2025/04/01-2025/04/15
2025/04/01 火曜日
一年前の今日、50キロを超える愛犬ハリーを斎場に運んでいった。職員さんが「こんなに大きな子は経験がなくて……」と言っていた。肺癌だったが、体重を落とすことなく逝ってしまった。それだけ進行が早かったということだろう。大型犬は「見つかったときは末期」ということがよくあるというが、それはあくまで飼い主を慰めるための言葉であって(あるいは罪悪感を薄めるための言葉であって)、症状は出ているというのに、人間が気づいていないだけなのだと思う。私はハリーの不調を見逃していた。見逃したまま何をしていたかというと、必死に仕事をしていた。一番大切な子だったのに、目の前のその子を見ることもなく、仕事をしていた。愚かでした。
2025/04/02 水曜日
依頼されていたリーディングの締切だったが、間に合わず。リーディングとは、出版社が翻訳を検討している書籍の下読みのことで、本をまるごと一冊読んで内容をまとめるという、究極なまでに難しい仕事なのである(少なくとも、私にとってはすごく難しい仕事だといつも思う)。その目的は、出版社がその本の版権を買うかどうかの判断をすることだから、責任は重大だ。学生の頃だったら死んでもできなかったと思う。今だからできる作業というものはあるな。
訳者は、出版社が版権を取得できたら翻訳を依頼される可能性があるわけで、仕事を増やすために多少内容を盛り気味に書くのでは……? という疑問を持たれることもあるだろう。私の率直な意見だけれど、内容を盛るというよりは、良い点を探すように書くことはそうかもしれない。リーディングは体力が必要で、いつもヘトヘトになりながら書いているので、盛る余裕がないかもしれないな……とはいえ、書評も同じような作業であると、こうやって書いていて気づいた。本を一冊まるごとしっかり理解して、内容をまとめるっていうのは、大変ですね、ハイ。
午後、義母の通っているデイサービスから連絡が入り、義母が顔を白く塗って来ているが、大丈夫だろうかと聞かれた。私も聞きたい、大丈夫だろうかと。
義母は先日、玄関先で転倒して顔を何針も縫う怪我をしたわけだが、抜糸後、赤く残る傷に白い何かを塗ってしまうようになった。最初は白いマーカーかと思っていたのだが、デイサービスの職員さんによると、もっとべたっとした何かだということ。塗らないでと頼んでも、そうはいかないのが認知症の辛いところ。
義母は最近、物に対する認知がずれるというか、歪むというか、変化してきている。目の前にある食べ物が、一体何かわからないので食べるわけにはいかないと主張するときもある。まるで禅問答だが、義母の話を聞いていると、脳の不思議を考えずにはいられない。義母が、ギリギリの状態ながら、いまだに自我を保っていることが、すごいなと思う。認知症が進んだから性格が穏やかになったというわけではなく、そもそもの性格がどんどん前に出てきている。つまり、建前というものが彼女から消え去ったのだ。
2025/04/03 木曜日
締め切りのない日。朝からぼんやりする。締め切りがないということは、翻訳を思い切りできる日ということで、しばらくぼんやりしてから、ブリトニー・スピアーズの自伝を訳し出す。ブリちゃん、どんどん饒舌に、そしてブリちゃんらしい表現も多くなってきて、とても楽しい作業だ。それにしても、私が考えていたよりブリちゃんの全盛期というものは短かったのだなと思った(それには理由があるのだが)。
2025/04/04 金曜日
ワニブックスの岡田さんが自宅まで来てくれた。本を一冊、ご一緒することになっている。初めて会ったわけだけど、岡田さんは大変面白い方だ。めちゃくちゃ感じがいい。メガネがとても似合う。チャーミングだ。いい本ができるといいなと思う。今年はあと何冊作ることができるだろう。もうわからなくなってきた。わからなくなってきたが、とりあえず前に進んでおけばなんとかなるはずだぜ。
2025/04/05 土曜日
今日も締め切りなし!! 締め切りなしだとうれしい!
朝からせっせとブリトニー・スピアーズの自伝を訳す。ブリちゃんのインスタが大変なことになっていることは定期的にニュースになるのだが、インスタのブリちゃんが、あのブリちゃんな理由がしっかりと、明確に記されていて、なるほどなと納得している。ブリちゃん、しっかりしてるわ。
2025/04/06 日曜日
用事があって、一人で車で遠出。私は今まで全くビートルズを聴かない人生だった。それには理由があり、なぜかというと父親がビートルズを嫌っていたからなのだ。なぜ嫌っていたのかはわからないが、とにかくビートルズなんやねんの人だったため、私もあえて聴いてないということだったのだが、先日、ふと、Apple Musicのおすすめで出てきて、なんというわかりやすさ!! と感激した。これはヒットするわ(何目線であり、今更すぎるが)。
2025/04/07 月曜日
ダ・ヴィンチ、締め切り。
自分の文章がタイムラインを流れてきて、どきっとすることがある。ものすごく辛辣な文章を書いている時があり、自分では意識していないけれど、かなり腹をたてて書いていることがあるのだなと思ったりする。まるで怖い人だよ。
ここしばらく、短編の書き下ろしを手直ししている。せっせと作業している。何度書き直したかわからないが、書くたびに良くなってくると自分では思っている。これも校正さんと編集者さんのおかげ。今、公開が一番楽しみなのが、この短編だ。早く公開にならないかな〜
2025/04/08 火曜日
『兄の終い』が10刷になった。あー、びっくり。うれしいと呑気にXで書いていたら、兄の死を利用して金儲けできていいですねと激しく書かれる。まあ、そう思われても仕方がない。もうすぐタイ語にもなるらしいので、私の商法がタイにもバレてしまう可能性が高い。それから、発売日が同じで姉妹本と呼ばれている『ヤクザときどきピアノ』も増刷だそうだ。鈴木智彦さんも喜んでおられることだろう。
2025/04/09 水曜日
すばる「湖畔のブッククラブ」締め切り。
『兄の終い』が中野量太監督によって映画化され、『兄を持ち運べるサイズに』となって11月に公開されることが本日オフィシャルとなる。そして自分の周辺が大変騒がしいことになっている。親戚からメールが来るし、同級生からメールが来るし、みんな驚いているけれど、一番驚いているのは私だ。
オフィシャルサイトが出来上がり、私もコメントを寄せたのだが、本当に残念なのは兄本人が映画化されていることを全然知らないことで、残念というか、笑ってしまうよな。それもオダギリジョーさんだなんてひっくり返るだろうよ。
一緒に塩釜まで兄を迎えに行ってくれた叔母が、「あなたの両親も喜んでいることでしょう」とメールをくれた。
2025/04/10 木曜日
息子たちとLINEでやり合うことが増えた。特に、次男と私は性格が似ていることもあり(長男は大変穏やか)、一旦バチバチがスタートするとエスカレートすることがある。母親として言っているのではない、一人の人間として言っているのだ、ギャー!!! とやってしまって反省したが、一旦、書いてしまった言葉は消すことができない。当たり前のことを考えた一日。
2025/04/11 金曜日
シルバー新報、締め切り。コメダで原稿を書いているのだが、後ろに座っている男性二人の会話が面白すぎる。「わし、最近太ってなあ。ウェスト、パツパツや。パッツパッツ! パーーッツパツウ!!」
思うに、関西人はパツパツという言葉が好きだ。この大根パツパツやなあなど、パツパツの対象には野菜も入ったりする。今、後ろの二人の会話はウェストパッツパツから家族葬の是非にシフトしている。関西で面白い男性が二人集まると、野生の芸人みたいな存在になる。明るい人はいいよ。地球を救う。
2025/04/12 土曜日
土曜日=夫と一緒に夫の実家に行く日。夫は実家に行っても、あまり義父母と会話しようとはしない。きついことを口走ってしまうからだ。一方、私はニコニコしながら、義父母の話を辛抱強く聞き、会話もちゃんとする。一見、私の方がいい人に見えるだろうが、あとになってそれを原稿にするという恐ろしい生き物である私を、義父母はそれと認識していない。二重に怖い。
2025/04/13 日曜日
日曜日になると、会社員でもないのに、明日は月曜かと暗くなる。これを上手く解消する方法を最近編み出した。とにかく掃除をするのだ。日曜日に家をピカピカにしておくと、月曜日がつらくなくなる。むしろ良いスタートを切れるような気がする。
2025/04/14 月曜日
新潮社Webマガジン『考える人』連載「村井さん家の生活」入稿。今月も少し遅れてしまった。小さい子供を見ると、とてもかわいいと思うようになった(溢るる祖母み)。それでは、息子たちが幼かったとき、あんなにもたぎるような、強い負の感情が渦まいていたのはなぜか。子供たちが嫌いだったわけではない。私はただただ、一人、炎上しているような状態だった。あの感情は決して優しいものでも美しいものでもなかった。今、目の前にあの頃の息子たちが出てきたら、私はきっと、自分の人生など放り出して、ただただ、ひたすらかわいがるのではないかと思う。育児とはなんぞや。
2025/04/15 火曜日
締め切りなしだが、翻訳ありの1日。とにかく一刻も早く翻訳を持ち運べるサイズに……ではなく、きれいに作業を終わらせてしまおう。翻訳本が残っていると、なんだかやり残したことがあるようで不安だ。立派なワーカホリックで笑う。
翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。
主な著書に『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術
』(CCCメディアハウス)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』『ハリー、大きな幸せ』『家族』(亜紀書房)、『村井さんちの生活』(新潮社)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)、『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)など。
主な訳書に『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。