真空ジェシカ ガクの文字しぼり

この連載について

お笑い芸人ではあるはずなんだけど、ネタは考えてないし普段から全然頭を使ってない。
そんな奴が、その場で一言振られて一瞬で頭を巡らせて面白い事を返すなんてのは難しすぎる。
一旦、じっくり考えて文章をしぼりだすことから始めたい。
僕が生きていくなかで自然に吸い取った経験をしぼった汁がすすれる連載です。

第5回

食べ物でしぼる

2024年2月17日掲載

2月になった。ここが寒さの峠だ。よくここまで辿り着いた。長かった。
寒くていい事なんて何もないから。強いていえばあったか〜いお風呂に入ったら気持ちが良すぎるし、あったか〜い鍋とかすき焼きとかラーメンを食べたら美味すぎることくらい。
けど夏の風呂だって気持ち良いし、鍋もすき焼きもラーメンもいつ食べても美味い。じゃあ、やっぱり寒さの峠は早く越えるのが吉だ。
最近なんとなく日が長くなってきた気がする。本当に嬉しい。
何枚も何枚も服を着なきゃやってけない日々とはお別れだ。沈没船から脱出するときのような格好で外を歩くのはこりごり。
それでいて海で浮かないなんて最悪だ。動きやすい季節が待ち遠しい。
ここからは”暖”に向かって緩やかな坂を下っていくのみ。ロンT1枚とかで出かけられる日が待ち遠しい。暖かい日が近付いてるというだけで元気が出てくる。杉たちも元気を出し始めてる。
すまん、杉たちはそんなに元気を出さないでくれ。花粉はなるべく真下に落としてくれ。頼む。
そんな僕と杉の戦い、それはまた別のお話。

行事でいうと節分でスタートするのが2月。
このくらいの規模のイベントがたくさんあってほしい。人がめちゃくちゃ集まるでっかい花火大会も楽しいけど、地元でやる小さめの祭りのほうが安心感があって良い。
「そういえば今日節分だな」つって豆とお面のセット買ってきてやるくらいが良い。
あとなんか、年1で炒っただけの豆を食べるとすごいうまい。年2じゃあんなうまくなさそう。
小さい頃は歳の数の豆では物足りなくて、たくさん食べれる大人が羨ましかった。
あれが最初に大人に憧れた瞬間だったかもしれない。「歳を重ねるって素敵な事かも」と節分を通して感じた。
あと恵方巻き。気付いたらメジャーイベントになってた謎文化。
コンビニアルバイターたちを苦しめる忌々しい食べ物でもある。この世のノルマは全部厳しいけど”恵方巻きのノルマ”が一番嫌かもしれない。
食べる時のルールが多すぎる海苔巻きを知り合いにたくさんすすめる気にはならない。
決められた方角みて黙って一息で食べるだけで幸福が訪れるってんならそんな良い話はないけど、「この海苔巻き、決められた方角を見て黙って一息で食べるだけで幸福が訪れるのよ、うちのコンビニで予約しない?」と言われたら怖すぎる。
恵方巻きって予約してまで食べるものじゃないだろ。その日になんとなく食べさせてくれ。
まあ豆でも恵方巻きでも美味しければ良いんだけど。

バレンタインもそうだし、2月は美味しい系のイベント強化月間だ。美味しい物を食べる口実は一つでも多い方が良い。
けど、そんなにチョコが得意じゃないからバレンタインとの距離の測り方が難しい。
僕は、女の子が好きな男の子にチョコを渡すという習慣の当事者であったことはない。
それでもなんとなくクラスメイトとかアルバイト先の人が配ってくれているやつを受け取ったりする事がある。
そんな分際で「チョコ苦手なんですよね…」とは言いづらい。みんなに配っている人にとっての”みんな”に僕が該当している事に幸福を感じてありがたく受け取る。
しかし受け取った後に「チョコ苦手だからさ…」と誰かにあげるのもなんかダサい。チョコ好きじゃ無いのにもらっちゃって困るよな〜。という痛々しい雰囲気を醸したくない。
僕だったら、チョコを貰えてるくせに贅沢言うなよと思ってしまいそう。かといって、もらったチョコを処分してしまうのは心苦しい。
どうしたらいいんだ。そうして悩んだ結果、バレンタインに気付く事をやめる事にした。
「バレンタインに貰ったチョコだ」と意識するから、人にあげたりする事に抵抗が出てきてしまう。
お土産にもらったくらいだったら人にあげられる。バレンタインという言葉を僕の中の予測変換で出てこないようにして、なんかチョコをいくつか貰ったりした日として処理する。
それで乗り越えれるようになった。「バレンタイン?俺は興味ないね」という痛さは、どうしても避けられなかった。
ただ、歳を取るごとに苦手な物を食べれるようになって、チョコも食べれるようになってきた。これで全てが解決しそう。良かった。

歳を取ると食の好みは多少変わる。
これは、味覚が変わるからっていうのもあると思うけど、それだけじゃないと思う。
自分自身が変わっていくのに合わせて食べ物の好みも変化していくんじゃないかなと思ってる。食には性格とか人となりが出る。
小学校2、3年生くらいまで僕はカレーが嫌いだった。子どもでカレーが嫌いなんて珍しい、と思うだろう。
実際のところは、別にカレーは嫌いじゃなかった。”カレーが嫌いと言っていただけ”だ。
みんなが好きなものを嫌いと言っていたら、特別な人間っぽくてカッコいいでしょと思っていた。
変わってると思われたくて、学校に巨大な犬のぬいぐるみを持っていったり昼休みに友達と喋るのを我慢して一人でカーテンにくるまったまま過ごしたりしていた頃だ。
逆いった方がカッコいいという考えだけでカレーを拒み続けてきた。こういう事がきっかけで、ずっと食べずにいたら本当に苦手になってしまうという人もいるだろう。
けど僕はそうはならなかった。みんなが美味しそうにカレーを食べているのを見て、どうしても食べたくなって、それまでのこだわりは一瞬で捨てた。
カレーを食べて、こんな美味いの早く食べとけば良かったと後悔した。あの歳だったら本当に人生の半分損してた可能性がある。
「美味しいものを食べない事がカッコいいわけないだろ」という当たり前の事に気づいた小学3年だった。

そこから高学年になると、今度は「みんながまだ良さを知らない物を好きと言ってたらカッコいい」のシーズンがやってくる。通ぶりたい時期だ。
カレーの美味さに嘘はつけないけど、カレーはみんなが美味いと言い過ぎている。
そんな時、家族で外食に行って食べたのが”インドカレー”だった。
ご飯じゃなくて、馬鹿でかいテカテカ・アツアツ・うっすうすのパンでカレーを食べるなんて衝撃的だ。
そんでこれがかなり美味い。小学生の僕は「こりゃ良いや」と思ってそれ以来好きな食べ物はインドカレーと答えるようになった。
みんなが好きな家庭のカレーの一歩先を行ってるんだぞ僕は、という優越感に浸る事ができる。
「みんなはまだカレーにリンゴとかハチミツ入れると美味くなるとか言ってるんでしょ?チッチッチッ、僕ならターメリックやクミンやコリアンダーを入れちゃうね」とご機嫌にマウントを取らせてもらっていた。
僕のインドカレー期だ。親からしたら「誕生日は好きなもの食べていいけど何食べたい?」という質問に毎年「インドカレー!」と答えてた僕は、ただそんなにお金がかからなくていいなくらいに思われてただろう。
そしておそらく、僕のこのマインドはそんなにアップデートされずに今日まで生きてきた。いまだにめちゃインドカレーが大好きだ。

中学に入ると思春期が訪れる。僕と一緒に食も思春期に突入する。
親と喋るのハズい的な感覚で「食事めんどい、こんなんアゴ疲れるだけっしょ」と生理現象に反抗しだす。この時期は出された食事をほとんど残していた。
自分で買ったカロリーメイトとかだけで食事を済ますのをカッコいいと思ってる節もあった。カロリーメイトも口の水分全部持ってくから、食べるのに結構アゴ使うのに。
それでもリビングでの食事に時間を割くくらいなら、早く部屋に戻ってインターネットの向こうの友達とチャットでお喋りしたいと思っている中学時代だった。
今でもおかずの種類がたくさんあるのは苦手だ。けどこれは単にマルチタスクが苦手なだけっぽい。
おかずがいっぱいあると、どれから手をつけていいかわからなくなって頭が働かず、食欲がなくなってしまう。
なんか正方形の小鉢がビンゴカードみたいにたくさん並んでるお弁当、あれ意味わからない。カレーとか牛丼とか、ご飯プラスわかりやすい1つだけの食事が良い。

そっから高校、大学生くらいまで全然食べない時期が続く。
一緒に住んでたおじいちゃんがおいなりさんを買ってきてくれた時に、量も多くないし甘くてうめ〜と思って「おいなりさんめっちゃ美味しい」と言ったら、おじいちゃんは良かれと思って毎日僕のご飯においなりさんを買ってくるようになる。
おいなりさんは1パック3個とかで、一食にしては少ないし、毎日食べると甘いのはきつい。
これが3週間くらい続いた頃に、ご飯はちゃんと食べたほうが良さそうという事にようやく気付く。
そこからは何でも食べるようになり、大人になるにつれてどんどん苦手な食べ物も減っていく。
お肉の脂身とか、生クリームとか、太りそうな食べ物は大体苦手だったんだけどそういうのも徐々に食べれるようになっていた。
それがここ3、4年のことで、そこから今まででちゃんと20キロくらい体重が増えた。
大人になっていくにつれて僕の尖りが削れていって、中身がすっかり丸くなったんだと思う。
中身と一緒に外見も丸みを帯びてきた。
大人になるってこういうことなのかなと、ご飯を通しても感じる事ができる。

僕にはあんまり芯とか軸みたいなものがないから、好きな食べ物とかもコロコロ変わっている。
真っ直ぐ生きている人は好きな食べ物も小さい時から一貫しているのだろうか。
みんなも生き方や性格と食事の好みがリンクしてるのかどうか気になるところだ。
そしてまた人生のターニングポイントで、食の好みが変わったりもするのだろうか。
もっと歳を取ってから僕が急に、3食全て梅水晶だけを食べる生活を始めたりしたら「この人、晩年尖りだすタイプなんだ」とひっそり面白がってもらいたい。

著者プロフィール
真空ジェシカ ガク

プロダクション人力舎所属のお笑いコンビ真空ジェシカのツッコミ担当。相方は川北茂澄。2011年にコンビ結成。2021年、2022年M-1グランプリ2年連続ファイナリスト。
真空ジェシカ初の冠番組テレビ朝日「ジェシカ美術部」が放送中。
「千原ジュニアの座王」や「まいにち大喜利」など大喜利番組やドッキリ番組に出演し、個人でも活躍。「真空ジェシカのラジオ父ちゃん」や「真空ジェシカのギガラジオ」が定期配信。