日常的にホンモノに触れる生活が、美意識と感性を磨き上げる。世界中の美術品に接してきたプロの目利きが提案する、楽しく気軽なアート生活のススメ。
アートをアウトプットする
「マイ鑑賞ノオト」を作ろう
私の「実践的アート鑑賞術」のもう一つのワザとして、今回は「マイ鑑賞ノート」をお勧めしたいと思います。
これはいわゆる「覚書」の事ですが、このノートを付ける事によって、自分の絵や焼物の好みが分かってきますし、例えば「あれ、この画風は前に何処かで見た気がする」とか「この画家の名前に聞き覚えがある」、あるいは「同じ曲目を以前、別のピアニストが弾いたのを聞いた」など、過去の芸術体験と比較・確認したり、またその作品への自分の気持ちの変化などを知る楽しみが増えると思います。
さてその「ノート」の内容ですが、私自身は以下のような項目を記入しています。
- 鑑賞日
- 場所(美術館や博物館、コンサートホール名など)
- 展覧会やコンサート・タイトル、演目
- 鑑賞後気に入った作品トップ3
- 上記トップ3に関する情報
- 一口感想
「上記トップ3に関する情報」とは、以下のようなことです。
絵画なら、
(1)作者名(2)作品タイトル(3)制作年(4)所蔵先(5)メディウム(油彩・キャンバスなど)
・陶磁器なら、
(1)作者名(あれば)(2)制作時代(3)窯名(4)所蔵先(5)サイズ
・版画なら、
(1)作者名(2)作品タイトル(3)制作年(4)所蔵先(5)メディウム(エッチング、木版など)(6)エディション数
- 演劇や音楽会なら以下について、
・演劇なら(1)カンパニー名(2)原作者もしくは脚本家(3)演目(4)主演俳優等
・音楽なら(1)オーケストラ名、指揮者名、ソリスト名、バンド名など(2)曲目(3)アンコール曲
・古典芸能なら(1)出演役者(2)作者(3)能の小書(特殊演出)
といったことを書いておけば、後々の助けになるでしょう。
また、最後に書いた「一口感想」では、自分がそのアートのどこを気に入ったか、もしくは不満だったかを記します。例えば絵画・彫刻作品なら構図や色彩、画題、フォルム、コンセプトなど。演劇なら台本、演出、演技、音楽、舞台美術など。音楽ならオーケストラや歌手、指揮者、各楽器などについて書いてみましょう。
このノートは皆さんの芸術体験の備忘録となり、既存・未知の芸術をより身近にし、そのページが増えると共に、身につく「教養」も増えていくという「歓びの記録」になっていくのです。
ミュージアムでの「鑑賞感想茶話会」
皆さんが美術館や博物館に行く時は、いつも一人で行かれますか? それともご夫婦で、あるいは友人や恋人とでしょうか?
私は、個人的には誰にも気を使わずにゆっくりと鑑賞したいタイプなのと、観るのが早い方なので、今では一人で行くことの方が多いのですが、たまに友人や同業者と行ったりすると、それ自体が新鮮で、また同行者の意見に気づきがあったりして、「味変」的楽しみも生まれたりします。
では、アート初心者の方にはどちらがオススメか?と聞かれれば、まずは同伴者と一緒に観る事をお勧めします。そして観覧後出来ればミュージアム・カフェに立ち寄り、お茶でも飲みながら、お互いに感想を述べ合う「鑑賞感想茶話会」を持つ事が望ましい。
これは上で述べた様に、他人の意見に気づきがあるという事、観る人によってアート自体の捉え方が全く変わる場合がある、と知る事が出来るからです。また例えば「あの絵が大好きだった!」と意見が共通した場合の嬉しさも、一入(ひとしお)な物があるでしょう。
そして、この感想を言い合う「茶話会」に非常に有用なのが、前述した「マイ鑑賞ノオト」です。「自分のトップ3」や「一口感想」を相手と話していく内に、その感想の理由や自分の嗜好が自然と掘り下げられていくに違いありませんし、相手の感想に対して自分のカウンター的感想が生まれたり、相手が持っている知識も吸収できるでしょう。
ここで、感想を深めるためのオススメの方法を紹介したいと思います。よく、絵画を見た後に言われる感想は、「良い絵だった」「綺麗な絵だった」「面白い彫刻だった」といった、簡潔で抽象的な物が主流だと思います。第一印象としてはそうだと思うのですが、それをもう一歩、いや二歩進めていってみて欲しいのです。
何故「好き」なのか? 何故「面白い」と思うのか? 「綺麗」と思う理由は何か? 配色のせいなのか? 造形が未来的だからか? 今まで見たこともない残酷な絵だからか?などなど、自分の感想にいちいち理由付けをしてみて下さい。そして相手の方に質問をしてみてもらい、自分も相手の感想に質問をしてみる事が重要です。これこそがアートへの理解を進め、自分の嗜好を知り、作品に対する客観性をも手に入れることが出来る近道だと思います。
またこの茶話会を、美術館の外のカフェではなく、ミュージアム・カフェでやる事にも意味があります。それは単純に「もう一度作品を見に行ける」からです。特別展など展覧会によっては再入場不可の場合もありますが、茶話会で話題に登った作品を今一度見に行き、その作品の前でお互いの感想を述べ合うのも一興でしょう。
カフェで一息つき、展覧会に関するディスカッションが終わったら、もう一度展示室に向かいましょう(チケットの半券を無くさないように!)。お茶の相手の感想や意見を聞いた後に再び観るアートは、最初に見た時とはまた違った物に見えるかも知れません。
解説カードを見る前に
さて、ここで再び「鑑賞術」に戻ります。今度は一歩進んだ形での鑑賞法をお教えしたいと思いますが、皆さんは展覧会で絵を観る時、作品を最初に観ますか? それとも解説カードを先に見ますか? 私のオススメは「まず作品を観る」です。作品を見たら、次のような事を想像してみて下さい。
- どこの国の作家の作品だろうか? ヨーロッパかアメリカか、はたまたアジアか?
- いつぐらいの時代の作品だろうか? 18世紀くらいか? 戦後すぐだろうか? 平安時代か鎌倉時代だろうか?
- この絵でアーティストが言いたい事は一体なんだろうか? 孤独感、愛、故郷の風景、流行の服装?
- 彫刻だったら素材は何だろう? ブロンズ、木、アルミニウム、石膏、乾漆?
- 焼物や工芸品だったら、原産地や窯、紋様の意味は何だろう?
こういった事を想像して自分の考えを纏めたら、解説カードを見てみましょう!
……と、その前に「解説カード」について少しお話しします。
通常、解説カードには、作者名・作品タイトル・制作年・所蔵先が書かれており、時には短い解説が付いています。しかし最近では、例えば元板橋区立美術館館長で、現在静嘉堂文庫美術館館長の安村敏信氏の考案による「一行解説」や、美術館老朽化の為2017年にクリスティーズで売立をし、現代的な素晴らしい美術館に生まれ変わった大阪の藤田美術館のように、一切解説カードを出さずに、音声ガイドだけの解説をしているユニークな美術館も増えています。ぜひ読む、聞く、考える、の解説を楽しんでください。
さて、いよいよ解説カードを見る時がやって来ました! カードを見ることで、自分の想像とカードとの所謂「答え合わせ」をする訳ですが、皆さんの答えが間違ってしまっていても、全く気にする事はありません。いえ、気にしないどころか、もし一つでも当たっていたら大したものですし、嬉しいものです。
「答え合わせ」の経験値は、作品を観れば観るほど蓄えられます。半年或いは一年間美術館に通い、図録を読み続ける事によって、皆さんの「答え合わせ」の正解率は飛躍的に伸びるに違いありません。
「継続は力なり」です。是非この鑑賞術にトライしてみて下さい!
1963年東京都生まれ。世界最古の美術品オークションハウス「クリスティーズ」の日本支社、クリスティーズジャパン代表取締役社長。京都芸術大学大学院非常勤講師。92年クリスティーズに入社、19年間ニューヨーク等で日本・東洋美術のスペシャリストとして活動。伝運慶の仏像のセール、伊藤若冲の作品で知られるジョー・プライス・コレクションの出光美術館へのプライベートセール等で実績を残す。著書に『美意識の値段』『死ぬまでに知っておきたい日本美術』(集英社新書)、『美意識を磨く』(平凡社新書)、『若冲のひみつ』(PHP新書)。
