
京都の人ってなんであんな感じなんですか?
大和書房
大阪出身で京都に25年以上住み、京都府立大学で教鞭をとっている横道誠さんと、
最新刊は『酒を主食とする人々』(本の雑誌社)のノンフィクション作家・高野秀行さん。
お酒好きのお二人が飲みながら話し、話題は京都から、文化人類学、世界における日本の立ち位置へと広がりました。
*本記事は2025年11月14日にXスペースで行われた対談を再構成したものの「後編」です。
横道 この数年のうちに、発達障害や依存症の診断を受けて、自助グループを多数運営するようになって、いわゆる「ケア論壇」で発信するようになったわけですけど、それによって京都に対する解釈も変わってきて、それで「なるほど、困った人は困ってる人か!」と気づいて、気持ちが楽になったって面があるんです。
高野 そういう経緯なんですね。
横道 私自身も「困っていたから、困った人だったんだな」とわかりました。で、思うにこの状況は、京都の人だけの問題だけじゃなくて、日本人全体の問題になってきてるという。そんなことを思いながら、本の最後では高野さんが『朝日新聞』で受けたインタビューについて書くことにしたんです。インタビューは、日本がこれからは「古き良き田舎町」「古都」として対外的にアピールし、生き残っていくというのがいいんじゃないかという内容でした。
高野 もう十年以上前から僕はそういうふうに思っていて、日本っていうのは科学や政治、経済の中心地ではないし、今後もなりえないから、それにすがっていてもしょうがないだろうって思うわけです。でも一方で「日本はすごい」って言ってる人たちがいて、これはまったく事実だとも思うんですよ。やっぱり文化、自然、歴史ですよね。その点では世界でも稀なものを持っているので。だから、「日本はすごい」っていうのも確かだし、「日本はダメだ」っていうのも確かだけども、それはポイントが両方とも違うのであって、それを理解したら、両者の分断みたいなものは緩和されて、正しい理解ができて、日本人は生きやすくなるんじゃないかなと思ってるんですけどね。
横道 この論点、高野さんとは初めて話題にすると思うんですけど、完全に同感です。まさに私もそういう意識なので、「日本すごい」の右翼にも「日本はダメ」の左翼にも乗れないっていうか(笑)。右翼が「日本すごい」って言っても、「いや、そういうふうにすごいんじゃないよ」とツッコミを入れるしかないし、「日本がダメだ」っていうふうな左翼的な言説に関しても、「いや、日本はいまなおだいぶ世界的にリスペクトされている国だよ」と思ってしまいますね。
高野 うん、そうですよね。やっぱり横道さんや僕みたいに外国によく出かける人は、ふつうに実感していることだと思いますよ、今パスポート持ってる人が人口の17パーセントぐらいしかないっていう話を聞いたんですが、だとすると、もはや圧倒的多数の人が外国に出てないってことですよね、すると、やっぱり外の世界がどうなってるか知らないわけです。でも、やっぱり知らなきゃしょうがないんだろうなって思いますよね。もちろん行った先の国とか、その人の過去の経験や現在の環境次第で意見や感じ方も変わるとは思うんですけれども、かなり高い確率で、僕や横道さんみたいな考え方の人がいるとは思うし、実際僕の友達でも、まあよく外国行ってる人には、すぐにわかってもらうっていうか、しょっちゅうこういう話をしてますね。
横道 数年前に、ウィーンで若い日本学者たちたち何人かと知り合ったんですけど、彼らと話していて、私は卑屈な気分になっていたんです。二十年前とか十年前とかにも、そういう親日家の外国人たちと話す機会はよくあったんですけど、二十年前なら私は堂々としていて「日本はすごいんだよ。どんどん勉強してよ」という気分、十年前でもまだがんばっていて、「日本はまだまだいける。学ぶ価値がある」と言う気分だったんだけど、もう今ではちょっと……日本をうまく推せないというか。それはもちろん、日本の国力や国際的なプレゼンスが低下しっぱなしだからです。二十年前なら、日本は世界中でアメリカの次ぐらいにすごい国という認識があったわけで、十年前だとそれがもう怪しくなっていて、今だったらもう明らかに落ち目で復活の見通しもなさそうじゃないですか。長いあいだ、ヨーロッパでは日本に対する畏敬が大きくて、ヨーロッパ人もみんな日本製品を使っていたりしたわけですけど、もはや中国や韓国の存在感の方がが大きいので、最近だと知り合った日本学者たちに対して、「一生懸命日本語を勉強して、時間も労力も金も使ってもらって、申し訳ないっ」て気にいつもなっちゃうんですよね。日本人は義務教育で英語を習うから、いろんなヨーロッパ系の言語もまた学びやすいけど、欧米の人が日本語を学ぶって、メチャクチャにハードルの高いことですよね。世界一習得が難しい言語のひとつ。
高野 あー、そういう気持ちはわかりますね。
横道 私には、海外の日本に対する関心もダダ下がりだろうという予断があって、「メジャーなものを選んだらマイナーになっていた」ということで申し訳ないと思ってたんですけど、日本学者たちに「それは全然違う」って返答されたんですよね。「海外からの日本に対する関心はどんどん高まってる」って言うんですよ。それは日本の特殊性がどんどん増してるからですね。「単なる経済大国」でもなく、「第二次世界大戦の敗戦から奇跡的な復興した国」でもなく、日本が落ちぶれていく過程で、世界の先取りをしている問題がたくさんあるので、ますます研究する価値があがってるっよて言われて(笑)。そういうもんなんだなって、謎にうれしく感じました。
高野 それはすごく心強い意見ですね。
横道 すごく励まされました。やっぱり我々は普段、いろんなことをやっていても、本の売れ行きに関しても、ビジネスで稼げる金額なんかに感しても、下落していってる領域が多いじゃないですか。それで私たちはどんどん凹んでいってるんですけど、やっぱりそれも見方次第で、それを「おいしい現象」と思ってる人もいるんだなというのが、おもしろかったですね(笑)。
高野 そうですね。日本はもう確実にグローバリズムから外れつつありますけども、そこが独自性になってるっていうのは、それはそうですよね。僕がすごく心強く思ってるのは、日本人がイグ・ノーベル賞を毎年受賞するじゃないですか。あれは本当に素晴らしいことだと思うんですよね。
横道 はい。私は研究者ということもあって、やはりあれをいつも気にかけてます。アカデミアとしては、日本の研究レベルが下がっていってて、補助金も減っていってるし、重要な論文の生産数なんかも下り坂なんですけど、イグ・ノーベル賞で毎年のように日本人が受賞しているのは、日本の研究が幅広いというか、「そんなことも研究していいんだ」っていう国だからですよね。とはいえ、日本人があの賞を受けることをあんまり気にしない国民性もあるかもしれませんよね。
高野 気にしない?
横道 はい。つまり外国ではイグ・ノーベル賞を恥だと思って断る人も多くいるみたいなんですね。でも日本人ってウケ狙いが結構好きじゃないですか。「まあ話題になるし、ウケるし、もらっとくか」みたいな。そういうさばけた人は、意外と多いのかなという気がしますね。
高野 日本人ってオタクじゃないですか、気質的に。それは国民の均一性が高いから細部の違いにこだわるとか、そういうことがあるとは思うんですけども。やっぱり日本の研究者にしても、そういうマニアにしても、すごいのはありとあらゆることをやっていることです。僕に近い分野だと、たとえば日本人のミャンマー研究者ってすっごいたくさんいるわけです。文学、音楽、芸術、政治、経済、農業とか、もう本当にすごい専門家がたくさんいるわけですよ。ミャンマーっていう国が日本にとって重要度が高いわけでもないのに、驚くほどいるんですよね。本当にどの国に関してもすごく知ってる人がいて、そういうのが、日本は心底すごいと思うんですよ。
横道 そうですよね。わりと趣味的に見える研究でも、案外自由に許されるってことですよね。非常に貧しい国であるとか、強権主義的な国では、そういう研究を選択するのは日本よりもずっと難しいでしょうからね。
高野 だから「それが何の役に立つか」って言われると、「いやー(笑)」って言うしかないんですけど。でも、その幅の広さっていうのはやっぱり日本人はすごいなって思いますよね。
横道 はい。最後に、高野さんから今回の私の本について感想を一言お願いしても、よろしいでしょうか。
高野 ええ。京都本ってすごくたくさんありますが、正直言って、最後まで読めたのは初めてなんですよね。
横道 ああ、うれしい!
高野 他の京都本も、みんなかなり面白いんですよ。かなり面白いんだけども、大体中盤ぐらいに行くと同じような話が続くんで、飽きてくるんですよね。僕は飽きっぽいですから、何しろ。でも横道さんの本は、視点をくるくるくるくる変えてくるんですよね。最初は「京都ぎらい」的なところでガツンと入ってくるけども、そのあとやっぱすごいと思ったのは原爆の話ですね。京都が原爆投下の目標だったっていうことで、そこをグーッと掘り下げますよね。それから観光の話があって、途中からは平安時代、源平合戦、戦国時代、幕末と時代別に京都の見どころを紹介してく。僕みたいな飽きっぽい人間のために、飽きそうになると話題を変えて、違う面白い話を提示してくれるという感じで、まったく飽きないんですよね。そこはやっぱりフィーリングが合ってるってことですね。だから飽きっぽい、本が、なかなか最後まで読めないっていう人に特におすすめだと思います。
横道 ありがとうございます。私も高野さんと一緒で、めっちゃ飽きっぽいですからね(笑)。それから今回の本では絶対、原民喜か峠三吉の原爆の詩は引用するぞと決めてやってました。京都の本でそれをやってる本は、過去に1冊もないだろうと思ったので。
高野 そうですね。やっぱり原爆の話を書くっていうのは覚悟がいりますから、横道さんが覚悟を持ってこの本を書かれてるんだなということもすごく伝わってきました。
横道 ありがとうございます。今回もとても楽しい対談になりました。また機会があったら、リアルで一緒に飲み会をしましょうね。
(おわり)

