ある翻訳家の取り憑かれた日常

第46回

2024/10/28-2024/11/11

2024年11月21日掲載

2024/10/28 月曜日

『LEE』取材日。なぜ家族を書くのか、そもそもなぜ、書くのかについて。
家族について書く理由は、私の原家族(もともとの家族、生まれついた家族)は見事に私以外亡くなっているので、率直に言えば、「書きやすい」というのが理由のひとつ。くせのある人たちの集団だったことも、書きやすい理由になっている。兄が生きている時期に書いて、そしてそれがバレたら、たぶんブチギレが発生していたはずだ。

やーい、バレてないもんね~

原家族がいないと言うと、「今の家族があるじゃないですか」と指摘されることもある。今の家族があればそれで十分じゃないかということなのだろうけれど(文句を言うべきでない)、原家族と今の家族の違いって大きいので、まとめて「家族」とくくることが出来ないというのが私の意見。

今の家族がいることと、原家族がいないことのそこはかとない悲しさというのは、並べて語ることができない。ややこしいけれど。今の家族が幸せだからといって、原家族との辛い過去が消えるわけではないというパターンと同じだ。つまり、家族というのは多種多様であるということ。白って200色あんねん!(by アンミカ)

義父母については、「これを書かずして、何を書けばいいのか」と強く思うほどに、「生きる」ことについて考えさせられるから。それまでの暮らしを一気に精算してしまうかのように、すべての記憶を奪う認知症という病気は、なぜこんなにも残酷なのか。そして、親族による高齢者介護という(ある意味)究極の無償労動に、なんとか報酬を与えたかった。あれだけ穏やかだった義父が、関西トップクラスの扱いにくい老人になっているのも興味深い。

書くこと自体については……まあ、好きなので……。

2024/10/29 火曜日

久しぶりに、書評家の東えりかさんとランチ。東さんが滋賀県立美術館に来られるということで(志村ふくみ展)、お会いして来た。東さんとはもう10年以上、いや、それ以上のお付き合いになる。私が翻訳家になる前、ウェブサイトでブッシュ大統領についての文章を書きまくっている頃から、読んで下さっていた。30代後半になった私に、「女性は、40代、50代が働き盛り。今からがんばりなさいね」と言ってくれたのも、仕事がなくてどうしようと焦っている私に、「キャスリーン・フリンって作家が面白いわよ。ちょっと読んでみたら」とアドバイスをくれたのも東さんなのだ。最終的に、そのアドバイスは『「ダメ女」たちの人生を変えた奇跡の料理教室』(新潮社)に繋がることに。

久しぶりに会った東さんはとてもお元気そうだった。最先端の癌治療についてなど、興味深い話を、いつものコメダで。ノンフィクション好きの東さんと私だから、話題が尽きなかった。あっという間の数時間。コメダのあとは私のヤンキー車で最寄り駅までのドライブ。東さんに湖東の風景を見せることが出来てよかった。

2024/10/30 水曜日

NHK文化センター京都教室の担当者さんとzoom。何かやらせてくれるらしい。京都のど真ん中にあるので、行きやすくていい。

今日は亜紀書房のジャングル編集者内籐さんに原稿を送る予定なのだが、最後まで辿りつかなかった(DIY系ノンフィクション)。作業が遅れてしまっている。この遅れはタスクが多すぎることが原因だと思うのだけれど、タスクが多すぎること自体、自分でスケジュール管理ができていないということに他ならないので、そろそろ仕事を整理しないといけないと思いはじめた。もうダメだ。内籐さんは優しいから何も言わないけど、相当、迷惑をかけている。

今年は本当にいろいろあった。自分の老いもひしひしと感じる。若い頃はなんとかやり繰り出来ていたことが、もう出来なくなってきている。「できる、俺なら」がいつまで通用するのか。

2024/10/31 木曜日

ハリーのことをとっても可愛がってくれていた配達のお兄さん、久々に会ったら、「最近、ワンちゃんの声が聞こえますね」と言っていた。こう言われると、実はドキッとする。結構な数の近所の人に「最近、犬増えた?」とか、「犬、変わった?」と聞かれることがあって、その度に、ギクッとする。ギクッとしながらハリーが死んだことを伝え、そして新しい犬が来ていることを告白する。「そんなに早く次を飼ったの?」と思われないことを願いながら。

2024/11/01 金曜日

循環器科定期検診。今日は一年ぶりの血液検査。結果、問題なし。血圧がじわじわと上がってきているのが気になる。診察は3分ぐらいで終わって、薬をもらって帰宅。これだけなのに、結構疲れたりする。こうやって、数か月に一度の頻度で病院に通うだけで、心臓手術を2回もやった私が生きているのだから、現代医療はすごい。

そういえば、以前通っていた病院で(数年前に今の病院に転院)、検査中に「村井さん、読んでます」って技師の人に言われたことがあった。あれは気まずかったな……。

2024/11/03 日曜日

信友直子監督のドキュメンタリー映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』、『ぼけますから、よろしくお願いします。~おかえり お母さん~』は、私が大好きな作品だが、出演している信友監督の父・良則さんが104歳になられたということで、今日はその生誕祭(配信)。しっかり視聴。お元気そうでなにより。すごくないですか、104歳。煮込みハンバーグ好きの良則お父さんもそうだけれど、長生きの人は本当によく食べる。長生きの秘訣は、よく食べることだと思う。

2024/11/04 月曜日

テオは股関節形成不全なので体重管理をしなくてはならないのだけれど、村井家に来ると犬がデカくなる現象にすっかりテオも陥り、わが家に来たときより一回りぐらい体が大きくなってしまった。運動量が多いので、体格的にしっかりしたということもあるのだが、来た時はそれこそ細い、アフガンハウンドみたいなゴールデンだったのが、今は立派な横綱とまではいかないけれども、関脇ぐらいの迫力は出てきた。ドッグスクールのみなさんの厳しい監視の目があるので、体重管理は厳格にせねばならない。言い訳ではないが、私は、ちゃんと厳しくやっているのだが、男子チームがおやつをやり過ぎているのだと思う。いや本当に。体重管理が出来ないようなら、テオはドッグスクールに戻され、ブートキャンプ入りだと言われている。がんばれ、テオ(そして飼い主)。

2024/11/05 火曜日

叔母(父の姉、80歳超えている)がパソコンを使っていて、当然のようにメールアドレスを持っていることがわかり、教えてもらって連絡を入れた。普通に返事が戻って来る。父が生きていたとすれば、たぶん同じようにパソコンを使い、インターネットを日がな一日眺めて、立派なネトウ……いや、想像で決めつけるのはやめよう。しかしその可能性は高い。叔母は違う。

叔母には、Googleフォトでアルバムを作ってシェアしておいた。いろいろと思い出して涙が止まらなかったそうだ。

2024/11/06 水曜日

ドナルド・トランプがまた大統領になった。

数年前からアメリカ大統領選挙に関して、以前に比べて興味を失って、追いかけることもあまりなくなっていたが、今回の選挙は、たぶんトランプが勝つのだろうなという、予感めいたものはあった。結果を見ながらじわじわとメラニアってどんな人なのだろうと思いはじめてきた。メラニア、追っかけてみようかな(同い年だし)……いやいや、タスクを減らすのだった……

2024/11/07 木曜日

太田出版の藤澤さんから届いていたパリス・ヒルトン自伝の初校ゲラを戻す。パリスほど、想像していた人と違ったというケースもあまりない。パリスよりなにより、パリスの両親が強烈だ。特に、母親はパリスの人生に大きなインパクトを与えていると思う。

一方で、ブリトニーと母親との関係性も複雑(同じく藤澤さん担当で、ブリトニー・スピアーズの自伝も訳している)。パリスのように、生まれた瞬間から大富豪という運命と、一般的な家庭に生まれたスーパースターのブリトニーの運命、遠いようでとても近いのが興味深い。アメリカでは知らない人はいないだろうと思われるほど有名な二人だが、その生い立ちの複雑さというか、本人だけしか知らなかった深い苦悩を読めば読むほど、幸せとは何か、理解するのが難しくなってくる。

2024/11/08 金曜日

ダ・ヴィンチ連載中の「4人のブックウォッチャー絶対読んで得する8冊」締め切り。今回もギリギリの攻防だった。月刊誌すばるの「湖畔のブッククラブ」の連載もあるので、毎月最低でも3冊は読むことになっており、Xもやらねばならんし、TikTokも見なくてはならないし、YouTubeも好きだし、原稿も書かなくちゃならんし、本当に忙しいな。

2024/11/09 土曜日

ケアマネさんから遠慮がちな連絡入る。

「お父さん、最近、どうですか~?」
「私、実は最近、全然会ってないんですよね」
「えっ! それはどうして?」
「もう嫌になっちゃって」
「そうですかあ、仕方ないですよ」

という会話が繰り広げられた。仕方ないと言ってくれる人がいるのはありがたい。世の中には、仕方がないけどやらねばならぬと、自分はやらんくせに他人に言う人が多すぎるんだよまじで。

2024/11/10 日曜日

眠剤のデエビゴで見る夢がどんどん大作になってきた。メンタルクリニックの先生が内容を聞きたがるのでメモをしている。いつものクセでメモが膨大になってしまい、不眠以外の何か他の疾患を疑われるといけないので、シンプルに書いている(つもり)。先日から、イマジナリー和尚と対話をするという夢ばかり見る。人生とか命とかそんな対話ではなくて、ナスは焼いたほうがうまいか、それとも揚げたほうがいいのかという話題だったり、最も嫌いな家事は風呂掃除か、それとも洗濯かといった話題が多い。私は脳内に和尚を飼っているのかもしれない。

2024/11/11 月曜日

ふらりとドライブに出て、近隣の道の駅に行って来た。ものすごい数のお客さんが次々とやってくる。日本でもトップクラスで人気の道の駅なのだ。確かに、売っているものも面白いし、レストランも大変よい。特に、ざる蕎麦がうまい。

レストランの隅でコーヒーを飲みながら、行き交う人々を観察し、一時間ほどメモを取っていた。まるで不審者である。新米、近江牛、ヒトミワイナリーのワインを数本買って車に戻った。

その後、北へと車を走らせ、灰色になった琵琶湖を眺めて家に帰った。

著者プロフィール
村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。
主な著書に『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術
』(CCCメディアハウス)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』『ハリー、大きな幸せ』『家族』(亜紀書房)、『村井さんちの生活』(新潮社)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)、『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)など。
主な訳書に『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。