ある翻訳家の取り憑かれた日常

第42回

2024/09/03-2024/09/16

2024年9月26日掲載

2024/09/03 火曜日

庭の雑草が盛大に伸び散らかして数週間といったところなのだが、今日、ふと見ると、きのこが生えていた。写真を撮影してSNSにアップしたら、早速その種類を調べて教えて下さった方がいた。普通に毒きのこだった。

2024/09/04 水曜日

仕事が忙しすぎる。あっという間に9月になった。今年もあと三ヶ月しかないというところまできて、仕上げなければならない訳書は三冊だ。どれも作業は進んでいるけれど、チラッチラッとマライアも聞こえるようになって(All I want for… )、年末まであともう少しという気持ちで焦る。どうしたらいいのか。

三冊のなかの一冊が大変難しい。難しいし、恐い。とにかくじりじりと前に進むしかない。焦燥感がすごい。ああ、追いつめられている。久々にここまで追いつめられた感がある。どうすれば……

2024/09/05 木曜日

月刊誌『ダ・ヴィンチ』で連載がスタートすることになった(大丈夫なのか!?)。毎月二冊のお勧め書籍を紹介するのだが、二冊って、少ないようでいて、そうでもない。書籍の翻訳作業をしつつ、一方で、全く別の本を読む。これは地味にきつい作業だが、連載が増えるのは大変めでたいことなので、これからもがんばる所存。文字数が多くないので、助かった。

2024/09/06 金曜日

本日も、難しい本の翻訳作業に取り組んでいる。参考資料となる書籍を何冊か購入したのだが、必死に読んでも全然頭に入ってこない。時折、学校から配布される資料とか、役所でもらってくる資料に同じタイプの文章があって、文字を追うことはできても、まったく内容が入ってこない場合があるんだが、まさにそんなタイプ。これは一体なんなのだろう。むしろ、そんな文章を書くことの方が難しいと思うのだが、一貫したスタイルがある。どういう文体なのか。そもそも誰が書いているのだ。謎すぎる。

2024/09/07 土曜日

テオがわが家にやってきて、どれぐらい経過しただろう。2歳目前という状態でやってきたので、最初は完全にお客さん状態だったテオだが、徐々に慣れてきてはいる。来たばかりの頃に三度ほど脱走して(!)、非常に焦ったのだが、最近は脱走することもなくなった。こちらの言うことは、大変よく聞く。お座りと言えばさっと座る。お手と言うと、重そうに前足を上げる(角度低め)。来た時よりも顔が大きくなった気がする。耳は常に赤い。かゆそうにしているので、乾燥させるためにサンバイザーで耳を持ち上げているのだが、果たしてその効果は?

とりあえず、サンバイザーをかぶると見た目が愉快なので、かぶせては写真を撮影している。似合うと思うよ。

2024/09/08 日曜日

テオにフィラリアの薬を与える。テオも体格が大きいので、XLサイズの薬だ。テオは下手をするとハリーよりも大きくなるかもしれないな。耳が立っていたらウルフドッグのような雰囲気がある。顔はゴールデン特有の優しさがある。口の周りがダブダブしてて、しっかり閉じない時が多い。いたずらがとても多い。まだ子犬だ。

2024/09/09 月曜日

最近の私の楽しみといえば、夜かなり早くに部屋に入って、そしてそこから動画の配信サイトを見ることだ。世の中にはいろいろな人がいて、多種多様な配信をしているのだけれど、同時進行で多くの人たちの生活を垣間見るという経験は、私にとっては心の安定を図る上で大事なことだと思っている。理由はわからない。そして世界は広い。人間は今日も複雑。それを動画で目撃することができるなんて、いい時代になったものだと思うが、いい年になってからこの時代を迎えることができてよかった。今、万が一高校生だったらと想像すると……恐ろしい。どんな配信をしていたのやら。きっと目も当てられないことをやっていたはずだ。

2024/09/10 火曜日

河出書房新社の『死体と話す』バーバラ・ブッチャー著、福井久美子訳が大変面白い。すごく面白いと SNSで書いていたらそれがバズり、通知が止まらない。自分の本はバズらせないが、多くの人に読んでもらうべき一冊をバズらせる、それが俺。今日も届く、献本。

2024/09/11 水曜日

月刊誌『すばる』連載中の「湖畔のブッククラブ」締め切り。今月もなんとか書けた。さらさらと書ける原稿もあれば、何時間も悩む原稿もある。すばるの原稿は後者。朝から頭が沸騰しそうだった。

今日はテオが犬用ピザを食べに行っている。そんなメニューのあるドッグカフェがあるらしい。テオはいろいろな人に可愛がってもらえてラッキーだ。

クォン・ナミさんとの往復書簡連載(「海をわたる言葉~翻訳家ふたりの往復書簡」)が、本日より集英社「よみタイ」でスタートした。タイトルのイラストにはハリーが登場している(涙)。ハリーほど数多くのイラストレーターさんたちに描いてもらった犬はいないだろう。目の前にいないのが残念で、信じられない思いだ。

2024/09/12 木曜日

眼鏡がなくて、作業ができなかった。しばらく探していたらテオの口が怪しく見えて、開けてみたらベトベトになった眼鏡が……。危機一髪だったが割れていないし、傷もついていなかった。何ごともなかったかのようにテオの口から引っ張り出して、キッチンで洗って紙ナプキンで拭いた。眼鏡をかけたら、部屋の汚れが見えるようになった。ああ、今日も家事が重荷だ……。

2024/09/13 金曜日

メンタルクリニック。不眠症なのでデエビゴという眠剤を処方されているのだが、飲みはじめた頃は眠気を翌日まで持ち越すような気がして合わないと思っていたものの、量を調整しつつ飲み続けたらめちゃ効くようになった(キレもよい)。効くようになって助かるのだが、副作用である「悪夢」や「異常な夢」がすごい。すごいと書くと、酷いという印象を持たれるかもしれないが、それはちょっと違う。夢が超大作なのだ。恐い夢というわけでもない。ただ、仕掛けがすごい。どうやってそんな夢を思いつくのかと自分の脳に問いただしてみたい。

先日見た夢は、殺人犯から逃げる私を、私が撮影するという入れ子状態になったもので、私の目線は撮影している自分の後ろ側にあるのだが、実際の心情としては、撮影しながらもハイスピードの逃走をやり遂げている状態といった感じ。手が込んでいる。目覚める直前まで夢を見ていたようで、起きてすぐにメモに書いた。夢のメモは時間が経つと荒唐無稽ということがよくあるが、しっかり書けていた。

2024/09/14 土曜日

ようやく明日から週末……。忙しすぎて外で作業をすることが増えたために、iPad air 13インチを購入して、外出先でも原稿をチェックできるようにした。その状態になったら途端に原稿をチェックしよう、どこでも仕事だ! と燃えていた意欲が完全鎮火した。買いたかった物が手に入ると、一気に興味を失うという、よくある状況になったのだろう。しかしiPad air 13インチ自体はとても使いやすく、これからますます動画配信を観るのが楽しくなるとワクワクしたのだった。重いけどな、やっぱり。

2024/09/15 日曜日

週末。朝起きて夫に「今日はどうする」と聞くと、ハァとため息をついていた。どうする? というのは、実家の両親、どうする? どちらが食料を届けに行く? という意味。通院介助、食材運び……たったこれだけだというのに、疲労感は強い。おまけに、義父はとことん暗い。義母は私たちを記憶していない。こんなことがいつまで続くのか……介護はまさに消耗戦だ。

2024/09/16 月曜日

書き下ろし書籍のゲラを戻す日。スキャナで読み込んでPDFにして戻すことにした。わが家のスキャナは100枚まで一気にスキャンできるもので、PDFに変換して、添付して送るという一連の作業をスマホで完結できて便利だ。iPad air 13インチを購入したことで、よりいっそう作業が簡略化できると思う。あとは実際の作業(原稿を書くという作業)を自分がどれだけがんばることができるか、それにかかっているのだよ……。仕事が終わらないのが地味にストレスだ。書けるときと書けないときの差が結構あって、なかなか調子が出ない。なぜ書けなくなったのか、自分でも理由がわからない。たぶん、タスクが多すぎるのだろう。

せめて家事がなかったら……。

著者プロフィール
村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。
主な著書に『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術
』(CCCメディアハウス)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』『ハリー、大きな幸せ』『家族』(亜紀書房)、『村井さんちの生活』(新潮社)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)、『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)など。
主な訳書に『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。