2025年「R-1グランプリ」で、史上最年少優勝を果たした友田オレが紡ぐ初のエッセイ。幅広い歌・音ネタを持つ友田が、人から言われて何か残っちゃう言葉、電車で耳にした奇妙な会話、変な生活音……様々な「耳に残っちゃうモノ」から日常に揺さぶりをかける。
夜のホームの怒鳴り声
キンコーズで色々コピーしていたら夜10時を過ぎていた。店員さんが店の外にclosedの看板を出して一瞬焦ったが、まだ何人かお客さんが残っていたので、そこからしばらく粘った。予定していた分を全て印刷し終えて店を出ると、半分闇に溶け込んだデカい街路樹が強風になびいていてあまり落ち着かない。家の風呂を楽しみにして、足早に駅へ向かった。
どれだけ夜が深まっても、駅の中はいつも煌々としていて安心感がある。
改札を抜けてホームに降りると、あいにくベンチは埋まっていた。電車が来るまでの時間、ホームをプラプラ歩いてみる。すると突然、遠くで男の怒鳴り声が聞こえた。
声がする方へ行ってみると、松葉杖をついた黒人の中年男性が、電話越しに日本語で説教をしていた。生まれて初めて見る光景だった。
目と脳が必死に処理している感覚がする。ベンチに座っている人たちはスマホに目線を落とし、誰も気にしていない様だったが、私は自分の身体が強張っているのを感じた。
「あなた、なんでこの時間にかけてくる?なんで!?」
まず彼は、相手が夜に電話をかけてきたことに怒っている。
それ以外にも思うことがあるようだったが、とにかく時間について怒っている。
「ありえない!この時間にかけてくる。これ、ニッポン人の常識!?」
周りに聞こえる大声でこういう煽り方ができるのは、相当強靭なメンタルの持ち主に違いない。彼は松葉杖を持ち直しながら続ける。
「夜遅いよ?みんな働いたよ?なんでかける?」
「私疲れてるよ、だけどあなたはかけてきた!」
話が一つも進んでいない。聞いているこちらがイライラしてくる。もう早く本題にいってくれ。
「……いや、切るのは違う。今ここで切るのは違う。今切ったら、私もっと怒るよ?」
こういうキレ方をする人って世界中にいるんだなとちょっと嬉しくなった。会った当初彼に感じていた恐怖は、いつの間にか完全に無くなっていた。その後電話は5分ほど続いたが、肝心の本題に触れたのは最後の1分だけ。電話相手の部下?教え子?が、今後の進路を相談したいというものだった。
「そのままあなたそこにいるの?新しい場所、行きたいんじゃないの!?」
ブチギレのテンションは維持したまま、やけに熱い言葉を残して、男性は電話を切った。
私もずっと見ているのも変だし、ホームの奥に移動した。しばらくして電車が来たので乗り込み、彼も同じ電車に乗ったのかなと少しだけ気になりつつ、がらんとしたシートの端に座り、目を瞑った。
私たちは、街中で怒鳴り声が聞こえると、お、喧嘩か?とつい見にいってしまう。改札で啜り泣く声が聞こえると、お、別れ話か?と振り返ってしまう。この「お」という野次馬根性が、自分の視野を拡張し、日々を活性化している気がする。活性化というのは語弊があるかもしれないが、刺激になっているのは間違いないだろう。
大学生の頃に、他校の学園祭のお笑いライブを見にいったことがある。
そこの会場の受付で、女子学生が偶然通りかかったお爺さんに話しかけられていた。
この時も「お」という感じで近くで聞き耳を立てたのを覚えている。
爺「これ、面白いの?」
女「え?私がですか?」
爺「ん?君は可愛いよ」
全く噛み合っていない会話が、妙に心地よかった。勿論私からその声を聞きに行っているのだが、行き交う人々のざわめきの中で、二人の声はキラキラと輝いていた。
こうした体験は、雄大な自然の中で風や葉の音を感じながら、遠くの鳥の鳴き声を探す感覚に似ている。好奇心によって、一つの音が選別される感覚。松葉杖で怒鳴っていたあの男性の声も、通過する電車の音や、アナウンスの音が鳴っている中で、私が野次馬的な好奇心によって選んだものなのだ。実に繊細な作業である。
ただこれ、裏を返すと、「雑音を雑音としてスルーする」能力もすごいことだと気づく。
一度無益な情報だと判断すれば、それは私たちの耳には入ってこない。自分の身体の健康、そして心の平穏を保つためにとても重要な機能なのではないだろうか。
もしかしたら、あの日駅のベンチでスマホを見ていた人たちは、それが上手く働いていたのかもしれない。
ともだ・おれ
2001年福岡県生まれ。早稲田大学お笑い工房LUDO 22期出身。歌とフリップネタを合わせた独特のネタが評判を呼び、単独ライブはチケット即完売。デビュー10ヶ月で「第44回 ABCお笑いグランプリ」決勝に進出、大学在学中に、2023年M-1グランプリ準々決勝、2024年R-1グランプリ準々決勝に進出。2025年「R-1グランプリ」で史上最年少・最短芸歴での優勝を果たした。


