失敗だらけの文章修業

この連載について

文筆生活29年。失敗からひとつひとつ記事やエッセイの書き方を学んでいった大平さんの七転び八起き。「人柄は穏やか、仕事は鬼」な編集プロダクションのボスの教えから始まる文章修行の日々には、普遍的で誰にも役に立つヒントが満載です。

第2話

人は長文が嫌い

2024年9月6日掲載

 小説や詩などの創作は別として、「人は長文を読みたがらない。文章が下手な人のものは、なおさらだ。だからできるだけ短く簡潔に」と、編集プロダクション(以下編プロ)のボスに言われ続けた。
 雑誌の記事は、あらかじめ文字数が決まっている。ここでいう「短く」とは、全体を短くせよという意味ではなく、限られた文字数のなかで、1行をダラダラと長くするなという意味だ。
 
<町の街路樹><まず一番最初に>は、明らかな重複なのでわかりやすいが、映画のレビューを書くときに、<この映画は〜>はカットしてよいし、ブログで書き出しの<私は〜>はいらない。<映画評>、<私>の書くブログと、誰もがわかっているからだ。
 ところが、自分では必要と思って書いている事柄が、全体を冷静に俯瞰したときに、じつはたいして必要ではなかったということが往々にしてある。


 恥をさらすと、私は今でもしばしばこのミスを犯す。
 たとえば先日、ある編集者に指摘されて気づいた無駄な文は、次の一行だ。
 <少し体が弱い人で、途中で仕事を交代してしまったためあまり印象がないのだが、その光景だけを、今も忘れられずにいる>
 思い出を時系列に並べていたら、エピソードの主(ぬし)は途中で現場に来なくなったのでそのまま書いた。しかし、作品の主旨は、その人物ではなく、<光景>の鮮烈さだった。
「この一文はなくてもいいのでは」という赤字が入り、はたと立ち止まった。忘れられないほど印象的だったのは、人物か光景なのかわかりづらくなるからだ。
 エピソードの主が途中で仕事を投げ出したというイレギュラーな出来事に惹かれ、人物説明にこだわった。指摘後、その描写がないと主旨が伝わらないだろうかと自問自答する。答は悩むまでもなく「ノー」だ。
 

 結果、<その光景を忘れられずにいる>とした。文章がスッキリ、主旨もより明確になり、それだけでぐっと全体が引き締まった。
 主旨に関係のない文章が、脂肪のようにはりついてはいないか。よくよく見直し、一文字でも二文字でも削れるものはダイエットするのが、「短く」の地道な攻略法である。

「3行にまたがるときは1回切ってください」
 これもボスに言われた。まどろっこしいよこれと、穏やかな顔でグサリととどめを刺しながら。小説や詩歌などの創作ではなく、あくまで当時編集していた女性誌の記事の文章についてである。
 

 先日お亡くなりになった著述家・編集工学研究所の松岡正剛さんに、編プロの仕事で二、三度お会いしたとき、「長い文章はダメ。漢字が多い文章もいけません。黒黒として読む気がなくなるでしょう?」と助言を頂いたことがある。名編集者としてお忙しい松岡さんは、きっと記憶の隅にも私のことなど存在しないだろうが、二十数年経った今も私はあの金言を大切にしている。
 

 そう、文章を書くとき、つい「自分はこんな難しい言葉も知っているんですよ」とひけらかしたくなるものだが、読者の立場になると、書き手の自己顕示欲など無用の長物。ボスなら書き手が気持ちいいだけで読みづらい、なんだったら読み飛ばされてしまいますよと容赦なく言うだろう。


 あくまで、自分の気持ちを伝えたり、説明したりする原稿についてのティップスであるとしつこく書いてきたが、ひとつだけ、先日、文芸の編集者に聞いてなるほどと思った共通項がある。
 手練れでない小説家は、無駄な自然描写を書きがち、というものだ。
 どうしても必要でないのに、空模様や天気、場所についての凝った描写で始める人が少なくないのだという。
「小説ってそういうものって思っているのかもしれませんね。どんなに素敵な表現でも、それいまここで必要?って冷静に推敲したほうがいい。無駄に長くなり、読み手のリズムが止まってしまうのはもったいないことです」
 ジャンルに限らず、やはり人は“意味のない長文”が嫌いなのである。
 
 
ボスの教え その2

一にも二にも、人に思いを伝える文章はダイエットせよ

著者プロフィール
大平一枝(おおだいら・かずえ)

作家、エッセイスト。1964年、長野県生まれ。編集プロダクション宮下徳延事務所を経て、1995年、出産を機に独立。『天然生活』『別冊太陽』『チルチンびと』『暮しの手帖』などライターとして雑誌を中心に文筆業をスタート。市井の生活者を描くルポルタージュ、失くしたくないもの・コト・価値観をテーマにした著書を毎年上梓。2003年の、古い暮らしの道具を愛する人々のライフスタイルと価値観を綴った『ジャンク・スタイル』(平凡社)で注目される。
主な著書に『東京の台所』『ジャンク・スタイル』『それでも食べて生きてゆく 東京の台所』、『注文に時間がかかるカフェ』『人生フルーツサンド』『正解のない雑談』『こんなふうに、暮らしと人を書いてきた』『そこに定食屋があるかぎり』など32冊。「東京の台所」(朝日新聞デジタルマガジン&w)、「自分の味の見つけかた」(ウエブ平凡)、「遠回りの読書」(『サンデー毎日』)他連載中。