真空ジェシカ ガクの文字しぼり

この連載について

お笑い芸人ではあるはずなんだけど、ネタは考えてないし普段から全然頭を使ってない。
そんな奴が、その場で一言振られて一瞬で頭を巡らせて面白い事を返すなんてのは難しすぎる。
一旦、じっくり考えて文章をしぼりだすことから始めたい。
僕が生きていくなかで自然に吸い取った経験をしぼった汁がすすれる連載です。

第6回

卒業でしぼる

2024年3月6日掲載

花粉が縦横無尽に舞い踊る。外にもいるし室内にもいる。朝もいる。夜もっとひどくなる。雨の日はあんまりくしゃみ出ないなと思っても油断しちゃいけない。次の日晴れたら5倍いる。
花粉って雨が降ると地面に落ちるんだけど、晴れて地面が温まると落ちたやつが再び飛翔するらしい。その日の通常の花粉に地面の花粉が加わってすごい量になるらしい。
主人公ムーブすんなよ、花粉が。なに強敵に負けた後、仲間の力を借りてより強力になって復活してくれてるんだ。そんな事されたらこっちはコテンパンだから。勝ち目ない。

花粉症の人たちは、みんなそれぞれの戦い方を身につけていく。
医者に薬を貰って真っ向から剣を手に戦う者もいれば、鼻をレーザーで焼くという兵器を使った戦いをする者もいる。鼻に電流とかガスを流して治療するマジの化学兵器みたいなやり方もあったりするらしい。僕はそこまではできない。そんな大層な武器を扱う覚悟はない。
なかには武器に頼らないやり方もある。春以外もR-1ドリンクを毎日飲み続ける事で花粉に強くなったという者がいる。己をパンプアップする事で花粉に対抗する事もできるのだ。
最近聞いたのは、スギ花粉のエキスみたいなやつをベロの下に入れるやり方。何年もやり続けると体に免疫がつくらしい。すごい。敵の遺伝子を自分に注入する人体改造スタイルまで登場してるとは。
みんな花粉に対して本気すぎる。そして、色々な戦法が開発されても完全に打ち破ることができない花粉ってどんだけ手強いんだ。僕には辛抱強さもないので長期スパンの戦法もできない。
なんなら今年は面倒くさくて病院にすら行ってない。全然効き目のない市販薬を飲んで市販の目薬をさすだけで花粉に立ち向かっている。こんなの『ひのきのぼう』と『ぬののふく』の装備だけで魔王に挑んでるようなもの。もちろんレベル1だ。
目はかゆいし、くしゃみはひどいし、鼻水すごいし、一日中だるい。春はもう捨てさせてもらってる。僕の春編は打ち切り。夏の僕にご期待ください。悔しいけどしょうがない。
いつかこの花粉の支配から卒業したい。そんな日はくるんだろうか。

支配からの卒業ってことでいうと、尾崎豊は僕の高校の大先輩。学校は卒業しなかったみたいだけど。
僕も同じ超高層ビルの空の下で育った。僕の時はバイクを盗んだり、窓ガラス壊してまわるような悪い生徒はいなかった。煙草を吸ってるやつすらいなかったと思う。
“ゲームセンターでお菓子を取るためにクレーンゲームを揺らした事があるやつ”とかが学年で一番のワルだった。
治安の良い平和な学校だった。だから学校とか社会に対しての不満は全く抱いてこなかったけど、僕は卒業を満喫できた経験がない。卒業式を満喫するのが苦手だ。
僕がいう”卒業式を満喫する”っていうのは、友との別れに涙し、先生からの言葉に涙し、歌を歌って涙して、胸いっぱいで式を終えて家に帰ってもまた泣いちゃうような卒業のこと。それがどうにもできない。

別に学校や友達に対して冷めてたわけではない。なんなら卒業が近づいてきた頃に学校生活を一人で振り返りながら卒業ソングを聞いて浸ったりとかもしてた。チャットモンチーの「サラバ青春」をリピートしまくってた。ここまではかなり順調な卒業ムードだ。
当日も「最高の卒業式を過ごすゾ〜!」と気合をいれながら家を出る。けど卒業式のイベントをひとつずつこなしていって、気付いたら一日が終わっている。
終わってから「あれ?感極まっちゃったりしなかったな…!」と気付く。多分、一日一日を必死に生きていなかった事が敗因だ。
友達と衝突したりとか恋愛で頭を悩ませたりとか全然してこなかった。できる限り少ないストレスで過ごす方法ばっかり模索してしまっていた。せっかくの学生生活なのに。守備表示でやってきた。僕はずっとそうだったかも。

小学校を卒業する時は「中学ではちゃんと頑張るぞ〜」と思って、中学校の卒業の時は「高校ではやってやるぞ〜」と思って、高校卒業の時は「大学ではすごいことになるぞ〜」と思っていた。
けど始まっちゃうと楽をする事ばっかり考えちゃう。恋愛シミュレーションゲームだとしたら、セリフのスピードを一番早い設定にして、適宜イベントもスキップしながらプレイしてるみたいな過ごし方をしてしまっていた。そして卒業式を迎えた時に自分が同じ過ちを繰り返していた事に気付く。
ただ、かといって卒業式を楽しめないわけではない。なんなら卒業式はめちゃくちゃ楽しい。
スペシャルイベントである事に気持ちが高揚して、普段喋らないような人たちにも喋りかけに行く事ができるようになる。最後だから写真とろうよ、みたいな事をとっかかりに。みんなハイになってるのもあってか、卒業式の日はすごく楽しくお喋りができる。
そこで「もっと早くこうしていれば…!」と後悔する。この人とは気が合いそうだから勇気を出して話しかけていれば、など反省点がどんどん出てくる。
もう最後の日なのに。学生生活の答案用紙を記入し終わって、マル付けをしてる感覚だ。考えれば答えられた問題を空欄にしてしまってる事に気が付く。
きっと、点数が低い人でも一問一問に全力で取り組んでいる人であれば間違いに悔しがる事ができる。僕はできなそうな問題を全部とばして、見直しもせずに答案を裏返して寝てしまってた。
間違ってても、言い訳ばっかり思い浮かんでしまう。ちゃんと向き合ってやりきった人だけが、感を極める事ができる。
僕はこうしていつも感が極まる暇もなく、反省だけで卒業式の日を終えてしまう。感をなめていた。

だから卒業式で覚えてる事なんて全然ない。
小学校の卒業式は、中学から私立の学校に行くってことでみんなとお別れをしなきゃいけなかった。
けどお別れによる悲しい気持ちよりも「せっかくできた友達と離れて一人になるけど僕はうまくやっていけんのか?中学で?大丈夫なのか?」という不安な気持ちが大きく上回っていた。
ああ!卒業が近づくにつれて中学が近づいてくる!助けて!と、大波を目の前にしているような気持ちで式に出ていた。こういう漠然とした感情は覚えてるけど具体的にどんな卒業式だったかは覚えてない。

中学校の卒業式もおんなじだ。クールな男の方がモテるだろうと思ってクールぶって中学校生活をスタートさせたところ、ただ暗い奴だと思われてそのまま3年過ごしてしまった事を終始悔やむ一日だった。「全然友達できなかったな、高校ではなんとかしないと何の青春も味わえない人生になってしまう…!」と焦りながら終わった。卒業式で何が起こったか記憶は抜けている。

高校の卒業式では覚えてる事が一個だけある。クラスメイトにマイケルというあだ名の男がいた。
顔も名前も日本人なんだけど、マイケルと呼ばれていた。しかし彼は多くを語らないミステリアスな男で、誰もマイケルがなぜマイケルと呼ばれているかを知らなかった。
卒業式の日はみんな家族と一緒に登校してきていて、マイケルもご両親らしき人と三人でやってきた。マイケルの隣にいるガッシリした体格の大男を見ると、明らかに外国人の顔立ちをしている。
教室で生徒だけになったタイミングでマイケルにご両親の事を尋ねると「俺、実はお父さんがアメリカ人なんだ」と打ち明けられた。卒業式の日に初めてマイケルがハーフである事を知らされる。
続けてマイケルは「だから卒業証書には名前がミドルネーム込みで載ると思うけど、びっくりしないでね」と少し恥ずかしそうに言った。
遂にマイケルという呼び名の謎が解けた。あだ名ではなくミドルネームだったんだ。ミステリアスな男の謎が一つ明かされたことでクラスメイト達は大いに盛り上がった。
そして、一応確認のために式の後でマイケルに卒業証書を見せてもらった。彼の苗字と名前の間には『ブライアン』と書かれている。彼のミドルネームはブライアンだった。
意味がわからなくて彼に「マイケルとは一体何なんだ」と聞くとマイケルは答える。「マイケルは俺のお父さんの名前だよ」と。
僕たちはずっと彼の事を父親の名前で呼んでいて、彼も自分が呼ばれているがごとくそれに返事をしていた。マジでどういう意味なんだ。マイケルは最後までミステリアスな男だった。これが、卒業式唯一の思い出だ。もちろんこの日も感を極める事はできなかった。
そして大学はとうとう卒業式にすら行かなかった。単位ギリギリだったので「卒業できたぞ!」という嬉しさがピークになってしまった。

そのまま芸人になり、これからの人生ではもう卒業する事はほとんどないんだろうな。悔やまれる。卒業式を満喫してみたかった。
これからは番組が終わるとか、連載が終わるとか、そういう卒業ばっかりになってしまうだろう。せめてそういう時に「やりきった!」と感極まれるように、一つ一つ頑張んなきゃいけないな。もう感極めが甘くない事は学んだので。

著者プロフィール
真空ジェシカ ガク

プロダクション人力舎所属のお笑いコンビ真空ジェシカのツッコミ担当。相方は川北茂澄。2011年にコンビ結成。2021年、2022年M-1グランプリ2年連続ファイナリスト。
真空ジェシカ初の冠番組テレビ朝日「ジェシカ美術部」が放送中。
「千原ジュニアの座王」や「まいにち大喜利」など大喜利番組やドッキリ番組に出演し、個人でも活躍。「真空ジェシカのラジオ父ちゃん」や「真空ジェシカのギガラジオ」が定期配信。