることは、何度でも出来損ないの私を再帰させる。事実として、学歴社会は権力を持っており、整った世界の住民は、いつまでもその権力を前に平伏するしかない。しかし、だからといって、世界を棄てて自分の人生を「リセット」などできるのだろうか。それで人間性を回復することなど、本当にできるのだろうか。

暮田が選んだのは、呪いを振り払って人間らしさを取り戻す道ではなく、むしろ「好きな呪い」で「上書き」し、すでに否定された自分の身体と並走する「もうひとつの身体」を獲得する道であった。死せるオブジェとして横たわる言葉を操る技術、すなわち川柳。それが、彼女にとっての新たな身体の獲得であった(注8)。

大人たちが、かけがえのない自身のアイデンティティを、なぜ学歴や偏差値といった外注に頼るのかといえば、自分自身の欲望で生きるということを知らないからである。受験の敗者だけでなく、数少ない受験の勝者たちもまた、自らの人生の偏り具合を探りながら、いつか自身の欲望に目覚めなければ、結局のところ世間で優勢な価値観(または超自我という呪い)に乗っ取られたまま人生が終わってしまう。

いや、まあ別に、それでもかまわないのだ。でも、自身の呪いに身を重ね、別の呪いで上書きするときめきは、捨てたものではない。後遺症があるから輝く生もあるのだ。


注1 :本稿における「学歴」とは、学校名や偏差値といった序列化された「学校歴」を指す。大卒・高卒といった資格区分としての学歴とは区別して用いる。

注2:『ディスタンクシオン〈普及版〉I 〔社会的判断力批判〕』 ピエール・ブルデュー著、石井洋二郎訳(藤原書店・2020年) p413など

注3:同上 p409 など

注4:たとえば『「学び」がわからなくなったときに読む本』あさま社・2024年(鳥羽和久編著)において、哲学者の千葉雅也(東京大学教養学部出身、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了)は受験勉強は役に立つという立場であったのに対して、数学教師の井本陽久(東京大学工学部出身)は役に立たないという立場であった。

注5:日本英語検定協会のプレスリリース(2025年11月27日)

注6:厚生労働省 自殺の統計(令和7年)。なお、自殺の原因・動機は全年齢を対象にしており、遺書等の生前の言動を裏付ける資料がある場合に加え、家族等の証言から考え得る場合も含め、自殺者1人につき4つまで計上可能となっている。

注7:プライバシー保護のために事実を改変している。

注8:柏書房のwebマガジンの記事(【特別寄稿】鳥羽和久「整いすぎている世界への逆襲」(暮田真名『死んでいるのに、おしゃべりしている!』書評)を参照のこと。

著者プロフィール
鳥羽和久

1976年、福岡県生まれ。大学院在籍中の2002年に学習塾を開業。現在は、株式会社寺子屋ネット福岡代表取締役、学習塾「唐人町寺子屋」塾長、単位制高校「航空高校唐人町」校長、及び「オルタナティブスクールTERA」代表として常時120名以上の授業(小6~高3)を担当し、進路指導にも力を注いでいる。全国の学校や公共施設等にて、教師や保護者を対象とした講演活動も数多く行っている。
著書に『親子の手帖 増補版』(鳥影社)、『おやときどきこども』(ナナロク社)、『君は君の人生の主役になれ』(ちくまプリマー新書)、『「推し」の文化論──BTSから世界とつながる』『光る夏 旅をしても僕はそのまま』(晶文社)、『それがやさしさじゃ困る』(赤々舎)など、編著に『「学び」がわからなくなったときに読む本』(あさま社)がある。