本が手元にないと困るのです。例えばお風呂、歯磨き中、はたまたトイレでも読書せずにはいられない。
そんな私がひょんなことから書店員になりました。書店員って落ち着いたイメージでしたが、なってみたら全然違う! 日々、思いもよらぬ問合せに大わらわ!!
そんな書店員の日々、ちょっとのぞいてみませんか? 読めばあなたも書店に行きたくなるかもしれません。
※ 実際のエピソードから、個人を特定されないよう一部設定を変更しております。
大切な人の親に会いに行くなら。
「すみません」という声に振り返ると、声の主は外国人の女性でした。
背が高く、ゆるいカールの栗色の髪。笑顔で棚のコミックを指差しています。
私はちょっと身構えましたよ……。「すみません」と声をかけてくれたからと安心していると、そこから急に英語での会話がスタートするパターンがあるからね。
そして何回も「ソーリー! スピークスローリープリーズ!」と言う羽目になるからね!
彼女が指差しているのは、長期連載中の人気作。妖怪が見える主人公の成長譚で、彼と一緒にいる猫の先生が可愛いのです。
「あのー……この本の最新刊はいつ発売ですか?」
おおぉ!! あなた、めちゃくちゃ日本語お上手デスネ!!
「最新刊はもうすぐ発売です。ご予約も出来ますが、いかがですか?」
「お願いします!!」
さっそくカウンターへ移動し、予約票を作成。ぬいぐるみ付きの特装版も同時に発売することを伝えると、彼女は迷いなくそちらを選びました。
予約の控えを手に笑顔の彼女が可愛らしく、こちらも微笑んでしまいます。
すると、後ろから「何か注文したの? ホクホク顔だね」と男性が声をかけてきました。どうやら彼女のお連れさまのよう。
彼の声かけに、彼女が「ホクホク……焼き芋?」と言うので笑ってしまいます。
私が、ホクホク顔とは“嬉しくてたまらない様子“のことだと伝えると、彼女は「オオゥ、漫画で時々描いてあるのを見て、この人焼き芋持ってないのにフシギね、って思ってました。ホクホクね、これが!」と、ご自分の頬をつつきながら言いました。
なんて可愛いの!! 恋人であろう、隣りの男性が羨ましいぞ!!
その数日後。
彼女が予約したコミックの発売日に、受け取りにやって来たのは先日の男性でした。
控えを出しながら「彼女は今日仕事で遅くなるようなので、代わりに受け取りに来ました」。
「あら、受け取りは発売日当日でなくても大丈夫なんですよ! ありがとうございます」と私が答えると、「楽しみにしていたから、発売日当日に読みたいだろうと思って」と微笑みます。
くぅぅ……いい人……!! 今日は、彼女の方が羨ましい!!
彼は「ついでと言ってはなんですが、本を探していて。もし良い案があれば教えていただきたいのですが」と続けました。
はて、なんでしょう?
「実は、次の休暇で彼女の実家にお邪魔するんです」
彼女のご実家はフランス。昨年もふたりで帰省したのだそう。そして、彼女のお母さまが文筆業をされていることもあり、彼は日本の本をお土産に持って行ったんですって。
「彼女のお母さんに、浮世絵の本を持って行ったら、『次来る時は、100年以上前のじゃなくて今のジャパンカルチャーの本を持って来て』と言われて」
今のジャパンカルチャー……。
「やっぱりアニメでしょうかね?」私が言うと、「それはそうなんですけど、僕の彼女は日本のアニメが好きで来日した人なので、フランスの実家にもアニメの本はたくさんあるんですよね」
「日本語で書かれていてもいいんですか?」と聞くと、「彼女がお母さんに説明出来るし、日本語の文字の美しさは好きみたいなので日本語の本で大丈夫です」
ならば、ここはジャパンホラーじゃない?
日本のホラーって、表紙のデザインやフォントが美しいし、何よりあの湿り気は独特だし。
ホラー小説のコーナーで、本を選び、あとは本以外で何か日本らしいものにしてみては? とお勧めすると、「そうですね、お母さんはキティちゃんとかも好きみたいで、書斎にぬいぐるみがありましたし」
お? わたくし、ピンときました。
「それなら良い本ありますよ!」
サンリオキャラクターと学ぶ名作シリーズの文庫があるのです。
棚までご案内すると、彼は「あぁ、これは可愛いですね!」と数冊購入されました。
後日、フランス人の彼女がご来店され、シリーズの中で、先日彼が買わなかったものを購入。「コンプリートしたい! オタク心を刺激されます♡」
ふたりが帰国したら、お土産話を聞いてみたいな。
たくさん悩んで選んだ贈り物、お母さまが喜んでくれますように!
【おすすめした本】
『火喰鳥を、喰う』
原 浩/KADOKAWA 角川ホラー文庫

戦死した大伯父が書いたとされる手帳を読んでから、主人公の周囲で怪奇な現象が始まります……。作中に漂う不穏な空気とまとわりついて離れない気味の悪さはたしかにホラーのそれだけれど、SFのようでもありミステリー要素もある。読みだしたら止まらないし、読み終えたらしばし呆然。めっちゃ良い読書時間だったわ!!
『ハローキティのニーチェ 強く生きるために大切なこと』
朝日文庫編集部(編集)/朝日新聞出版 朝日文庫

ハローキティが旅する、ニーチェの「ツァラトゥストラかく語りき」の世界!
ニーチェって聞くとハードル高いけど、キティちゃんと一緒なら大丈夫!
生きるためのヒントがギュッと詰まっています。気軽さが魅力の、哲学の入口になる一冊。プレゼントにもぜひ!
1981年茨城県生まれ。書店員。転勤族の夫とともに引っ越しをくり返している。現在は、夫、息子、娘、犬1匹、猫4匹と暮らしながら、東京の片隅の書店に勤務中。
初めての著者に、『書店員は見た!〜本屋さんで起こる小さなドラマ』(大和書房)がある。